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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第一章
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002 日常

 ◆


 小屋の前の広場には、一人の老人が待ち受けていた。


「来たな、悪ガキ共」


「テオじい! 今日も来てやったぜ!」


 老人――テオの声に、ラウルが元気良く答えた。


「む? 他の三人はどうかしたか? 心ここに在らず、と言った感じだが」


「い、いや、大丈夫。なんでもないよ……あ、これアマンダさんから、畑でとれた野菜」


 テオの声に、ラウルの衝撃の告白からいち早く復帰したルシードが対応する。アマンダから受け取った野菜を手渡しながらもここまでの経緯を思い出そうとするが、はっきりとは思い出せなかった。

 ラウルの告白から村を出てテオの住む小屋まで来たはずだが、村の入り口で門番をしているはずのアンガスとニックスにはちゃんと挨拶しただろうか。ルシードには自信がなかった。


「おお、いつもすまんな。アマンダにもよく言っておいてくれるか」


「うん、それは……ラウルが言ってくれるかな?」


 テオの言葉に、ルシードはラウルに任せることにした。本当ならなかなか口にできないことをラウルは告白したのだ。影ながら応援しようと決めたのである。


「お、おう! 俺に任せとけ!」


 そうとは知らないラウルは、アマンダに会う口実ができたとばかりに喜ぶ。


「ん? よくわからんが、任せたぞ。どれ、野菜を置いて来るから、少し休んで待っていなさい」


 テオはそんな二人のやり取りを理解できなかったが、ラウルの元気な様子から水を差すこともないと小屋へと戻って行く。


「さっきの話は誰にも秘密だからな! ルシ兄たちだから話したんだ。他の誰にも、テオじいにも言っちゃダメだからな!」


 テオの姿が見えなくなったところで、ラウルが口を開いた。赤くなった顔を冷まそうとしているのか、積もった雪を顔に押し当てている。


「あ、ああ、誰にも言わないよ。その……あれだ、お、応援してるよ」


 ルシードのちょっと棒読みになってしまった返事に、ハッと驚いたようにカルロとクララの視線がルシードに集中した。どうやら二人は今の今まで放心していたようだ。

 そこでクララの視線がルシードに突き刺さる。普段から大人しく、庇護欲を感じさせる子なのだ、悲しい目を向けられては、ルシードも居心地が悪い。

 そして同時に視線の意味に気づく。どうやらクララは反対のようだ、と。

 そう考えていると、カルロがラウルに向き直り、慌てて言った。


「うん、僕も応援するよ」


「へへっ、ありがとな!」


 そのカルロの言葉に、ルシードは耳を疑った。

 いつもはクララの味方をするカルロが、ラウルを応援すると言うのだ。まだラウルの告白で錯乱しているのだろうか……いや、友情が勝ったのだと思いたい。

 だが、これで終わりではない。至極当然といった感じで、今度はカルロにクララからの嘆きの視線が突き刺さった。味方してくれると思っていたカルロに裏切られたのだ。落胆もひとしおだろう。

 村の人口はそう多くはなく、年の差夫婦も珍しくはない……が、相手はアマンダだ。

 ラウルと結婚となれば、もしかすると一緒に住むことになるかもしれない。クララとしては一大事だろう。カルロの援護がないのは辛いのも当然か。

 人より度量のあるクララとはいってもまだ十一歳。アマンダに対しては、まだ信頼や尊敬よりも恐怖が勝っているのかもしれない。

 ここはクララを援護すべきか? とルシードは考えたところでやめる。

 ラウルが一人前になるころにはアマンダに対するわだかまりが消えているかもしれない。更には、アマンダがラウルを受け入れない可能性だってある。それに、カルロがうまく立ち回るだろう、という考えに至ったからだ。

 ルシードが思うに、どうやらカルロとクララはお互いに好き合っているふしがある、二人でいる時はなかなかに良い雰囲気だ。邪魔をすることもない。

 ルシードはそこで、ちらりとクララと目が合わないようにして目の端に入れるように見る。

 すると、助けを求めるような目で、ルシードを見ているようだった。

 その視線を受けたルシードは――何故僕に……援護しないと決めたばかりなのに決心が揺るぎそうだ、と今度はルシードがカルロに目配せをする。

 その視線の意味するところは、カルロに助けを……ではなく、今はラウルのことは忘れ、男を見せる時だぞ! といった感じの念を込められていた。


 そこでようやくルシードの思いが伝わったのか、カルロはルシードにすまなさそうな顔をし、さっそくクララにフォローを入れているようだった。

 許せラウル。カルロを敵に回すかもしれないが、相手がカルロでは分が悪い。だが案ずるな、骨は拾ってやる、とルシードは心の中で謝ると同時、ラウルに目をやるが、アホ面……ではなく、何も考えてないのか、ボーっと空を見ていた。いや、きっとアマンダのことを考えているのだろう。


 そこでテオが小屋から出て来るのが見え、ルシードはテオへと意識を切り替える。

 テオは戦争が終わった五十年前にこの地へふらりとやって来て、村にではなく、少し離れたこの場所に小屋を建てて住み着いた変わり者。

 今ではすっかり白髪だが、このあたりでは見られない金髪だったそうで、遠くから来たのだろうという話を、ルシードは聞いたことがある。

 大人たちも何故こんなところに、と思っている者も少なくないだろう。ルシードは一度だけテオ本人に尋ねてみたが、それとなくはぐらかされていた。

 最初は余所者ということもあり、邪険にされていたテオではあるが、武器の心得があるそうで、村を襲った魔獣を退治し、大層感謝されたそうだ。

 その時に村に来ないかと村人たちは誘ったが、頑なにこの場所を動かなかったという。

 今では若者に武器の扱い方や、文字の読み書きを教えてくれていることもあり、村からの信頼も高い。

 その老体は服の上からでも鍛えられているとわかる。テオ曰く『これでも全盛期の一割以下じゃ』とのこと。

 今日もルシードたち男性陣三人は、テオのもとへ勉強をかねた鍛錬に来ている。クララは主に文字の読み書きだ。


 テオじいも、もう七十近いんだっけ。テオじいに教わるのも僕たちで最後かもしれない。

 ルシードはそう思い、少し寂しく感じる。

 ルシードはテオに色々なことを教わっていた。本当か嘘か、英雄レナードと会ったことがある、とルシードが聞いた時は驚いたものだ。その時の話を幾度となくねだり、面白おかしく聞かせてもらったのも記憶にも新しい。


 特に娯楽の少なかったこの村で、大人たちが狩りに出かけた際に出会った商人から一冊の本――英雄レナード物語を手に入れて帰ってきた時は大騒ぎだった。

 この北の果てにある小さな村では戦争が起こっているなど露知らず、とても平和なものだったが、娯楽に飢えた村人たちには関係ない。その一冊の本は、たいそう喜ばれた。

 だが、誰かが読めるであろうと思われた本は、誰一人として文字が読めないという難題に見舞われた。

 そこでテオに相談したところ、快く読み聞かせてくれたのだ。

 こうして英雄レナードは村に一大ブームを引き起こし、特に男たちは英雄レナードに憧れ、夢想した。

 そうした中で、自分で読みたいと思った者が現れたのか、テオに文字を習い始めたのがことの始まり。

 英雄レナード物語は大事に扱われたが、村人たちの手で読み込まれ、遂には文字が読めないまでになってしまう。

 そこでテオは奮起した。新しい紙に英雄レナード物語の複製を始めたのだ。

 だが、複製された物語には変化があった。以前にはなかった話や、登場人物が増えたのである。

 それでも、誰一人として文句は言わなかった。

 それもそのはず、英雄レナード物語は簡単な作りでできていたのだ。登場する名前はレナードだけ。簡単な挿絵に文字が添えられ、レナードがどこで何をした、などまるで絵本のような作りだったのだ。仲間たちでさえ、挿絵に登場しているにも関わらず名前がない。村人たちも、少しばかり物足りないと思っていた。

 それがどうだ。テオの書いた本には、最初の本の内容に沿って詳しく加筆され、更には合間の話、ともに戦った仲間たちにも名前が付け加えられたのだ。

 そのどれもがよくできていて、村人たちを大いに楽しませた。仲間の一人にテオの名があり、至るところで活躍するのはご愛嬌か。

 今になって『あの本の内容は全部作り話だった』と言われても怒る者はいないだろう。

 元になった本は村長の家で大事に保管、テオの本は村人により更に複製されるが、改変されることもなく、今でも読まれて続けている。

 ルシードは何故か最後の魔王を倒しに行く話にのみテオが登場しないのが気になって聞くと、テオは『これはレナードの物語、テオはレナードを信じて託し、物語の役目を終えた』と語り、少し寂しげに空を見上げ、『だが、選択に間違いはなかった』と満足そうに笑うのを見て、ルシードはそれ以上、何も聞けなかった。


「どれ、今日も走り込みからするかの。いつものように広場を五十周、ラウルは三十周じゃ。雪かきはしたが、足元には注意するんじゃぞ。クララは三人が走り終わるまで文字の読みを見てやろう」


 ルシードがそんなことを考えていたところへ、戻って来たテオが四人に声をかけた。


「はい」


「ええー! もう走るのは飽きたってば! 剣の振り方教えてくれよ!」


 ルシード、カルロ、クララの返事が重なった直後、ラウルが反論した。

 ラウルはまだテオのところに通う様になってから日も浅い、毎日走ってばかりで飽きるのもわかるというものだ。

 だが、ルシードとカルロはラウルの言動に動じることなく、走る前の準備運動を始める。

 既にルシードとカルロは通った道だ。テオの返事はいつも同じ。


「馬鹿者! 何をするにも体が大事! 体ができていなければ思うように動けん! 思うように動けんことには大怪我に繋がるぞ!」


「うっ……わ、わかったよ」


 流石のラウルもテオには頭が上がらないようだ。まだまだ一人前への道は遠いだろう。

 ルシードは二人のやり取りを懐かしく感じ、カルロに視線を移すと、目が合った。どうやらカルロも昔を思い出していたようだ。お互いに自然と笑みをこぼした。


「じゃあ、先に行くよ」


「ラウルはまだ日も浅いから、ゆっくり走るといいよ」


「あ、待ってくれよ。ルシ兄ィ! カル兄ィ!」


 ルシードとカルロは周数も多いこともあり、先に出る。小さな広場ではあるが、のんびりしていたら走るだけで一日が終わってしまう。

 走ったあとは休憩も兼ねて文字の読み書き、それが終わればやっと剣を持たせてもらえるのだ。やることは多かった。


 ◆


 走り終わったルシードとカルロは息を整え、二人揃ってテオとクララのもとへと向かう。ラウルはもう少しかかりそうだ。

 そこで近づく二人に気づいたテオが、一つ頷いた。


「席に着いて休んでいなさい。今お茶を入れてやろう」


「ありがとうございます」


 ルシードとカルロは一緒なってお礼を言い、席に着いたところでクララに声をかける。


「クララの進み具合はどう?」


「う~ん、そこそこ……かな」


「何を言うとる、今まで教えてきた中でも群を抜いて物覚えがいい、早くも読みは完璧じゃ。書きも練習を重ねれば、自然と良くなろう。できれば魔法を教えてやりたいとこだが、ワシはどうにも適性がなかったからの……覚えようとも思わんかったから、教え方がわからん」


 クララの返事に、テオがお茶を入れながら口を挟んだ。


「魔法……ですか」


 そんなテオの言葉に気になるところがあり、カルロが聞き返す。


「うむ。火を出したり、水を出したりしとったな。ワシは使えんから人任せにしとったが、なかなか便利そうじゃった」


「お、俺も、ま、魔法、使い、たい」


 そこへ走り終わり、息も絶え絶えに戻って来たラウルが話に加わる。


「ラウルも終わったようじゃの。とりあえずは落ち着いて茶でも飲め」


 ラウルはテオから受け取ったお茶を一気に飲み干し、席に着く。


「それで、どうやったら魔法を覚えられるの?」


「……結論から言うと、この中で使えるのはクララだけじゃろうな」


 ルシードは聞くが、テオはクララしか使えないと言う。


「僕たちでは覚えることができないと?」


「魔法は基本的に女が使う。男は使えん。中には例外もいるそうじゃが、お前たちには使えんだろう」


「どうして女性だけ?」


 男と女。ルシードは何が違うのか気になって聞く。


「……詳しくは忘れたが、魔力自体は男にもあるが、絶対量が少ないんじゃったかな? せいぜい一日に数回ランプに火を点ける程度しかできんだろう。それならマッチを使った方が早い。ワシもお前たちのころに適性がないと知ってな……不貞腐れて真面目に話を聞かんかった。確か女は産まれ持って内包する魔力が高い、とか空気中の魔素を取り込みやすい、とかなんとか言っとった気がするが……うーむ、思い出せん」


「テオじい大事なとこじゃんか! 思い出してよ!」


 ラウルはテオの言葉で満足できないとばかりに、声を大にして言う。


「そうは言うが、思い出せたとこでワシは使えんからな。使える者が教えんとクララも使うことはできんじゃろうて」


「くっそー、魔法使ってみたいぜ! テオじいの剣より凄いんだろ!?」


「何を言うとるか! 魔法なんてたいしたことないわ! ワシの剣の方が凄かったもんじゃ! ……よし、ちと早いが今日の勉強は終わりにして剣を教えてやるかの。ワシも久しぶりに体を動かしたくなったわい」


 ラウルの言葉に、テオは張り合うようにして言葉を発すると、壁に立てかけていた木刀を取りに行く。


「おぉー! さっすがテオじい! 話がわかるぜ!」


 切り替えの早い奴だ……とルシードは思いながらも席を立つ。

 やはり勉強より体を動かす方が性に合っているのだ。


 ◆


「では、さっそく素振りからじゃ。それぞれ教えた通りにやってみなさい」


「はい!」


 ルシードたち三人はそれぞれ教えられた通りに素振りを始めるが、少ししてテオからそれぞれに声が飛ぶ。


「ラウル! 速く動こうとして体がバラバラに動いとるぞ! 一振り一振りを大事にせんか!」


「は、はい!」


「カルロは腕だけで振りすぎじゃ! 体全体で動かすことを覚えなさい」


「はい!」


「ルシードは流石に長く来とるから悪くはないな。体の重心を意識して動いてみなさい」


「はい!」


 教え通りに動いているつもりでも、周りから見れば違うところはあるものだ。

 テオはそれを的確に指摘してくれる。なんの変哲もない練習風景だった。


 その後も素振りを続け、時は流れる――


「よし、そこまで。どれ、昼飯にするかの。クララ、皆のお茶を入れてくれるか」


「はい」


「あー、腹減ったー。今日の母ちゃんの弁当なんだろ。ほら、ルシ兄、カル兄。早く行こうぜ!」


 ラウルの反応は早い。


「わかってるよ」


「僕は朝食べないので、いつもこの時間が待ち遠しいです」


「マジで!?」


「朝食べないと稽古辛くない?」


 カルロの言葉に、ラウルとルシードが驚きとともに口にする。


「朝食べると、逆に辛いんですよ」


「けど、朝食べないと健康に悪いって父さんが言ってたよ。ねぇ、テオじい」


「む、そりゃ難しい質問だな。ワシが昔、街におったころの話だが、色んな学者が『朝食べないから健康に悪い』とか『朝食べるから健康に悪い』とか言うことがあべこべじゃった」


 ルシードに話を振られたテオは困ったように昔を思い出して言う。


「えー、学者って色々知ってる偉い人のことだろ?」


「そうなんじゃが……実際にどっちが合っているのかワシにはわからん。どっちかが合ってるかもしれんし、どっちも間違っとるかもしれん。そうこう言ってる間に、ワシも戦争に行ったしな。結論が出たのか出ていないのか……まあ、ワシに言えることは、朝食べようが食べまいが、健康ならそれでいいってことじゃが……カルロ、体調が悪くて倒れた時の原因が、朝食を抜いたからでは意味がない。そのへんは朝起きた時に自分の体と相談して決めなさい」


「はい、気をつけます」


 テオは持論を出しつつも、最後は忠告を忘れない。


「お茶の準備ができましたよー!」


 そこへクララの声が届く。


「おー! 今行くー! ほら、テオじいも、ルシ兄、カル兄も早く!」


 反対する者などいるはずもない。

 ルシードたちは席に着き、弁当箱を開ける。


「げっ、昨日の残りじゃん。母ちゃん手抜きかよ」


「昨日は多めに作ってたから仕方ないよ」


「む、うちも昨日の残りだ。昨日出た分は食べたし、母さん最初から持たすつもりで分けてたのか」


「僕はサンドイッチです」


 それぞれが自分の弁当の中身を見て口々に感想を述べる。

 カルロだけは今日作ってもらえたようだが、これだけ品行方正に育ってくれれば可愛がるのも無理はないだろう。ラウルの家は大雑把であり、ルシードの家も、最近は母が裁縫で忙しいのか手抜きが多い。


「おお、カル兄の美味しそうだな」


「一つ食べるかい?」


 ラウルがカルロのサンドイッチを羨ましそうに覗き込み、口に出したところでカルロは弁当箱をラウルに差し出した。


「さっすが、カル兄! この恩は一生忘れないぜ!」


「私はルシードさんのかな。今度おばさんに料理教えてもらいたいです」


「ん? 食べてみる? うちの母さんなら喜んで教えてくれると思うよ。まあ、僕もカルロのサンドイッチが気になるし、ラウルたちのだって美味しそうに見えるけどね」


「はははっ、たまには全員の弁当をみんなで囲んで食べるのもいいぞ。待っとれ、今小皿を取って来てやる」


 テオの言葉になるほど、とみんなで弁当を前に出し、小屋から戻ったテオから受け取った小皿に、それぞれが食べたい物を入れていく。


「テオじいも食べる?」


「いや、ワシはいい。最近は年のせいか、肉が胃にもたれるようになってのう。肉より野菜派じゃ。どれ、ワシの野菜も並べてやろう」


「いえ、いりません」


 ルシードたち四人は不自然ににっこりと笑い、声を揃えて言う。

 理由はあるが、今は語る必要もないだろう。


「む、そうか。まあ、若いうちは肉がいいか」


 テオは子どもたちが断ったことに肩を落とし、野菜を取りに行こうと椅子からあげていた腰を元に戻す。


「おー! ルシ兄の美味ぇ! クララは早くおばさんに教えてもらってうちで作って欲しいぜ。母ちゃんの飯はレパートリー少ないから食い飽きちまったよ」


「もう、お兄ちゃんはすぐ自分の良い方向に持っていこうとするんだから!」


「うん、僕も美味しいと思います。これなら毎日食べても飽きなさそうだ」


「そうかな? 確かに母さんは料理上手だと思うけど。毎日だと飽きるよ」


 ルシードは言われて気づいたが、いつも狩りで取ってくる食材が同じでも、母のレパートリーは多い。調味料で味を変えてるのかもしれない。

 しかし、飽きないと言えばどうだろうか。ルシードは確かに美味しいと思うが、他の二家族の弁当だって新しい味で美味しく感じる。隣の芝生は青いというやつだろうか。

 そこへテオが真剣な目で口を開く。


「これ、飽きるなどと言ってはいかん。母親の味というのは食べられなくなって初めてわかるもんじゃ。ワシだっていまだに母親の飯が食いたくなる時があるんじゃぞ」


 テオに言われては説得力がある。ルシードは頭の片隅に入れ、素直に謝ることにする。


「ごめん、気をつけるよ」


「うむ、わかればいい」


 そのあとはいつものように雑談しながら昼食を終わらせ、その後は軽く手合わせしたり、相手が持つ武器の対処法なども教えてもらう。

 その中でもルシードの興味を引いたのは、鉄砲と呼ばれる武器だった。

 このあたりでは見ないが、魔法ではなく科学なるものが存在し、弓で矢を放つより威力も高く、鉄の塊を遠くまで飛ばす武器。かなり高価な物らしく一般には出回ってないが、一度は見てみたいものだ、とルシードは思う。

 それでも『まあ、たいした武器じゃない。ワシの目には止まって見えたよ』とはテオの弁だった。


 ◆


 更に時は過ぎ、村に帰る時間となる。


「今日はこんなところかの。怪我をした者はおらんな? 怪我を隠しても良いことはない。体のどこか痛む時は素直に言うんじゃぞ」


「うん、大丈夫」


「おう!」


「問題ありません」


 テオが最後の確認とばかりに声をかけ、それに剣の手ほどきを受けていた三人が答える。


「うむ。では、今日はこれで解散とする。暗くなる前に村まで戻るように。……ルシードは少し話がある。残りなさい」


「僕? ……わかった、残るよ」


 今日も何事もなく終了、とはいかないようだ。

 ルシードは一人残される意味もわからず、返事を口にした。

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