075 めい探偵ホープの事件簿 えぴろーぐ
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アイリス――ホープはルシードと別れ、ギルドへの道を上機嫌で歩く。あとは昨夜の仕事を報告すれば終わりだ。
「ふふふ。しかし、この仕事は今回で最後にすると決めたが、そのあとはどうするかな……」
今度こそ本当に名探偵と呼ばれるようになってやろうか、とホープは考え――
「いや、やはり先に花嫁修業からだな……ルシードも側にいてくれる方が嬉しいだろうし、専業主婦というのも悪くない」
未来を修正する。
「あ、しまった。ルシードがいつ王都へ向かうのか確認するのを忘れてしまったな……仕事が終わったあとに聞こうとしていた推理小説の題名もだ。聞きに戻るか?」
ホープは自問自答するが、先程王都で会おうと言ったばかりだ。言った側からこの街で顔を会わせるのは気が引ける。
「まあ……ルシードも昨日の今日だ。数日はゆっくりしてから王都に行くかもしれない。どうせ王都に着けばギルドへ寄るだろうし、受付に言付けておけばいいか。それまでは所用を片付けながら、料理の勉強でもして待つとしよう」
今後の予定が決まったところでちょうどギルドに到着したホープは、ギルドに入ると正面の受付へと向かう。
「やあ、カルメン。魔電通信を使いたいのだが、いつもの個室は空いているかな?」
ホープの仕事内容は今受付に座る女性――カルメンも知らない。知っているのはごくわずか……この街ではギルド長だけだが、ホープは直接の上司に連絡を取るため、受付で個室を借りようとカルメンに話しかけた。
「お疲れ様です、ホープさん。朝も早いですし、昨日は雪が降ったからか、冒険者の方たちも今日はまだ誰も来ていません。いつもの部屋も使えますよ。それよりもご機嫌ですね。もしかして、怪盗ディセプションを捕まえることができましたか?」
カルメンはホープがこの街で幾度か怪盗ディセプションの依頼を受けたが、そのすべてに失敗した迷探偵だと思っている。いつも個室を借りたあと、失敗したと報告を受けるからだ。最初はホープを慰めようとしていたカルメンではあったが、次の日にはケロッとしているホープの姿を見て、それも止めた。
「ああ、怪盗ディセプションは捕まったよ。もう現れることはない。では、使わせてもらうよ。いつものようにボクが出るまで、中には入らないでくれ」
ありえないと思っていながらも聞いたカルメンは、ホープの返事に笑顔のまま固まり、聞き間違いでは? とホープへと振り返るも、その姿は奥の個室へと消えていったあとだった。
ホープは個室に入り、鍵をかけると、部屋内を念入りに調べる。
怪しい物や盗聴されていないことを確認したホープは椅子に座り、魔電通信機の受話器を手に取ると、押しなれた番号を押して待った。
『この番号は現在使われておりません。番号を確認の――』
すると、数回のコールあと、相手が出た。
「相変わらず声真似が上手いな。本物かと思うほどだ」
最初に定型の声が聞こえてくるのはいつものことだ。ホープは気にせず話しかける。
『当然だ。使われている声は私が担当している。本物で間違いない』
音声を遮るホープの声が届くと、相手はいつもの低い声色に戻る。
だが、ホープは通信相手の返答に愕然とした。ホープが相手に持つイメージとは、かけ離れていたからだ。
「……内調の長がそんなことをしているとは知らなかったよ」
『君が思っているより、私も苦労しているということだよ。たとえば君の連絡を待っていたというのに、夜が明けていたりね。おかげで今日は徹夜だ』
「それは申し訳ないことをした。だが、ボクも徹夜……ではないか。まあ、色々あったんだ。気にしないでくれ」
ホープはいつも仕事を終えてすぐに連絡を入れる。相手もそのことをわかって待っていたのだろう。流石に悪いと思いつつも、いつまでも根に持たれては困ると話を続ける。
『色々? 君の調査の報告を聞いた限りではセルゲイ家に問題はないと聞いていたが、違ったかね? 何か問題が?』
「いや、ゴードン――セルゲイ家は調査通り真っ当な人物たちだったよ。実際に会った感想も同じだ。使用人も含めてね」
『では、なんの問題が?』
「そうだな……簡潔に言うと、この仕事を辞めることにしたよ。今回でボクには向いてないということを再確認できた」
『……何? できれば詳しく話してくれると助かるのだが?』
「ボクにもようやく春がやってきたということだ」
『お、おい、何を言っている? 頭でも打ったのか?』
「そうじゃない。ハートを撃ち抜かれたんだ」
『アイリス!? 本当にどうした!? 大丈夫か!?』
珍しくも焦り、ホープの本名まで出した上司の声に、ホープは気づくことなく続ける。
「これで報告は以上だ。王都に戻ったら紹介するよ。楽しみにしていてくれ……母さん。父さんにもよろしく伝えてくれ」
仕事に私情は挟まないホープだが、今日だけは特別に母と呼んだ。
『アイリス!? アイ――』
ホープは上司――母の呼ぶ声にも応えず、魔電通信の受話器を置いた。どうせ王都にある実家に帰れば話さなくてはならないのだ。これ以上話を続け、茶化されては困る。
ホープは鍵を開けて個室を出る。あとはカルメンに結果を報告して終わりだ。
「……あ」
しかし、依頼書にゴードンのサインをもらっていないことを思い出す。更に言えば、ルシードたちが受けた依頼にもホープはサインしていない。
「まあ……いいか。ゴードンならそのあたりは上手くやってくれるだろう。ルシードたちの依頼も、直接カルメンに言っておけば問題はない」
王都で会おうと言った手前、ルシードとは顔を会わせづらい。そこで、受付で勝手に処理してもらおうと、ホープはカルメンのいる受付に戻る。
「カルメン、部屋はもういい。助かったよ」
「は、はい。それで怪盗ディセプションのことですが……」
「ああ、その件だが……ゴードン氏のサインをもらい忘れてな。おそらくボクの依頼を受けた冒険者たちがゴードン氏の一筆でも持ってここへ来るだろう。その時は君の方で……いや、そろそろ君の勤務時間は終わりか。では、引継ぎの子にも知らせて処理してくれないか? ゴードン氏の依頼報酬もボクではなく、彼らに渡してくれればいい」
カルメンの欲しい返答とは違ったが、カルメンはギルドの受付を任されている。仕事とあっては無視できない。
「……報酬の件は了解しました。それで、怪盗ディセプションは――」
「頼んだよ。それとボクが出した依頼にもサインをし忘れたんだ。だが、彼らが無事に達成してくれたことは間違いない。これは依頼の報酬と個室の料金、ゴードン氏の依頼書だ、受け取ってくれ」
なおも怪盗ディセプションがどうなったのか聞きたいカルメンだが、そんなカルメンにも気づかず、ホープは冒険者カバンから個室の代金とルシードたちへの報酬を多めに取り出し、ゴードンの出した怪盗捕縛の依頼書と合わせてカルメンの前に差し出した。
「……少し多くありませんか?」
カルメンはホープの取り出した報酬に驚いたが、控えめに言う。
通常個人が出した依頼は報酬額が変わるとはいえ、ギルドから出されるAランクの報酬は金貨五枚だ。しかし、ホープが出した報酬は大金貨七枚だったからだ。
「彼らはボクの想像以上の働きをしてくれた。これくらい安いものだ」
どうせ経費で落ちるのだとホープは気にしない。それに、いつもは必要最低限ですましているのだ。今回くらいは大目に見てもらいたい。
「わ、わかりました。それではこれで処理しておきます。それで――」
ジリリリリン……ジリリリリン……
もうホープの話しは終わりだろうとカルメンは怪盗ディセプションの話を切り出そうとしたが、そこへ受付の魔電通信機が鳴り、邪魔をされる。
だが、これも受付の仕事だ。出ないわけにはいかない。
「あのっ、少しだけ待ってもらえますか? すぐに終わらせますので……」
カルメンはホープに断りを入れ、魔電通信機の受話器を取って応対する。
ホープはこれ以上ここですることはなかったが、待ってくれと言われては待つしかない。カルメンの話が終わるのを待つことにした。
◇
「……えっ!? 本当ですか!?」
興味なさ気にカルメンの話が終わるのを待っていたホープだったが、通信相手と話していたカルメンが急に大きな声をあげたところで、何事かと注視する。
「……はい……はい、わかりました。こちらでも注意を呼びかけておきます。……はい、では」
カルメンが受話器を置いたところのを確認したホープは口を開く。
「何かあったのかい?」
「実は……ドーレ領の街、ロックウェルで賢者様がお亡くなりになられたそうです」
ホープに尋ねられたカルメンは、賢者の訃報に表情を固くして答えた。
「……何? それは例の件か?」
ホープは賢者が亡くなったと聞いて眉を寄せる。ホープが昨日出会ったベルは若々しい姿をしていたが、ホープの知る賢者とは高齢者ばかりだ。寿命で亡くなったというのなら気にすることはない。
しかし、ホープには一つの懸念があった。
「はい……今回も心臓が抜き取られていたそうです。先月に続いて二件目。いったい何が起こっているのでしょうか」
ホープは自分の懸念が当たったことに表情を暗くする。
ここ二ヶ月の間に賢者が二名殺害されている。それも、判明しているだけで二名だ。街に拠点を置かず、隠れ住んでいる者も狙われているとすれば、数は増えるかもしれない。
だが、ホープが表情を暗くした原因はこれだけではない。ドーレ領のロックウェルということは、前回に引き続き、被害者は――男の賢者なのだ。
男の賢者。そのことにホープはルシードのことを考えずにはいられない。
結局確認はできなかったが、おそらくはいくつかの属性が使えるだろうとホープは推測している。もしかしたら基本四属性を使えるかもしれない、と。そうなればルシードのことを賢者と呼んでも差し障りはないのだ。
それに……男の賢者はホープが知るだけでも片手で数えられるほど、自分が賢者だと申請していない者を合わせても、両手で足りるかもしれないほどに数が少ないのだ。今も起こり続けている事件の犯人がルシードの存在を知れば、標的にするかもしれない。
犯人が何故男の賢者ばかりを狙っているのかはわからないが、女の賢者よりも力が劣るというだけで男の賢者を狙っているわけではないだろう。
「……ドーレ領のロックウェルだったな。カルメン、転移水晶を五個ほど用意してくれないか? 先程最後の一個を人に渡してしまってね。これは代金だ」
ホープはドーレ領だけでは終わらないだろうと、普段より多めに転移水晶を用意することにし、大金貨五枚を取り出してカルメンに渡す。
「ホープさん!?」
カルメンはホープの意図を理解したのだろう、目を見開いてホープの名を呼ぶ。
「少し調べてみるよ。前回が違う領地だったことを考えると何も掴めないかもしれないが……糸口は見つかるかもしれない」
「危険ですよ! 相手は賢者様を殺害できるほどの力の持ち主です!」
「それはボクも承知しているが、考えはある。Sランクの冒険者に助けを請うつもりだ。よ――彼女も嫌とは言わないだろう」
未来の夫の危機なのだ。ホープは自分がやらねば、と意気込む。
「そういうことでしたら……ですが、くれぐれも気をつけてください」
「わかっている。ただ、ボクが調査に出たことは誰にも話さないでくれ……犯人に知られると厄介だ」
「わ、わかりました」
本当は犯人というより、ルシードに知られては困るのだ。ルシードに心配されて駆けつけられては意味がない。ホープはカルメンに口止めし、転移水晶を受け取る。
「転移は別のギルドで行う。近くの街までは馬車で向かうので、馬車の手配だけしてくれないか? この雪では準備に時間もかかるだろう。ボクが直接向かってから言うよりもその方が早い。それともう一つ、ルシードと名乗る冒険者に今の事件は伏せてくれ。引継ぎにもくれぐれも忘れず伝えて欲しい。ボクはしばらくは顔を出せないが、カルメンも元気でやってくれ」
「はい、ルシードさんですね。しっかり伝えておきます。ホープさんもお元気で」
ホープはカルメンに馬車の手配を頼み、別れを告げてギルドを出る。
そこでカルメンは、結局怪盗ディセプションがどうなったのか聞き忘れたことを思い出すのだった。
これにて番外編は終了です。
怪盗ディセプションの正体を知ったあとで読み返すと、また違った楽しみがあるかもしれません。
明日より再び本編に戻ります。




