運命不良者 神辺旭~その1
この作品は、時間屋さん~運命の修復者~の続編です。
先に上記の作品を読んでから、この作品を読んで頂けると、より楽しんで頂けます
「おとーさん‼」
そんな、鼓膜に響く様な高い声が、俺を眠りの世界から無理やり呼び起こす。
「作、父ちゃん仕事でクソ疲れとんで、もうちょい寝かせてくれよ。」
俺は、布団を頭まで被る。
「ダメーーー‼今日は、港に行って、釣り教えてくれるって言よーたじゃんかー。」
そう言うと、俺の顔を半分受け継いだチビ助が、俺の布団を剥ぐ。
「こら~、作~、お父さん、一生懸命働いてくれて、疲れてるんだから、わがまま言ったら駄目でしょー?」部屋に、大きな足音が入って来る。妻だ。
「やーだー、やーだー。釣りに行くーーーー‼」
暫らく瞑っていた目を、開くと、俺は観念したように起き上がる。
「いいよ、沙希、しょうがない。起きるから、朝飯をまずは食うぞ。作。」
「うん‼」
そう言うと、チビは喧しい足音をあげながらリビングの方へ消えていく。
「いいの?あなた?」
妻が心配そうに尋ねる。
「ああ、釣りに興味が出るなんて、作も男の子として成長している証だよ。親父として訊かれた事には答えんとな。」
そう言うと、俺と妻もチビの後を追う。
今年で32歳。
俺も順調に年を喰った。
妻とは、22の時に今の会社で知り合って27で結婚した。
所謂『できちゃった婚』というやつで、それで生まれたのが、さっきのチビ。作だ。
まぁ、なんというか。
仕事もあって
気をつかってくれる妻もいて
可愛い我が子も俺を慕ってくれている。
つまり
これが普通の人が言う
『人並みの幸せ』というやつなのだと思う。
「おとーさん、しかけー。仕掛け作って~~。」
「こら、作。お父さん、ご飯食べてるでしょう‼」
卵焼きを食おうとした俺の目の前に、釣り具をぶらぶら揺らす。
それに、合わせる様に、妻がチビを叱る。
まぁ、いつも通りの休日の我が家の光景だ。
そんな時に、俺の携帯が持ち主を求めて、けたたましく動き出す。
「はい、神辺です。はい。はい。解りました。」
「ピ」と、電子音と同時に俺は溜息を吐いた。
そして、視線を二人に向けると
二人も何かを悟った様に、複雑な表情を浮かべている。
「おしごと?」
チビが、聞いてくる。
「うん。」
俺が答える。
「行くん?」
直ぐに新たな質問が飛んで来る。
「うん。」
「釣りは?」
「今日は行けない。また来週。」
「ダン‼」と。床に大きな音が鳴る。チビが持っていた釣竿を叩き付けたのだ。
「おとーさんの嘘つき‼先週も、同じ事言ったじゃんかーーー‼」
そう言うと、俺と妻の止める声も聞かず、二階へと駆けあがってしまった。
「悪い事をしたな。」
俺は、背広に手を通しながら、独り言の様に呟いた。
「大丈夫。作はいい子です。落ち着いたらきっとわかってくれますよ。」
直ぐに、妻が勇気づけてくれるような言葉を掛けてくれる。
「じゃあ、行ってくる。」
「いってらっしゃい。お休みの日なのに、ご苦労様です。」
俺は、ちらっとチビの部屋を見る。
おお、見とる見とる。
そして、向こうもこっちに気付いて、カーテンを慌てて閉める。
俺は、車に乗るとナビのテレビを点け、エンジンを掛けた。
車内に、明るい音楽が流れ始める。
年の瀬も迫った、身体の内部から体温を奪われてしまいそうな
氷の様な空気を帯びた日。
俺は身体を寒さで震わせながら、車を走らせる。
丁度、会社まで二つ前の信号で、停車していた時だった。
「続いてのニュースです。
先月未明、路上を歩いていた少女が、複数の男性に乱暴目的で誘拐された事件ですが
今朝、その被害女性が亡くなっていた事が解りました。」
「どくん」
俺の胸が痛い程鳴った。
「ぷーぷー。」
慌ててアクセルを踏む。
どうやら、信号も変わっていたらしい。
そう言えば
あの日も
こんな冷たい風が
吹いていた。