運命不良者 神辺旭~その2
「おはようございます。」
俺が出社すると、奥の机から明るい中年男性の声が飛んで来る。
「おおおお~~~旭くーーん。お休みの日なのに、ごめんねぇ‼助かるよぉお‼」
「気にせんでください。部長。年の暮れですしね。さっさと、やっちゃいましょう。」
そう言うと、俺は、カッターシャツを捲り、肩をぐるぐる回す。
――――――――――
昼休憩、コンビニのビニール袋を持って、会社の休憩室に部長と入る。
「いや、ありがとう。これなら五時までには片付きそうだよ。ありがとうねぇ、旭君。」
「いえ、部長には色々とお世話になってますから。気になさらないで下さい。」
男二人。話はそう長くは続かない。
ふと、部屋のテレビに耳を傾ける。
「ダウ平均株価は…………」
内容に興味はない。ただ、時間を潰す為に、じっとそれを聞きながら俺は思い出す。
今朝のニュースだ。
少女が男性に乱暴され。
その後、その被害少女が死んでいたというニュース。
それは、俺の奥深くに隠し、押し込んだ
決してもう一度思い出したくはない
辛く、悲しい思い出。
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17年前
「ねー、あさくーん。おはよー。おーい。もうすぐ二学期の期末試験だよー。ちゃんと、勉強しとる~?」
下校途中。自転車を押す音と一緒に、底抜けに明るい声が俺を呼ぶ。
「恵梨香。その呼び方やめーや。それと、高校違うのに、わざわざ時間合せて帰るのもやめーや。」
俺は、子どもの頃からの友人の恵梨香に、照れくささを隠しながら悪態をつく。
「えー、あさくんは、あさくんじゃーん。」
「…………」
先の言葉も言っただけで、実は俺は今日も、この状況を期待していて。
こうなる事を望んでいた。
学生服のポケットに手を入れると、それを思いっきり握りしめた。
「あのさぁ、恵梨香。」
その言葉に、自転車を止めて不思議そうにあいつが俺を見る。
「ちょ、なんか、本屋で、え、映画のタダ券当たって?これ、お、お前見たがってなかった……け?」
わざとらしく、俺はポケットから映画のチケットを取り出した。
あいつは、それを見ると、目を爛々と輝かせこちらに近付いてくる。
「私が言ってたから、わざわざ取ってくれたの??」
「ああ………………って、違う‼た、たまたまクジで当たって………」
しかし、あいつはニヤァっと笑う。
「よしよし。ご褒美に、とっても、可愛い服着て行ってあげるよ‼」
俺は、その嬉しそうな反応に思わずこぼれそうになる笑みを噛みしめながら。
「はぁ?元がお前なんじゃけ。何着ても『馬子に衣装』だろ。」
なんて、照れ隠しで言っておく。
「そういやさ、あさ君。」
もうすぐ、お互いの家と言う所で、あいつが尋ねてくる。
「高校入ったら、何か格闘技始めるってよーたん。あれ、どーなった?」
俺は、罰の悪そうな顔を浮かべた。
「いや、空手を始めようと思っとるんじゃけどな。今一飛び込めんのよな。」
俺は、何となく情けないので、こいつにはあまり言いたくなかった。
「じゃあ、やらんでいいよ。」
予想だにしない事をあいつは言った。
「はぁ、なんで?」
「だって、あさ君に、格闘技なんて、似合わんよ。」
俺は、何となく恥ずかしくなる。
「でもよ、そう言った心得があったら、色々とさ。もし、悪い奴に絡まれても助けれるかもしれんが。」
「ええ?誰かを助けたいの?」
俺は、口ごもる。
「揚げ足とんな。自分自身をって、意味よ。」
「ふ~ん。あたしを守りたいんかと思った。」
「ば………」
「別に、格闘技せんでも、守れると思うよ。
それに
あたしは、優しいあさ君が、好き。」
………
「え??」
俺が、その言葉を聞き返そうとすると、あいつは勢いをあげて、離れていってしまう。
「じゃーね。明後日の日曜日‼上映時間に、遅れない様に、ちゃんと調べといてよ⁉」
そう言って、あいつは、去ってしまった。
残された俺の心には
先程の
あいつの言葉が
ずっと、繰り返し響いていた。