079 報酬分配
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「それじゃあ、そろそろお待ちかねの報酬分配に移りましょうか」
ミラはケーキを食べ終わり、紅茶を一口喉に流し込んでから言うが、ルシードは初めてのケーキにそれどころではない。メンバーが次々と食べ終わる中、一人だけもったいないとばかりに少しずつ食べ進め、まだ半分残っていた。横から狙っているアルマリーゼからのガードは忘れない。
「ルシード、聞いてる?」
「……ああ、聞いてるよ。ケーキの感想だろ? そうだな、たとえるなら――」
「全然聞いてないし! 報酬の分配よ!」
ルシードがケーキの感想を口にしようとしたところで、ミラは呆れ顔で怒鳴る。
「なんだ、そんなことか。それよりこのケーキは――」
「そんなことって……ふふっ、いいわ。見せた方が話は早いものね」
ルシードは評論家のようにケーキの味を克明に語ろうとしたが、またしてもミラは遮り、冒険者カバンからギルドで受け取っていた硬貨袋を取り出した。
「この報酬を見ても、そんなことが言える?」
次にミラは、机の上にどさりと硬貨袋を置き、中の硬貨がぶつかり合って立てる小気味良い音がルシードの耳に届く。
流石にこの音を聞いてはルシードも口を噤まねばならない。口を閉じたままミラに視線を送ると、手のひらをルシードに向けたままだ。ルシードに開けろということだろう。
「それじゃあ、失礼して」
ルシードは硬貨袋に手を伸ばし、紐を解いて中を覗き込む。
「初めて見る硬貨だな。これって……金貨か?」
Aランクともなれば報酬も一味違うということか。硬貨袋の中には目視できるだけで金貨が十枚は入っているように見える。以前、ベルがロザリーの店で出した金貨とは大きさと絵柄が違うが、金貨にも色々と種類があるのかもしれない。
ルシードは初めて見る硬貨に驚きも薄いが、この硬貨一枚でケーキが百個食べられるとなれば話は別だ。ごくりと唾を飲み込む。
「いいえ……それは大金貨よ!」
だが、ルシードの予想とは違い、ミラは大金貨だと言う。
「大金貨? ……こ、これ一枚でケーキが千個も食べられるって言うのか!?」
ルシードは瞬時に計算し、硬貨袋の中の大金貨を数える。
すると、全部で十四枚もあるではないか。ルシードたちは七人。全員で割っても一人頭大金貨二枚だ。
だが、ケーキ二千個という現実に、ルシードは夢ではないかと頬をつねる。昨夜から寝ておらず、横になればすぐにでも寝られる自信がルシードにはあった。もしかすると今のこの状況は、ケーキの美味さに気づかぬうちに寝てしまい、夢を見ているのかもしれないと疑わずにはいられない。
「……何やってんの?」
ミラに言われて、ルシードは頬をつねっていた手を離し、痛む頬をなでる。夢ではない。そう、三食ケーキは夢ではないのだ。
「大丈夫。俺は冷静だ。ちょっとケーキが美味しかっただけだ」
「そう? それは連れて来た甲斐があるってもんね。でも、今はケーキから離れて。まさかこれで三食ケーキが食べられるなんて考えてないでしょうけど、栄養バランスなんて考えてないから、体に悪いわよ?」
「……と、当然だ。それにいくら美味しくても、毎日だとありがたみがないしな。こういうのは適度に間隔を空けたほうがいい」
ルシードは内心焦りながらも、体に悪いと聞いて平静を取り戻し、なんとか取り繕う。ミレット村でも、砂糖の取りすぎはよくないと聞いたことがあった。ミラが言うのであれば、貴重な砂糖を消費しないために、大人がついた嘘ではなかったということだ。
「……まあ、いいけど。それじゃあ、分配といきましょ」
ミラは机に置かれた硬貨袋を椅子から立ち上がって手に取り、それぞれに一枚ずつ配ると、残りを袋ごとルシードの前に置いた。
ルシードはミラの意図が読めず、尋ねる。
「ん? 何? 俺が配るのか?」
自分が残りの大金貨を配ればいいのだろうかと、ルシードは硬貨袋に手を伸ばす。
「そうじゃなくって、これが今回の報酬の振り分け。それがあんたの取り分よ。無駄遣いしないようにね」
しかし、ミラはこれで分配は終わりだと言い、それでは他のみんなが納得しないだろうとルシードは他のメンバーに視線を送るも、誰も文句はないのか黙っている。
「は? なんで? まだ一人一枚ずつ残ってるぞ?」
「なんでって……あんたねぇ」
ルシードは意味がわからず尋ねるが、ミラは頭痛を抑えるように頭に手を当てた。
「言っておくけど、私たちはこれでも多いくらいよ。レベッカさんの病気が治ったのはあんたのおかげだって聞いたし、ゴードンさんが報酬を増やしてくれるって言うのを聞いて、増えた分はあんたに譲ろうって、みんなで相談して決めたのよ。まあ、相談したのは朝食のあとだったからホープはいなかったんだけど、理由を話せば文句は言わないだろうってね」
「でも、ギルドで報告を終えると、何故かホープさんが自分の報酬を私たちに譲ると受付に言付けられていたんです」
「そこで私たちはホープから受けた依頼の報酬だけを受け取ることにして、神様に残り全部を渡すことにした。でも、ホープの報酬を受け取ってびっくり」
「そうそう! 中を開けてみると大金貨が七枚入ってんだからよ。元は金貨五枚の依頼なのに、いったい何を考えてるんだか知らねぇけど、ギルドを通した依頼だ。少ないわけでもないし、多すぎてもらえませんって返すわけにもいかないしな……ホープを抜くとちょうど七人ってことで、これも分けることにしたんだ」
「ワシは金には困っておらんからのう……要らんとは言ったんじゃが、こいつらは頑なに言うことを聞かん」
ミラに続いて他のメンバーが補足をする。アルマリーゼだけが口を開かないが、報酬の受け取りに対して興味がないか……ルシードの金は自分の物とでも思っているのかもしれない。
「報酬が増えた理由はわかったけど……素直に受け取っていいのかな? どうも最初に受けた時より大幅に上がってると気が引けるんだ」
ベアトリクスの依頼報酬をもらった時のことを思い出してルシードは口にした。ルーファの話ではAランクの報酬は金貨五枚のようだ。それが大金貨七枚になっている。ベアトリクスの時も受け取りを渋ったが、今回はそれの比ではない。
「いいのよ、気にしなくて」
だが、ルシードの思いとは裏腹に、ミラは気にする素振りも見せずに言う。
「個人依頼の報酬額は、Aランクでもピンからキリまで様々よ。一定の報酬額が決まってるのはギルドからの直接依頼だけ。だから個人依頼の報酬額は自分が出せる範囲で依頼主が決めてるわ。依頼完了の内容が気に入ったからと言って増額する人もいるけど、それでも自分が出してもいいと思ってる額よ。断れば相手の面子が立たないし、好意で出してくれてる物だしね。報酬はそのまま受け取るのが礼儀ってものよ。自分で多いと思えば次に活かせばいいし、別の形で返せばいい。それが冒険者ってものよ」
「……なるほど、な」
確かにミラの言う通りだろう。依頼者の顔を潰すとはリリーも同じことを言っていたが、好意で出してくれた物となれば受け取らないのは失礼だろう。好意を跳ね除けたと相手に伝われば、良い気はしないはずである。
「わかったよ。そういうことなら有難く受け取っておく。でも……」
ルシードは自分の前に置かれた大金貨七枚が入った硬貨袋を持ち上げ、中の大金貨を一枚ずつ配りながら続ける。
「それでも、これはみんなで分けよう。今日の成果はみんなの力で成し遂げた。俺はそう思ってるし、みんなにもそう思って欲しい。……ダメかな?」
『みんなの力で』そう言われては、ミラたち四人は言葉を返せない。自分たちがいつも言っている言葉だからだ。四人はいつも一緒におり、楽しいことも、そうでないことも分かち合ってきた。ここで反論すれば自分たちのことまで否定しかねない。ミラたち四人は、ルシードを一番知っているあろうアルマリーゼに、どうしたものかと困った顔を向けるだけに終わる。
「いいじゃない。本人がこう言っているわけだし、もらっておきなさい。それに、ミラも自分で言ったばかりじゃない。『自分で多いと思えば次に活かせばいいし、別の形で返せばいい』それが冒険者ってものなのでしょう?」
「そうだな。俺はレーヴェに着いてからもみんなにはお世話になりっぱなしだし、これ以上何かをしてもらう必要もないけど、今日レーヴェに帰ってから出立するまではまだ少しは時間がある。その間のお世話もお願いしないといけないしな。ベルもいいよな?」
アルマリーゼの言葉に乗る形で、ルシードは頷いて言う。
「うむ。ワシは元より文句はない。お主が受け取るものじゃ、お主がワシらに受け取れというのであれば、喜んで受け取ろうではないか」
アルマリーゼだけでなく、ベルにまで言われては、ミラたちも受け入れるしかない。四人は苦笑して顔を見合わせてから、それぞれに口を開く。
「わかったわ。それなら、私たちが最後まできっちり面倒見てあげる」
「はい、身の回りのお世話は、すべて私にお任せください」
「へへっ、レーヴェと言わず、王都に行っても面倒見てやるよ」
「お金なんてなくても、最初からそのつもり」
今度はルシードが苦笑いをする番だが、あえて口出しはすまいと口は開かない。
「それじゃあ、この話はここでおしまいね。馬車の時間までまだ一時間はあるし、私は追加のケーキを注文してここで時間を潰すつもりだけど、みんなはどうする?」
「そうね。私もそうしようかしら」
このあと、馬車の時間までどうするかとミラに聞かれ、アルマリーゼが小さくなったチーズケーキにフォークを突き刺し、口に運びながら真っ先に答えた。
「そうだな……俺はケーキもいいけど――」
やはりケーキは最初から追加する気だったのだと思いながらも、ルシードはこのあとの行動を考え、自分も食べかけだったチーズケーキに手を伸ばそうとして手が止まる。
「……あれ? 俺のケーキはどこだ?」
半分は残っていたはずのケーキがないのだ。ルシードは自分の前にないことから左右を見渡し、アルマリーゼが口に含んだフォークに目を留めた。
どうしてアルマリーゼはケーキを食べているのだろうか……ルシードはミラが報酬の話に入る際、他の者がすでに食べ終わっていたのを確認している。では何故……。
ルシードがアルマリーゼの前方に目をやると、ケーキの小皿が二つあった。考えるまでもなく、犯人は明確である。
「あら、ごめんなさい。もう食べないのかと思って、いただいたわ」
悪びれるでもなく言うアルマリーゼに、ルシードは文句を言う気も失せてしまう。気を落としながらも、最後の抵抗とばかりに一言だけ、
「甘いものを食べ過ぎると太るぞ」
口にした。砂糖を取りすぎると太るという話も聞いていたのだ。
「大丈夫よ。私は太らない体質なの」
《残念でした。元より食事を必要としない精霊は、痩せることがなければ太ることもないのよ?》
しかし、最後の抵抗も虚しく、アルマリーゼは言葉と、直接ルシードの心に話しかけて笑う。
「私も一緒。いくら食べても……縦には伸びなかった」
そんなルシードの気も知らず、サーシャがアルマリーゼの言葉がわかるとばかりに腕を組んで頷く。
「あー、アタシもサーシャと一緒……かな? 不思議なんだけどさ、体重はちょっと増えたのに、縦にも横にも伸びてないんだよな」
続けてルーファがわけがわからないといった感じに言うが、ルシードはサーシャがルーファの胸を親の敵とでも言わんばかりに睨みつけているのを見逃さない。おそらくサーシャの視線に気づいていないのは、ルーファだけだろう。
「……まあ、冒険者ってだけで結構動き回るからね。食べる分には消費してるのよ」
「そうですね。私も特に体重を気にしたことはありません。けど……ミラは少し気にした方がいいんじゃないですか? レーヴェに来てからというもの、ぐーたらしっぱなしですよ?」
「あ、あはは、こっちに来るとつい気が緩んじゃうのよね」
セラフに突っ込まれ、目を逸らすミラ。
だが、ルシードはこんな話をしたかったのではない。アルマリーゼに一矢報えなかったのは残念だが、馬車の準備が整うまで一時間ほどだ。
「話が逸れたけど、このあとどうするかだったよな。俺は本屋にでも行こうかと思ってる」
昨日から寝ていないこともあり、今一番何がしたいかというと、寝たいというのが本音だったが、馬車の準備が整うまで時間もない。一時間では馬車の時間に起きられる自信がなかった。
そこで本屋ならば、退屈はしないだろうとルシードは本屋に行くことに決めた。
「本屋……ですか。いいですね、私もご一緒します。ケーキもいいですが、王都では見られない本がありそうですしね」
昨夜のことを思い出しているのだろうか。セラフは瞳を輝かせて言う。
「アタシも行ってみっかな……また昨日みたいな依頼がないとも言い切れないし、ちょっとは本でも読んで勉強してみるよ」
「む、ルーファには負けてられない。私も行く」
まさかメンバーの大半が本屋に向かうと言い出すとはルシードには予想外だったが、反対する理由もない。むしろ本に興味を持ってもらえるのは歓迎だ。
「あとは……ベルか。ベルはどうする?」
最後に残ったベルに視線を向けて、ルシードは言う。
「……ワシもついていこう」
馬車の準備が整うまで時間がないことから、どうせ酒場あたりに土産の酒瓶を探しに繰り出すのではないかと思っていたルシードだったが、これまた予想は外れ、ベルは一緒に行くと言う。
だが、ベルの申し出にも断る理由はない。ルシードはベルの態度から忘れがちだが、ベルは賢者なのだ。すっかり染み付いた酒好きというイメージを払拭できる良い機会だった。
「そうか。なら、俺たち五人は本屋で、アルマとミラがここでケーキだな。集合はどうする? 直接馬車でいいのか?」
全員の予定が決まったところで、ルシードはミラに確認を取る。
「そうね、こっちは私がいるし、そっちもセラフが馬車の場所を知ってるわ。直接馬車に集合しましょ」
「了解。それじゃあ、俺たちは行くよ。またあとで」
アルマリーゼとミラに告げて、ルシードたちは個室を出る。
「お帰りですかー?」
「はい、俺たちは先に店を出ます。残った二人は追加を注文するようですが、先程の分の会計をお願いできますか?」
「はいはーい、こちらへどうぞー」
放っておいてもミラが払うのだろうが、懐が暖まったばかりだ。ルシードは自分が払おうと店員に伝える。
「あ、代金なら私が――」
先程のこともあり、セラフはルシードに払わせまいとするが、ルシードは手でセラフを制する。
「いいんだ。アルマは全種類頼んでたけど、きっと支払いをミラに任せる気でいるだろうしな……ここは俺が払っておくよ。みんなは先に、店の外で待っててくれ」
いくら面倒を見てくれるとはいえ、アルマリーゼが頼んだ土産まで支払わせるのは気が引ける。ルシードは自分が払うと申し出た。
「ですが――」
「クハハ、払わせてやれ。こういう時、男とは見栄を張りたいものじゃ。それに、お主らも少なからず想う相手であれば、好感度が上がらんか?」
ケーキ代を払うと好感度が上がるとは不思議な話だ。ルシードはベルの言っている意味がわからず、首を傾げた。
とはいえ、別段見栄を張りたくて言ったわけではないのだが、援護してくれるというのなら口を挟むつもりはない。好感度が上がるというのであれば尚更だ。
「そ、そうでしたか!? そうとは気づかず、申し訳ありません」
「お、おう、バッチリ上がったぜ!」
「問題ない。それならすでにカンストしてる」
「クハハ、ルシードも隅に置けんのう!」
セラフはベルの言っている意味を理解したのか、ハッとした表情をしてルシードに頭を下げ、ルーファも身を乗り出して弁護するように言い、最後に口を開いたサーシャに、二人は美味しいところを持って行かれたといった感じにサーシャへと振り返る。ベルはそんな三人のやり取りを見てて楽しいのか笑った。
「それじゃあ、俺は代金を払ってくるよ。みんなは外で待っててくれ」
サーシャが言った『カンスト』の意味は知らないが、三人が納得したと思ったルシードは、四人を置いて店員のもとへと向かう。
「待たせてすみません、いくらですか?」
「チーズケーキセット六つにブランデーケーキのセットがお一つ、お土産のケーキが二十七種で合計大銀貨五枚と銀貨六枚、大銅貨三枚になります」
冒険者になってまだ四日だというのに、いきなり支度金の倍近い額を払うことになるとはおかしな話だが、ルシードは気にしない。今のルシードには微々たる額だ。
しかし、ルシードはすぐに支払いはせず、四人が店を出たのを確認してから口を開く。
「俺もお土産を用意して欲しいのですが、いいですかね?」
「はいはーい、歓迎ですよー。何をお包みしましょうかー?」
笑顔で対応する店員に、ルシードは頷いて告げる。
「全部お願いします」
そう、ルシードが支払いをすると言ったのは見栄を張りたかったからではない。ただ単に、アルマリーゼに苦言を呈した手前、自分も土産にしたいとは言い出せなかったからだ。四人に先に店を出るよう伝えたのも、全種類のケーキを買っていると知られたくなかっただけである。
「ぜんッ――全部……ですか?」
「はい、全部……あっ、一種類一個です、紛らわしくてすみません」
店員の驚きように、ルシードは店にあるケーキ全部と勘違いさせてしまったのかと言いなおす。
「……かしこまりました。すぐにご用意いたします」
「お願いします」
ルシードは満足して頷き、店員がケーキの箱詰め作業を終えるのを待つ。
このあと、ルシードの出した大金貨に、店員は声もなく、ふらふらとした足取りでお釣りを取りに、奥の部屋の金庫を開けに向かうのだった……。




