街に滞在決定!?
スープを一口飲んでその味に呆然としていると、隣に座っている冒険者4人組の話し声が聞こえてきた。
「ここの食堂が一番だよね。」
「通り一つ向こうのサンズの店のパンは固くてスープがあってもなかなかたべられないし。」
「肉もオークの肉だろ? 他んトコだとこんなに大きい肉は入ってないぞ。」
「ゼーンの所も美味いけどスープは冷めちまってるし、あれだとパンがなかなか柔らかくならないんだよな。」
4人組の話してる内容に耳を傾け、どうやらこの街の食事でもここが一番だというのがわかった気がした。
(冷めたスープってなに? これよりもパンが固いわけ?)
この世界のパン作りに発酵というものは存在しない。 材料を混ぜて焼くだけなので固くなるし、焼くまでは暫く置いておくので焼いた後時間が経てば固くなっていくのだ。 スープも作りおきはしておくものの暖めるという手間もしないようだ。
(はぁ。 少しは期待したのにな。)
この街で一番だというので期待していた食事があまり美味しくなかったことにがっかりしてしまう。
(でも、やりようはあるよね。)
ミノリは手持ちの物を探る振りをしてアイテムボックスをさぐる。 そこには森から持ち込んだ物が少しだが入っているのだ。
(えーっと欲しいものは、チーズがひとかけらとあとはソースに、固形スープの素かな。 パンはスープと一緒に食べればいいし。)
ミノリが森の中で暮らしている時に精霊達やチビちゃん達と作ったもの。
森の奥にいる動物で牛に似たオッシーに乳をわけてもらってできたのが、バターとチーズだ。
ミノリが食べる分だけなので、量産はしていない。 それと、森の中で取れる野菜で作ったソース。 これはミノリの世界の焼肉のタレに似せて作った。
ニンニクに似たトンニ、玉ねぎに似たマギネなど、森の中でも野菜は少量だがとれる。
それを細かくしてオラの実に加えると焼肉のタレっぽい物ができる。
オラの実は絞ると、濃い醤油と果物を混ぜた物に似た味になる。 最初、チビちゃんに貰って絞った時に(醤油ーーー?)と叫んだのは記憶に新しい。 実際は、醤油ではなく醤油に果物が混ざったような味だったが、使用するには問題ない。
ダシに使う魚も近くの川で取れる魚を干したら意外にダシっぽくなったので、それを削ってもっている。
とにかく、アイテムボックスの中には他に森で取れた岩塩や、甘い液を出す木から取れた甘味料や、トンニとマギネやその他の野菜を煮出したスープを固めた物など色んな物が揃っているのだ。
だが、森の中で取れる野菜にも限度がある。
その為、街まで買い出しにでているのだ。
それらを取り出したミノリはまずスープに少しだけ固形スープの素を千切っていれ、それにパンを浸して上からチーズをこれも千切っていれる。
そして徐ろに手から生活魔法の火を出して炙る。
生活魔法であれば、少しの火とコップ一杯の水など、属性魔法に関係なく使える。
そして、この世界での生活魔法は当たり前のように使われていると勉強したので遠慮なく使った。
本来ならマギネを入れた方が美味しいのだが、固形スープの素を作るのに使ってしまい、手元にはない。
(ま、一応野菜スープだし大丈夫かな。)
一口飲んで温めの野菜スープだとわかっているのでそこらへんは気にしないことにした。
そしてチーズに焦げ目がついたところで火を止める。
これでなんちゃってオニオン(抜き)グラタンスープの完成だ。
そして肉と野菜炒めの方にはタレを軽くひと回しする。 肉の臭みは残るがタレで味の誤魔化しが効くだろうと思う。
(よし!)
まずはスープにスプーンを入れ一口飲んでみる。
(ん〜! 美味しい!)
マギネが無いので物足りないがチーズとパンに少し濃いめのスープの味が合わさってなんとも言えない。 肉と野菜炒めの方も一口食べてみるが、肉の臭みは多少残るがタレがいい感じに混ざってこれも美味しい。
(これこれ。 やっぱり食事は美味しいのが一番だよねー。)
ひたすらスープと炒め物を食べていたミノリだが、隣で話していた筈の冒険者の声が聞こえてこなくなっていたのに気付きそちらを伺うとミノリの方を凝視していた。
(え? なに?)
ミノリは知らないが、ミノリが入れたチーズの焼けた匂いが4人の冒険者を固まらせていた。
「あの・・」
ミノリと目があった杖を椅子に立てかけた女の子がミノリに声をかける。
「あ、はい。」
話しかけられて返事をしたミノリ。
何故目があったのかそのすぐ後に話しかけられたのはスープの匂いが美味しそうだということ。
(あ〜、冷めかけたスープなんて嫌だよね。)
自分と同じ気持ちの人がいると知ってミノリはその冒険者グループにも同じ物を作ってあげた。
「後はその上から生活魔法の火で炙って少し焦げ目がついたら完成です。」
そのミノリの言葉に4人組のみんなが生活魔法を使いスープの上のチーズを炙る。そして焦げ目がついたのを見て火をとめ、スプーンで一口食べた。
その瞬間、4人組の動きが止まった。
揶揄ではなく、本当にピタ!という感じで4人が同時に止まったのだ。
「「「「う・・・っまーーー!!」」」」
そのすぐ後に4人が一斉に大声をあげる。
「なにこれ!!なんなの!」
「熱っ!うまっ!!」
「えーーー!!!」
「初めて食った!!」
そう言いながらスプーンが止まらない4人組。
それを見ていた周りの人も「なんだなんだ?」「あの嬢ちゃんが手を加えたらああなったぞ!?」「え!? これもかなり美味いんだが?」
そんな事を言いながら集まり出す。
「嬢ちゃん。 俺のもやってくれねぇか?」
4人組の冒険者の近くに座っていたおじさんが緊張した感じでミノリに声をかけてくる。
「え? かまいませんけど。」
おじさんのスープにも冒険者達と同じようにして、最後は火で炙るようにと教えると火を出して炙った後、一口食べる。
「なんだこれ!? こんなの食べたことねぇ!!」
そう言ってスープをドンドンかき込むように食べ、それを見た食堂にいた他の客もミノリの元へと押し寄せる。
「あの!押さないで下さい! 順番にやりますので!!」
結局ミノリの側に並ばれ、次から次へとスープを作っていく。
固形スープのストックが切れそうだと最後の客の分を作り終えた時に、ザワザワとした雰囲気を察したのかマーナが奥からやってきた。
「ちょいとミノリさん。」
そう呼ばれたミノリ。
ミノリとしては自分が食べる為にやった事で他の人にも美味しい物をと思っていたのだが、食堂としては味を変えた事で調理している人にはやっちゃいけなかったかな・・と考え、謝ろうと思っていたが。
「このスープの作り方を教えとくれ!!」
そう言って他の客を押しのけてミノリに鬼気迫る表情でせまってきた。
「あ・・はい。」
そのマーナの表情に否とは言えず、中断していた食事をかき込むようにして食べ、マーナに手をひかれ食堂の奥にある厨房へと引っ張られていく。
そこには腕をくんだヨルドが目を閉じて立っていた。
「あんた!! さっきのスープ、ミノリさんがやったんだって!!つれてきたよ!」
そのマーナの言葉にミノリの名前を呼んで目を開けたヨルド。
「・・・ミノリさん!! あのスープの作り方を教えてくれ!!!」
ヨルドの話によると、少し前にスープをちょっと変わった作り方で変えたらこんなに美味しくなった!と厨房に駆け込んできた客がいたようで、ヨルドとマーナがその客のスープを貰って飲んでみたら物凄い衝撃を受けたらしい。 その後、マーナが客に聞いてスープを作り変えた人を教えて貰ったとのこと。
「そしたらこのスープを作ったのはミノリさんだって言うじゃないか。 あと、炒め物にも何かかけていたと教えられてね。食事中に悪いけど急いできてもらったのさ。」
マーナの言葉にミノリは(また?またやっちゃったの!?)と内心思いながらスープの作り方を教える。 最後に火で炙ると言うと「そんな使い方があったのか!」や、「チーズ?あぁ、チョダーのことか。炙ったら溶けるのかぁ。」など、ヨルドが頷きながら何かメモをとっている。
そして炒め物にかけるタレを見せると蓋を開けて匂いを嗅ぐと「なんだ? トンニとマギネとあとはオラの実か? 他にも何か入ってるみたいだが。」そう言って肉と野菜を炒めた物にかけ、一口。
「うっま! なんだ?このタレ!!」
そう言って次から次へと口に入れていく。
「あたしにも食べさせとくれ!」
ヨルドが食べている皿を奪い取って食べるマーナ。
一口食べた後は何も言わず、次々と口へ運びすぐにカラになった。
「初めて食べた。 なんなのさ!ウチの料理が今までアルタイン一だと思ってたのに!」
そう言うとマーナとヨルドは二人揃って目を合わせるとミノリの方を向き頭を下げた。
「「ミノリさん! もっと美味しい物を教えてくれ!(下さい!)」」
そんな二人に頭を上げてくれと必死で請うミノリ。
(ミノリ!またやっちゃった?)
(まだまだ帰れないね!!)
チビちゃんの声が聞こえる。
どうやら暫くこの街に滞在することになりそうだった。