呪いの解除。
ギルドを出て領主の館へ行くミノリ。
領主の館は街の中心よりは少し外れにある為、ギルドからだとかなり歩かなくてはならない。
(どうしてこうも次から次へと。)
ただ、買い物をしたくてこの街に来ただけなのに、なかなか森に帰れないことに消沈するミノリ。
実際、精霊達からはいつ帰ってくるのか?と催促されまくりである。
お風呂が無い宿にいた為、夜には転移で戻っていたのだが、それも数時間と短い間で今までミノリと一緒に過ごしてきた精霊達にとっては不満らしい。
精霊達にとって、ミノリと一緒に過ごすことはとても大事な事で、この世界にとっても重要な存在である為、常に側にいたいと精霊達は思っているのだ。
ミノリ自身は気づいていないが、この街に入ってから今日まで帰れないのは殆どがミノリ本人のせいである。
精霊が教えていなかったせいもあるのだが、高度な治癒術を使ったり、この世界の水準の食事を改善したり、すでにこの街でミノリの名前は知れ渡ってしまっているのだ。
その為、今回領主の依頼がギルドへと舞い込んできた。
ギルド内でミノリ宛の依頼は実はたくさんある。
商業ギルドからは止まり木亭の食事の件で依頼があるし、教会からは治癒術について聞きたい事があるので来られたし、と一種の強制のような命令書なるものも届いている。
だが、冒険者ギルドは知らぬ存ぜぬを通し、今回の領主の依頼のみをミノリに見せたのである。
そして、この依頼を達成できれば他のギルドや教会からの介入を領主の権限で拒否できるようにシューリアがねじ込んでいるのだが、そんな事は全く知らないミノリは内心で、この街で静かに過ごせないものかと悩んでいた。
ギルドから歩いてかなりたったころ、大きな洋館のような建物が見えてきた。
「やっと見えてきたー。 結構遠いし。」
かなり遠くに黒い門のような物が見えてきてやっと着くのか、と思っているとその側を二頭の馬のような動物がひく大きめの馬車が通り過ぎていく。
そして門の少し前で止まると、何人かが降りてそれぞれの方向へと歩いていく。
そのうちの一人がミノリの側を歩いていくのを見て声をかけた。
「あのー、今乗っていたのって。」
「ああ、今のは乗り合い馬車だよ。 街の中心やギルドを経由してこの辺りまでくるんだ。何?この街は初めてなの?」
ミノリの質問に答えてくれたのは優しそうなおばあさん。
「この乗り合い馬車のおかげで、買い物に助かってるんだよ。 家が領主様の館から近いのもあるからしょっちゅう利用させてもらっててね。」
「そうなんですか。」
ギルドを通る馬車だと聞いてがっくりくるミノリ。
(そういうのがあるなら言っといて下さいよー、シューリアさんでもカートルードさんでもいいので。)
質問に答えてくれたおばあさんに手を振って改めて領主の館へと歩を進めた。
「待て、この館に何用だ!」
門の前につくと両側には大柄な男の人が二人立っている。
「ギルドから指名依頼を受けてきたミノリと言います。 お取次願えますか?」
ギルドから預かってきた指名依頼書を見せながらそう言うと、あらかじめ伝わっていたのかすぐに門を開けてくれた。
「聞いております。 どうぞお通り下さい。」
そう言いながら頭を下げた二人に会釈をすると、ミノリは門をくぐり館へと歩いて行った。
館の前では扉の前で高齢の男性が待っていた。
「冒険者のミノリ様ですね。 お館様がお待ちでいらっしゃいます。私はこの領主館の執事をやっておりますドルードと申します。 どうぞ中へ。」
ミノリを見てすぐに扉を開けながら話すドルード。
「ありがとうございます。 冒険者のミノリです。」
ドルードへと挨拶しながら扉から館の中へと入っていく。
その中はとても静かで、どことなく暗い雰囲気が漂っていた。
「お館様は執務室でミノリ様をお待ちです。 ご案内いたしますので。」
そう言って歩くドルードについて館の中を歩くミノリ。
二階に上がってすぐの所で、ドルードが止まり扉をノックすると、中から少し疲れたような声で応答があった。
「お館様、冒険者のミノリ様がいらっしゃいました。」
扉の前でそうドルードが言い扉を開ける。
扉が開いた途端、中から男性が慌てて出てきた。
「ああ!やっと来てくれたか!!」
男性はミノリを見ると安心したような顔で扉の中へとミノリを連れて行く。
その中には少し疲れた顔の女性とその女性に支えられた若い男性がソファに座っていた。
「ミリー、アーノルド!ギルドに依頼していたミノリさんが来てくれたぞ!」
男性の言葉を聞き、ソファに座っていた二人は慌てたように立ち、ミノリへと駆け寄ってきた。
「あなたがミノリさんね。 ああ!よかった!」
「ギルドから聞いているよ! 是非妹を見てやってくれ!」
涙を流しながら訴える女性と、その息子であろう男性の二人に囲まれたミノリ。
二人の様子から領主の娘だろう人が治癒術を必要としているのがわかる。
「とりあえず見てみないと・・ですが。」
治癒術でも、寿命や、重大な病は治せない場合がある。
見てみない事にはミノリには何も言えなかった。
部屋の中の領主とその妻だろう女性、そしてその息子に案内され、執務室の奥へと向かう。
そこにはベッドがあり、側には女性が座っていて領主を見ると頭を下げて部屋の隅へと移動する。
そしてそのベッドには、白金の髪の女の子が眠っていた。
その女の子の顔色は青白く、息も弱々しく今にも息絶えそうな状態だった。
女の子を視界に入れた途端、ミノリはその身体の状態を魔法で調べる。
女の子の様子から早くしないと手遅れになる、そんな予感がしていたのだ。
そして、隅々まで調べると、胸の真ん中に黒い靄がかかっているのが見えた。
これは呪い特有のものであり、その特質は生命力を削るものであった。
魔法でいち早くそれを見つけたミノリは、女の子の側には 駆け寄って、着ている洋服を上から胸の真ん中まで開く。
いきなりそんな事をしたミノリに領主夫妻は驚き、ミノリを止めるために駆け寄るが、ミノリが手を翳した途端今まで見えていなかった娘の胸の真ん中に黒い点があるのに気づいた。
「な・・なんだね、その黒い物は。」
「そんな、さっきまでそんな物無かったはず・・
」
領主夫妻がそう言って覗き込んだのを見て「これが呪いの元です。」と、ミノリが説明する。
「の・・呪い!?」
「まさか・・そんな。」
二人が驚き、呆然としているのを見てミノリはそこにいたもう一人、領主夫妻の息子であろう人を側に呼ぶ。
「時間がありません。 貴方で構いませんので、この黒い点の上に手を置いて下さい! これは血縁者にしか出来ませんので!」
そう言ってその男性の両手を女の子の身体から浮き出た黒い点に置き、ミノリはその上から手を翳した。