077 勝利者はただ一人
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ルシードたちは場所を移し、広間で席に着いた。
「夜明けの太陽です。確認してください」
ルシードはホープから受け取った夜明けの太陽をゴードンに手渡す。
「はい、確かに我が家の家宝である夜明けの太陽に間違いありません。本当にルシードさんにはなんとお礼を言っていいのやら……レベッカの病を治していただいた上に、諦めていた家宝まで取り返していただけるとは……本当にありがとうございます」
ゴードンは目に涙を溜め、ルシードに頭を下げる。
「頭を上げてください。俺が治せたのも運がよかっただけです。怪盗にも逃げられてしまいましたし……」
「それはよいのです。むしろあなたをこの館に呼んでくれた怪盗に感謝したいほどですよ」
ゴードンの言う通りかもしれない。ホープが調査のためとはいえ、怪盗と探偵を演じなければルシードたちがこの館に来る日は訪れなかった。それではゴードンの潔白は証明されても、レベッカの病は治らないままだ。
ルシードもここへ来られてよかったと、ホープに感謝する。
「そうですね、俺もホープに感謝していますよ。ここへ来ることがなければ、レベッカさんは今も苦しんでいたかもしれない」
「ホープ? どうしてそこでホープの名前が出てくるのよ?」
ルシードはつい口から出てしまった名前をアルマリーゼに突かれ、冷や汗を流す。
「……ほら、俺たちが受けた依頼はホープが出したものだったろ? だからホープに感謝ってことだ。もちろん依頼を受けてくれたセラフにもね」
「ああ、そういえばそうだったわね。すっかり忘れていたわ」
それでもルシードは冷静に取り繕い、アルマリーゼもそのことを思い出したのか納得したようだ。セラフもルシードの言葉が嬉しいのか、気にした様子はない。
「おや? そういえばホープさんの姿が見えませんが、どうされましたかな? 私が起きてくるのが遅くてお帰りになられたなら申し訳ないことをした。それとも客室でお休みかな?」
「そういえば、どうしたのかしら?」
「ルシードさんを捜しに館の外に出たのですが、お会いしませんでしたか?」
「……ああ、会ったよ。ホープは今日も仕事があるとかで先に帰ったんだ。みんなによろしく伝えてほしいと言ってたよ」
あまりホープの話題は出さないで欲しいルシードだったが、元はと言えば自分が名前を出したせいだ。ここも冷静を装って乗り切った。
「そうでしたか。それでは、いずれ時間を取って、改めてお礼をさせていただきます」
「はい、お願いします」
これでホープに触れることはもうないだろう。ルシードはアルマリーゼとセラフが気づかなかったことに胸をなでおろす。
「待ってください」
しかし、セラフは何かを思い出したように口を開いた。ルシードは何事かとセラフに向き直る。
「ホープさんは帰られたんですか? まだ依頼書にサインをもらってないのですが……」
なんだ、そんなことか、とルシードは思ったが、確かにちょっとした問題だ。
「おお、そうでしたな。確か依頼を出した者は受けた者が持って来た依頼書にサインをして返すと聞いています。私の出した依頼にも、ホープさんはサインを受けずに帰られたことになる」
「ひとっ走りして、ギルドでホープを捜してこようか?」
ルシードは今からギルドに向かって会えるだろうかと考えるも、捜さなければ依頼の報酬を受け取ることもできないのも事実。
だが、ルシードが立ち上がったところで、ゴードンが手で制した。
「それには及びません。ホープさんは仕事が押していたのでしょう。それでサインを忘れて行ってしまわれたと考えると、今から行っても会えないかもしれない。それなら私が一筆したためましょう。確か依頼主ならそれも可能だと、依頼を出した時に聞いています」
ゴードンの申し出に、ルシードはセラフに確認を取ろうと顔を向け、
「そうですね。ホープさんも今頃思い出して困っているかもしれませんが、このあとも仕事があるならすでにいない可能性もありますし、報酬は次に立ち寄った時でも受け取りは可能です。私たちの方でギルドには伝えておきますので、ゴードンさんには一筆お願いできますか?」
セラフの言葉に安心して椅子に座りなおした。
「お安い御用です。すぐにしたためましょう。それで、皆さんはどうされますかな? 私としては妻と娘たちもまだ寝ていますし、起きてくるまで……いえ、できればもう一日はゆっくりしていって欲しいところではありますが……」
「それは嬉しい申し出ですが、俺たちもあまり時間があるわけ……では…………娘たち?」
ルシードはゴードンの言葉に引っかかりを感じて口にする。ゴードンに娘はレベッカ一人。『たち』という表現はおかしい。
しかし、ルシードにも思うところがあった。メリーのことだ。
「ははは、いや、実はこの歳になって娘が一人増えましてな。ルシードさんもお会いしたメイドのメリーのことです。いやはや驚きました。昨夜聴取が終わり、皆さんが話されている間に食堂でちょっとした事件がありましてな。ライザがレベッカとメリーを連れ、『今日からメリーもうちの子にします! 異論があれば実家に帰らせていただきます!』と言った時は何事かと思いました。酒をたらふく飲んだせいで夢を見ているのかとね。よくよく話を聞いてみれば、レベッカがメリーを姉のように慕っており、ライザも娘のように感じていたとか……更にはセバスチャンまでが知っていながら隠していたそうで、この家で知らぬは私一人。お恥ずかしい話です」
ルシードにメリーのことを話すゴードンは恥ずかしながらも嬉しそうに語り、聞いていたルシードも、思わぬ朗報に頬が緩む。
「もちろん私もメリーがレベッカによく接してくれていることは知っていましたし、ライザのようにもう一人の娘のようには感じていました。ただ、セルゲイ家の当主としてメイドを特別視するわけにもいかなかったのです。メイドによからぬ感情を持っているのではと、ライザに疑われても大変ですからな」
街の著名人ともなれば世間体もあったのだろうが、ライザの気持ちを知らないゴードンは、当主とメイドとして線引きしていたわけだ。
「そんな時に昨日の事件です。驚きはすれど、反対する理由はなかった。受け入れた私を、居合わせたハリーも祝福してくれましたよ。近いうちに養子の手続きをするつもりです。しかし、新しいメイドは雇う必要がなさそうですな。メリーはこれからも家事を手伝うと言っていますし、それを聞いたレベッカも家事を覚えたいと……これからはセバスチャンも含め、家族全員でやっていきますよ」
「ゴードンさんがメリーさんを受け入れてくれて俺も嬉しいです。それだけが最後の心残りでしたから」
「はい、私もそれだけは解決しておかねば気がかりになるところでした。昨夜、ルシードさんが出て行かれたあとは大変な騒ぎでしたよ。宴会が始まるかと思いました」
「ふふっ、そうね。賢者様なんて、これみよがしにお酒の場に持って行こうとするんですもの。止めるのが大変だったわ」
ルシードはその場の光景が目に浮かぶようだ。苦笑しながらも話を戻すべく口を開く。
「それで、俺たちがこれからどうするかでしたね。俺もゆっくりしていきたいところだけど……そろそろ戻らないとまずいよな?」
ルシードはセラフに確認を取る。セラフたちはルシードの倒した魔獣の鑑定結果を待っており、その間は学園を休学していることになる。あまり自分の都合で振り回すわけにもいかない。
「そうですね……私たちがギルドに魔獣を持ち込んで五日です。ギルドの方は五日から一週間と言っていましたが、レーヴェはほとんど鑑定待ちというのがありませんし、そろそろ結果が出ているかもしれません。今日中にでも戻った方がいいかもしれませんね」
セラフの返答にルシードは頷き、ゴードンに向き直る。
「そういうわけです。申し訳ありませんが、俺たちはこれで失礼したいと思います」
「そうですか、残念です。せめて家族に別れの挨拶はさせてやってください。今起こしてきますので、もうしばしお待ちを。手紙も用意してきます」
ルシードたちの言葉に肩を落とし、ゴードンは食堂を出て行く。
「もうしばしって言われても……俺たちも他のメンバーを起こさないといけないよな?」
「そうね」
「それでは起こしに行きましょうか」
ルシードたちは顔を見合わせ、苦笑して席を立った。
◆
寝ているメンバーを起こし、談話室で酒を飲んでいたベルを回収したルシードたちは、ゴードンに朝食をご馳走になり、一息ついたところで館を去るべく、玄関ホールに集まった。
「レベッカさんも病み上がりですし、外の冷たい風は体に障ります。見送りはここまでで構いません」
「私なら全然――」
ルシードがゴードンに告げた時、隣にいたレベッカが割り込んでくるが、ルシードはそれを制す。
「無理はいけないよ。もう大丈夫だとは思うけど、それでも体の管理には気をつけないと……別の病気にかかってしまってもいけないしね。それと、もう一度だけ言っておくけど、俺が教えたことはくれぐれも忘れないように。魔力の扱い方を覚え、うまく魔素を取り入れることに成功したとはいえ、君は魔法使いになったばかりだ。魔法の練習を重ねて、もっと上手く操れるようにならなくてはならない。そうすればきっと、体内にある魔素を取り入れる回路も正常に動き出すはずだ。逆に、それまでは魔力切れにも注意をするように忘れないで。魔力を切らしてしまうと、魔力が戻るまで魔素を取り入れられなくなるかもしれない」
「頑張ります、先生!」
ルシードはレベッカの返事に頷き、メリーに向き直る。
「メリーさんにもお願いします。レベッカさんが無理をしないように見てあげてください。これからはお姉さんとして」
「はっ、はい、任せてください」
メリーは緊張を含んだ声でルシードに返す。
まだ養子になっていないとはいえ、すでにセルゲイ家の一員と言ってもいいだろう。メリーは朝食の食卓につき、一人だけ立たせるのもいけないと、セバスチャンも一緒に朝食を取った。二人はまだ慣れない生活に困惑しているようだが、これからはあの光景が日常になる。この二人が家族に加われば、ルシードが心配するだけ無駄というものだ。
ルシードはメリーの返事にも頷き、最後にゴードンへと向き直る。
「それでは、俺たちはこれで失礼します」
「本当にありがとうございました。またこの街に寄られた時は、いつでもお越しください」
「そうしてください。きっとレベッカも喜びます」
「お、お母さん!?」
「はい、その時は是非寄らせてください」
そこでルシードは背後からの視線を感じて振り返る。
すると、ミラを除いた三人娘がルシードをジト目で睨んでいた。ミラは三人の様子に一歩引き、アルマリーゼはにやにや笑い、ベルだけは不思議そうにレベッカを見ている。
しかし、ルシードが振り向いたことに気づくと、三人は何もなかったように笑顔に戻った。
ルシードは三人の笑顔に、睨まれていたのは見間違いだったかと館の住人に向き直る。
「お世話になりました。皆さんもお元気で」
最後に別れを告げて、ルシードたちは玄関を抜け、
「レベッカが言っておった先生とはなんじゃ?」
ゴードンの館を出たところでベルが口を開いた。
「神様がレベッカに魔法を教えた。レベッカは体の魔素を取り入れる器官が正常に働いていなかったけど、神様が魔力の使い方を教えることで解決した。これで神様の弟子はレーヴェの子どもたちを入れると……七人?」
「な、七人じゃと!?」
ルシードに代わってサーシャが説明し、ベルはその言葉に驚く。
「お、お主、弟子を持つペースがおかしいぞ。それともワシが時代遅れなのか?」
「そんなことないですよ! ルシード、あんた魔法覚えてまだ四日でしょ? それで弟子七人ってどう考えてもおかしいわ」
「そ、そうだぜ? アタシたちが魔法を覚えるのに、どれだけ苦労したと思ってるんだよ」
「……私たちも成長が早いと言われましたが、それでも見よう見まねで覚えるのに一ヶ月はかかりましたよ」
「神様は特別。レーヴェの子どもたちに教えるところも、レベッカに教えるところも見せてもらったし、みんな使えるようになってた。嘘は言ってない」
ベルに続いて他のメンバーにも視線を向けられるルシードだが、心当たりはいくつかあった。
アルマリーゼに魔力の扱い方を覚えたこと。トライホーン・ビートルから魔力共有の能力を奪ったこと。ベルに師事できたこと。
中でも共有の能力は相手に体内にある魔力の存在を教えるのに最適だった。
だが、それでも殺した相手の能力を奪っているとはルシードも言い出しづらい。事情を知るアルマリーゼもそうと知ってか、口を挟む気はないようだ。
「みんな才能があったんだよ。俺はほんの……ちょっぴり手助けしただけ」
そこでルシードは、母の言葉を借りることにした。母の言う『ちょっぴり』とはてんこ盛りだ。しかし、この場でそれを理解する者はいない。
「それに、レベッカさんの治療は魔法を覚えさせることで治るかもしれないとはライザさんも知っていたんだ。でも、ただでさえ少ない魔力を使って覚えさせようとするのは危険と見送ってた。それを一発で覚えさせられたのは運がよかったよ。慣れるまでは時間がかかったみたいだけど、夕飯のあとには車椅子も必要ないくらい動けるようになってたみたいだ。普段から足を動かす練習をしてたのがよかったんだろうな」
「あ、そっか! そういや最初は車椅子に乗ってたよね? なんか引っかかるなーとは思ってたのよ」
「へ? そうだっけ? 全然気づかなかった。やっぱアタシに探偵は向いてないな」
「私は少し引っかかっていたのですが、メリーさんがレベッカさんを信じると言っていたので口に出さなかったんです。みんなに疑わせるのも気が引けましたしね」
「あれ? そういや、勝負はどうなったんだっけ? 神様が宝石を取り戻してくれたってことは、神様の勝ち?」
ルシードは話の流れを変えようとレベッカの話に戻したが、思わぬ方へと流れてしまい、ルシードも勝者はいるのだろうかと考える。
「んー、どうだろ? でも、怪盗に逃げられちゃったってことは、引き分けじゃない?」
「そっかな? ルシードが宝石を取り戻したことには違いないんだし、ルシードの勝ちじゃね?」
「むぅ。どっちにしても、私は勝者になれなかったことになる」
ルシードが怪盗ディセプションを殺したと思っているアルマリーゼとセラフは口を開かない。互いに目配せしている姿だけが、うしろを歩くルシードの目に入った。
「クハハ、ワシは酒をたらふく飲めただけで満足じゃ。ゴードンが百年物の秘蔵の酒を出してきよったしな!」
そこへ最後尾、ルシードの隣を歩くベルの声がルシードの耳に届き、ルシードはもう一度考える。
確かにホープから宝石を取り戻したのはルシードだが、勝利者の条件は怪盗を捕まえた者、もしくは怪盗の正体を暴いた者だ。
正体を暴いた者にはルシードも入るだろうが、ルシードは辞書を読んだからこそ、ホープが怪盗ディセプションだと発覚しただけだ。それには自身納得できないものがある。
そこで、ルシードは他のメンバーへと視線を送った。
ルシードの前を歩くミラ、ルーファ、サーシャは誰が怪盗だったなどと今も推理を続け、その三人の前を歩くアルマリーゼとセラフは三人の話には加わらず含み笑いをしているようだ。
いつ先頭を歩く二人が、ルシードが怪盗を殺したと口を滑らせないか心配になるルシードだが、今は捨て置き、タイミングを窺う。
すると、ほどなくして曲がり角に差し掛かる。目の前の角を曲がれば、ギルドまで一直線だ。ここを逃せば次はない。ルシードはここしかないと動く。
ルシードはタイミングを計り、隣を歩くベルの肩を指で軽く叩いて、足を止める。
肩を叩かれたベルは、ルシードに呼ばれたと思い、首だけで振り返ったが、足を止めたルシードを見て、距離が開かないようにと自身も足を止めた。
何事かと不思議そうに視線を送るベルを、ルシードは視界の隅におさめ、前を歩く五人が曲がり角を曲がったのを確認してから次の行動に出る。
ルシードは足を止めたベルに並ぶように進み、小首を傾げ、ちょうど良い角度になったベルの頬に、少し屈んで軽く触れるに程度に自身の口を押し付けた。
何が起こったのか理解していないベルを置き去り、ルシードは再び歩き出す。
今回の勝負に勝利者はいない。ただ、正体を暴いた……と言っていいものかも怪しいが、それで言えば、ベルが最初にホープが犯人だと告げているのだ。偶然とはいえ、犯人を当てたのであれば褒美があってもいいだろう。
ルシードはどうして自分のキスが今回の褒美なのかについてはいまだに疑問だが、半分正解ということで頬に口付けした。
口にしたわけではないのだ。なんとかという鳥も子どもを運んでくることはないだろうと、ルシードは気軽に考える。それに、あれは愛し合う二人がキスをすると、鳥が子どもを運んできてくれるのだ。友人に対する好きでは意味が違うだろう、と。
ルシードは前を行く五人と合流するべく足早に歩き、曲がり角を曲がったところで気づかれなかったかと様子を窺うが……五人は気づいた様子もなく、会話を続けていた。五人の誰かに気づかれては、ホープのことを話さなくてはならなくなるかもしれない。
「あれ? 賢者様は?」
そこでミラがルシードに振り返って言う。ルシードもその言葉に振り返るが、ベルの姿はない。
全員が立ち止まり、顔を見合わせて引き返すことにすると、ベルは先程ルシードに振り返ったポーズのまま固まったように立ち止まっていた。
「何やってんだ、ベル?」
ルシードの声に、ベルは再起動したように首をギギギと動かす。
「い、いいい、今! 今の!」
「……今? 何かあったのか?」
ベルの様子を訝しむ五人をよそに、ルシードは何もなかったようにベルに話しかける。
「うぇ!? ……お、おかしいのう。ちと酒を飲みすぎて、まだ酔っておるのか? す、すまぬ、勘違いじゃ。歩きながら夢でも見ておったのかもしれん。気にせんでくれ」
うろたえるように口をパクパクとさせていたベルは、ルシードの様子と言葉に我を取り戻し、ルシードが口付けた頬に触れて考えるように目を瞑った。
「大丈夫ですか? 歩けないようなら背負いますけど……」
「ううむ。いや、それには及ばん。眠くはないし、足元もしっかりしておる」
夢と思い込んだベルと、不審に思いながらも頭を捻るメンバーを見て、ルシードはうまくいったと、一人内心でほくそ笑むのだった。




