019 魔獣
◆
ルシードたちはキュール村を目指して歩いていた。夜の散歩というのも悪くない気分だ。
「ねぇ、結構歩いたと思うのだけれど、いつになったらキュールに着くのかしら?」
「どうだろう? もう少しじゃないかな?」
ルシードはアルマリーゼの言葉に気軽に返す。特に疲れてもおらず、問題はない。
「ねぇ、結構歩いたと思うのだけれど、いつになったらキュールに着くのかしら?」
同じことを聞かれた気がするが、ルシードの聞き間違いではないだろう。
自分は大丈夫だが、アルマリーゼは歩き疲れたのかもしれないとルシードは考え、それでも返事が聞こえなかった場合のために、もう一度同じセリフを返すことにした。
「どうだろう? もう少しじゃないかな?」
「言い方を変えるわ」
聞きたくないセリフが出てきそうな予感が、ルシードにはある。
「さっきから同じところを歩き回っている気がするのだけれど、いつになったらキュールに着くのかしら?」
アルマリーゼの言葉に棘を感じられるが、ルシードは笑う。
「森ってのは、どこも同じに見えるもんだよ」
完璧な返答に、アルマリーゼも返す言葉がないだろう。
「ふーん」
アルマリーゼは気のない返事をして、一本の木へと歩みを進め――
「わあ! すごい偶然! さっき通り過ぎたところにあった木に、私がつけた傷とまったく同じ傷がこの木にもあるわ!」
わざとらしい言動で、いかにも驚いた感じを前面に出し、傷のついた木を手のひらで示してくる。
「お、おお、それはすごいぐうぜんがあったもんだ!」
ルシードも負けてはいない。アルマリーゼが示した木へと近づくと、大仰に驚き、言葉にする。棒読みになってしまったが、まだいけるはずだ。
「そんなわけないでしょう」
無理だった。
――そう、ルシードたちは森で迷っているのだ。
オークウッドを出て森に入り、闇雲に走ったせいだろう。
太陽は出ておらず、生い茂る木々のせいで、月どころか星さえも満足に見えない。
「い、いや、ごめん。なんとなくそんな気もしてた。けど、なんだか方向を狂わされるっていうか……」
「それは私も思っていたわ。もしかしたら、このあたりの魔素が乱れているのかも」
「魔素が?」
「ええ、魔素の乱れで方向感覚が――」
――ギチギチギチギチ。
そこで異音が二人の耳に届き、ルシードはアルマリーゼと視線を交わす。
森の奥から聞こえた気がしたことからそちらへと耳を澄ますが、何も聞こえてはこない。
気のせいかと思われたその時、今度は人のものではない複数の足音が聞こえた。
「……何か来る? それも一匹じゃない」
足音のする方向を見ると、三匹の犬のような姿をした痩せ細った動物が、何かに追われるかのような勢いでルシードたちの方へと走ってくるのが見える。
「あら、レゾナンスウルフじゃない、このあたりにはいないのかと思っていたけれど、やっぱりいたのね」
「レゾナンスウルフ? いないって、珍しくない動物なのか? 犬に見えなくもないけど……」
こちらへ勢いよく走ってくる犬のような動物の名だろうか。ルシードはアルマリーゼが知っている素振りを見せたことから問い返す。
「そうね、珍しくはない魔獣の名前よ。キースは森の奥に魔獣が出ると言っていたけれど、ミレット村から一度も見ていないから、このあたりじゃ発生しないのかと思っていたわ。襲ってくるだろうから気をつけなさい。あいつらは遠吠えで、近くにいる同じ個体と共鳴して仲間を集める。そうなったらどんどんやってくるわ。弱い魔獣でも、数が多いと面倒よ」
ルシードは魔獣の名称に慌てて剣を呼び出して構え、向かってくる魔獣を目で捉える。
その姿にルシードを獲物と認識したのか、先頭の一匹が口を大きく開き、ルシード目がけて飛びかってきた。
しかし、その動きは遅い。ルシードは余裕を持って、攻撃の姿勢を取る。
ルシードは魔獣の口を難なく躱し、すれ違い様に胴体を切り裂いた。
魔獣の耐久度がどれほどのものかはわからなかったが、今の一撃で死んだとルシードは直感し、残り二匹に視線を戻す。
残りの二匹はルシードを挟むように二手に分かれると――
攻撃を仕掛けるでもなく、そのまま走り去って行った。
「……逃げた?」
「おかしいわね。能力を使う様子もなかったわ。魔獣っていうのは、敵と認識したら攻撃するだけの知能の低い獣よ。見境なく襲ってくると思ったのだけれど……」
ルシードはアルマリーゼの言葉に気になる点があり、聞き返す。
「見境なく襲う?」
「魔獣は基本的に同じ個体でなければ、魔獣同士でも争いになるわ。それほどに知能が低いの」
「追いかけよう。ここは村に近い場所かもしれない。見逃して村に行かれたら、被害が出る可能性がある。ここに来るまでもかなり走ってきた感じがあったし、疲れている今なら追いつけるはずだ」
アルマリーゼの返事を待たずして、ルシードは魔獣が走り去った方向へと駆け出した。
◆
先程の場所から三キロほど移動した地点で、ルシードは足を止めた。
夜は明け、空は白んで明るくなってきている。
「止めはしないけれど、相手は魔獣よ? こちらよりも足が速いのに、追ったところで見つからないと思うのだけれど……」
「……この先にいる」
「え? 本当に?」
アルマリーゼは驚くが、ルシードは理由を話すより前に確認しておきたいことがあった。これ以上進んだところで会話すると、気づかれる可能性がある。
「その前に聞いておきたいんだけど、急所は動物と同じ?」
「ええ。脳、心臓。他の臓器も動物と変わらないわ」
「わかった、詳しい話はあとにしよう。ここから先は喋らないで。喋っていると気づかれるかもしれない。できれば影の中へ」
「わかったわ」
アルマリーゼはそれ以上、何も言わず影へと消えていく。
それを確認したルシードは気配を消し、音を立てないように気を配り、レゾナンスウルフがいるであろう方角へと足を進める。
レゾナンスウルフは――いた。全力で走り続けて疲れたのか、体を休めるようにして眠っていた。
ルシードは懐からナイフを四本取り出して投擲する。
二匹とも風切り音に反応したのか、すぐさま目を開いてナイフが飛んでくる方向を見た――
が、投げたナイフは最初の二本が頭に命中、感づかれることを予想して着弾地点をずらして投げたナイフは、それぞれ魔獣がいた後ろの木へと突き刺さった。
「――ふぅ」
ルシードは止めていた息を吐き、死体の確認へ向かう。
そこへアルマリーゼが現れる。
「お見事、と言いたいところだけれど、レゾナンスウルフは魔獣でも下位に位置する魔獣よ。あなたのナイフを避けられるほどの能力はないわ。それよりも、どうして位置がわかったの?」
「いや、魔獣の能力がどれほどかわからなかったから、保険の意味も込めて投げたんだ。ここにいるってわかったのは、一匹目から能力を奪えたおかげだよ。共鳴……だっけ? それで魔獣のいる位置がわかったってことだ」
ルシードは一匹目の魔獣を殺した際に能力を奪っていた。一撃で魔獣が死んだと直感できたのも、流れ込んでくる能力が何よりの証拠だ。疑う必要もなかった。
アルマリーゼからレゾナンスウルフの能力を聞いていたルシードは、魔獣が見境なく襲うと聞いてすぐに共鳴の能力を発動。レゾナンスウルフの位置を特定して後を追ったというわけである。
「なるほどね。今までどういった能力なのか、詳細までは不明だったけれど、離れた位置に仲間がいればそれを感知できるのね。だからさっき遭遇した時は、近くに仲間がいないと知って、遠吠えをせずに逃げたってところかしら……」
「ああ、そういうことか」
しかし、確かに共鳴の能力は手に入れたが、使う機会は訪れないだろう、とルシードは考える。そもそも呼んだところで周囲の人間が襲われるのではどうしようもない。
「でも、こいつらはかなりの群れで行動する魔獣よ。最低でも十から二十。多くなると五十でも少ないくらい。それでも他に仲間がいなかったとなると、他の魔獣と交戦して負けたのかしら」
「そういや、出会った時は何かから逃げてる感じだったな」
「レゾナンスウルフは弱い個体だけれど、知能が低いから相手も選ばず、縄張りに入っただけで喧嘩を売るような魔獣だから仕方ないか。足だけは速いから、森の奥で攻撃を仕掛けたはいいけれど、勝てないとわかって逃げてきたんでしょうね。さっきの場所からもかなり離れたから、争っていた魔獣が何かも知りようがないし、出会うこともないでしょう」
アルマリーゼは自分で話を締めくくり、話題を変える。
「ところで……あなた、体は大丈夫?」
ルシードはアルマリーゼの態度に訝しむ。今の戦闘でも特に怪我をしていないのだ。聞かれた意味もわからず答える。
「体? 別になんともないけど? 怪我もしていない」
「怪我――とかではなくて、体に異常はない?」
少し言いづらそうにするアルマリーゼの言い回しに、ルシードは驚く。
「え、何? 魔獣を斬ると体に害があったりするのか?」
「そうではなくて……あなた、前回の野盗の時はイメージ通り動けていた? ミレット村で野盗の頭と戦った時は、思うように動けないって嘆いていたじゃない」
ルシードは言われてその時のことを思い出すが、前回はどうだっただろうかと考える。
「どう……だったかな? 前回は夢中だったし、あのヴィーノって奴より数段弱いやつしかいなかったから、そこまで気にすることもなかった。動けていると言えば、動けていたような……気もする」
「……そう。まあ、体に異常がないならいいわ」
結局、ルシードにはアルマリーゼが何を言いたいのかわからなかったが、アルマリーゼ自身わかっていないようだった。
「それより……これ、どうする?」
次にアルマリーゼは魔獣の死体を指差して言うが、今度もルシードはアルマリーゼが何を言いたいのかわからず、困惑。
「どうって?」
「こいつらの死体よ。解体すれば、中から魔石が取り出せるはずよ」
初めて聞く単語に、ルシードは反応する。
「魔石?」
「魔獣の結晶、とでも言えばいいのかしら。……そうね、魔獣の説明からしましょうか?」
「そうだね、テオじいも戦ったことはあると言ってたけど、どこから来たとかは知らないみたいだったし助かるよ」
「わかったわ。それなら魔獣の生まれ方から順番に」
アルマリーゼは木を背もたれ代わりにすると、ルシードに説明を始める。
「魔獣というのは精霊の一種なの。精霊は普段、あなたたちの目に見えない、ずれた世界に存在しているわ。こちらから精霊の世界を見ることはできないし、向こうからもこちらは見えない。同じ世界に存在はしているけれど、お互いに触ることも、見ることもできない。不思議な話だけれど、本当のことよ。中には精霊を見つけることのできる能力を持った者も、ごく稀にいるわ」
「今この場所にも精霊がいる?」
「いるかもしれないし、いないかもしれない。まあ、いたとしても、何も悪さはできないわ」
ルシードは精霊の世界に関する説明は理解したが、疑問が残る。
「精霊はどうやってこちらの世界へ来るんだ? それと、魔獣が精霊ってのがよくわからない」
「その両方が魔獣の生まれる原因よ。魔素の乱れが起こると、普段ずれている世界の境界があやふやなものになり、その場に精霊がいた場合は、魔素の乱れに巻き込まれて強制的にこちらの世界へ来てしまうわけなのだけれど、こちらに来た精霊は、顕現時にその身に宿す魔力を失った状態になってしまうの」
アルマリーゼは人差し指を立て、真剣な面持ちになる。
「これが精霊にとって深刻な問題となるわ。精霊は魔力を糧に存在してるから、魔力を回復させないと存在できなくなって消えてしまう。そこで急いで魔力を回復させようとしてその場にある魔素を吸収するのだけれど、そこは魔素が乱れた状態のまま。乱れた魔素を体に吸収すると、精霊は暴走状態になってしまうわ。魔力を吸収できたはいいけれど、暴走状態になった精霊はその場に適応すべく姿形を変え、知能のない獣になる。それが魔獣。素が精霊だから、魔素さえあれば何も食べなくても生きていられるわ」
「そうだったのか。それじゃあ、アルマも魔素の乱れでこっちの世界に?」
精霊がこちらの世界へやってくる方法をルシードは理解したが、精霊であるアルマリーゼも同じ方法で来たのかと思い、尋ねる。
「……私は違うわ。私は精霊の世界に干渉できる能力を持った方に召喚されたの。精霊の力を宿した剣をレナード様のもとへ届けるために、ね。高位精霊はこのパターンが多いんじゃないかしら。ただ、召喚にもかなりのリスクが必要だから、そうそうできるものではないわ」
「なるほど、魔獣の生まれ方についてはわかったよ。でも、魔獣が精霊だって言うなら、倒さない方がいいのか?」
魔獣が精霊だと言うなら、精霊を殺していることになる。そう思い、ルシードはアルマリーゼに確認の意味も込めて聞く。
「逆よ。魔獣になった時に、乱れた魔素をその体に宿すと言ったでしょう? 魔獣として死ぬ時に、その乱れた魔素が抜け出すの。その小さな乱れを利用して、今度は精霊の世界へと帰ることができる。最初から乱れた魔素を吸収しなければと思うかもしれないけれど、乱れた魔素でも吸収しなければ消えて、本当の意味で死んでしまうわ。だから魔獣になるとわかっていても、乱れた魔素を吸収するしかない。魔獣は倒した方が、精霊にとってもいいのよ。そのままだと人を傷つけてしまうかもしれないしね」
アルマリーゼは他に説明しておくことはないかと考え、訂正の意味も込めて、先程自分で発言した内容を付け加える。
「それと、同じ個体でもなければ魔獣同士で戦うとは言ったけれど、負けた方は元の世界へ帰るのではなく、勝った方に取り込まれてしまう。勝った方はより強力な個体へと変貌することもあるわ。だから魔獣は人の手で倒さなければ意味がない。魔獣になった精霊は死ぬと元の世界へと帰る。けれど、魔素の乱れでまた魔獣が生まれる。このループからは抜け出せないのよ。だからと言って放置していたら、襲われる可能性もあるしね」
「そういうことなら、これからも魔獣を見つけたら倒していくよ」
アルマリーゼに確認を取れたルシードは胸をなでおろす。先程魔獣を殺したところだ。精霊を殺してしまったとなれば、後悔しか残らないところだった。
「それもいいけれど、無理に倒して回る必要もないわよ? 魔獣と言っても敵に出会わなければ戦いにはならないし、精霊は長生きで気が長いの。知能がほとんどなくなると言っても生物は生物。のんびり魔獣ライフを満喫しながら、倒されるのを待っているんじゃないかしら」
「……気楽なもんだな」
精霊の気楽さに、ルシードは少し呆れる。
「ふふっ、精霊は大雑把でいい加減な生き物よ。それに、魔獣は魔素の多い方へと移動するから、人のいない森の奥とかじゃないと出会えないでしょうしね」
「そうなのか?」
「人も魔素を取り込んでいるから、人が多ければ多いほどに魔素が薄くなるのよ。だからこうして森に入ったりした時に出会ってしまってしまわない限り、襲われることはそうそうないでしょうね。稀に迷い込んだ魔獣が街や村の近くに現れて、住民が襲われるくらいかしら。……それでも単体でしょうし、脅威にはならないわ」
「そういうことか」
ルシードの住んでいたミレット村でも、魔獣に襲われたことはテオが五十年前に村を守ってくれた一度しかないと聞いていたので納得する。
「でも、今の話は人には話さないようにしなさい。魔獣が精霊だというところよ」
「どうして?」
アルマリーゼの言葉に、人に話して不都合があるのだろうかと、ルシードは聞き返す。
「これは精霊だから知っていることよ。きっとこちらの世界に住む人間は魔獣の正体が精霊だとは知らないと思うわ。話して、精霊が魔獣だと知れば良い印象は持たないでしょうね。まあ、国のお偉いさんは知っているかもしれないけれど……」
「確かにそれはよくないな。わかった、誰にも話さないよ」
魔獣の正体が精霊だと話を広めては混乱が起きることは間違いないだろうと、ルシードはアルマリーゼに頷く。
「お願いね。それで、話は戻るけれど、魔石というのは魔獣になった時に体内にできる結晶のことよ。魔獣はそこに魔力を蓄積して能力を使う。けれど、死んだ際に精霊は元の世界へ帰るから、体内に残る……置き土産ってところね。通常は魔力を使う触媒とかに使うのだけれど、高位精霊だった場合、元になった精霊の加護なんかが秘められてたりもするわ」
「へえ。なら魔獣の魔石は回収した方がいいんだね」
「そうなるわね。で、最初の話。この死体から魔石を回収する?」
「できるならそうしたいけど……どうやって?」
ルシードにも想像はできる。体内に魔石ができるというのなら……。
「解体して、体のどこかにある魔石を探せばいいだけよ?」
「だよね」
ルシードはレゾナンスウルフの死体を見て思う。
ここに来るまで何人も人を殺したし、今も魔獣を殺した。だが、死体に触れたいとは思わない。
ましてや体を捌いて体内を探るなんて、できる気がしなかった。
今にして思えば、ここへ来るまでに動物を狩れたとしても、食べるためには捌かなければならないのだ。ルシードは今になって考えの甘さを知る。
「ちなみにだけど、アルマは経験があるの?」
「あるわけないでしょう。触るのも嫌よ。まさか、私のようなか弱い女の子にそんなことをさせる気じゃないでしょうね?」
ルシードは退路を断たれ、渋い顔だ。別の案を考えるしかない。
「この死体って、放っておいたらどうなる?」
「数日で消えてなくなるわ。元が魔素の塊で作られた体だから、魔素を固定していた精霊が抜けたことで、次第に魔素が霧散して消えるのよ。でも、消える前に牙や爪とかの何かに使えそうな素材は、剥ぎ取っておくと消えないわ。体の中心から魔力路――体の中に流れる魔力が流れる通路ね。そこを通って魔素が分解されていくのだけれど、体から切り離したことで、消えることはないのよ。魔石も同じ。ただ体内に残したままだと、霧散の際に巻き込まれて魔石も消えてしまう。ゾンビになることはないから、そこは安心していいわよ」
「……ゾンビって存在するんだ?」
魔獣が消えてなくなることよりも、ゾンビの名称が出たことにルシードは驚く。
「ふふっ、お墓が近い場所で発生しやすい魔獣のことよ。見た目が人の想像するゾンビってだけの紛い物だけれどね。精霊は遊び好きで悪戯好きだから、驚かせようとしてそんな姿を模したりもするわ。でも……確か戦争の時に、死者を利用して戦わせようなんて者もいたわね。結局死者を動かすことはできなかったから、ゾンビが生まれることはなかったはずだけれど、今はどうなっているか……」
「そうか。まあ、ゾンビにならないならこのまま放置しよう。流石に魔獣を解体するなら誰かの手ほどきが欲しいし、勝手に消えてくれるなら放置しても問題ないだろう」
テオから受け継いだのは戦闘技術だけだ。テオは知っていたかもしれないが、ルシードには魔獣解体の知識はない。それに、なんでもテオ頼りではダメになると考えたルシードは、自分で新たに覚えていかねばならないと、決意を新たにする。
とはいえ、一人で魔獣解体は難易度が高い。ここは諦めることにし、投げたナイフを忘れずに回収した。
「あなたがそうしたいなら、それでいいわ。レゾナンスウルフなら、特に必要な素材もないでしょうしね」
「決まりだ。それなら最初の目的通りキュールを――あれは……煙か?」
キュールを探そう、と口にしようとしたところで、ルシードは遠くに立ち上る煙を、空に見つけた。
「煙? 焚き火でもしているのかしら」
ルシードの視線からアルマリーゼも見つけたようだ。
「行ってみよう。森が燃えてるにしては小さな煙だ。あそこに村があるかもしれない」
「ええ、あの煙を頼りに進みましょう。レゾナンスウルフが来たから話が途切れたけれど、方向感覚が狂ったと思ったら、魔素の乱れを疑いなさい。魔素の乱れは方向感覚を狂わせるし、強い魔獣が生まれる原因でもあるから、道に迷っていると遭遇する危険もあるわ。まあ、方向感覚の方は目印があれば方向を見失うこともないけれどね」
レゾナンスウルフに襲われる前にアルマリーゼと話していた内容を、ルシードは思い出す。
「わかった」
立ち上る煙目指して歩き出した。
◆
ほどなくしてルシードたちは村を発見した。おそらくここがキュール村だろう。途中で煙は消えてしまったが、なんとかたどり着くことができたようだ。
太陽の昇り具合を見るに、今は朝食時といった感じだろうか。
この村もオークウッド村のように森に隣接しており、こちらも同じように森側から村の入り口まで、五メートルはあるであろう何本もの丸太で柵が作られている。柵は野盗や魔獣対策、もしくは村の子どもが森に迷い込まないためだろう。
柵を右側にぐるっと回ると、村の入り口が見えてた。ルシードは門番へと近づき、話しかける。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。こんな朝早くにお客さんとは珍しいな」
「エンバリーに向かう旅の途中なのですが、中で少し休ませてもらってもいいですか?」
「ほう、旅か。北から来たということはオークウッドか。野盗には襲われなかったか?」
「はい、野盗には会いませんでした。オークウッドも問題ありません」
嘘は言っていない。オークウッドからここまでは野盗には会っていないのだから。
今日にはオークウッドから野盗討伐の報が届くかもしれないことからも、ルシードは自分が関わっていたことはなるべく知られないようにしたかったのだ。
「そうか、それはよかった。夜通し大変だったろう、向こうに見える屋根に、白い旗を立てた家があるのが見えるか? 旅人なんかが寝泊りできるようにしてある。中にある食料は自由に料理してくれて構わない。今は街から警護に雇った者が来ているから、色々と面白い話も聞けるだろう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「ああ、ゆっくりしていくといい」
ルシードは礼を告げて通してもらい、白い旗の家へと向かう。
その途中、隣を歩くアルマリーゼに話を合わせてもらえるようお願いする。
「アルマ、ここには警護の人が来てるみたいだけど、俺たちが野盗退治に関わったことは秘密にしておこう」
「わかっているわ。警護に来たということは野盗対策でしょうし、私たちが仕事を奪ったことになる。逆恨みされると面倒だしね」
「そういうこと。まあ、街から来たみたいだし、何か情報が得られるかもね。村で休みつつ情報を集めたら、今日中か、遅くても明日には村を出よう」
「そうしましょう」
話も短く終えたルシードは、屋根に白い旗の立った家に到着したところで足を止める。門番の話では、中に村の護衛に雇った人間がいるはずだ。
ルシードは街から来た人間ということで軽く緊張を覚えながらも、扉を軽く数回叩く。
すると、すぐに一人の青年が顔を出した。
このあたりでは見られない金色の髪と、青い瞳に目を引かれる。
「おはようございます。何かご用ですか?」
笑顔で言う青年。その笑顔が眩しくて、ルシードは少し気おされる。
「お、おはようございます。旅の者ですが、ここで宿を借りられると聞いて来ました」
「そうでしたか、歓迎しますよ。今、妹が朝食を作っていますので、よろしければご一緒にどうですか?」
青年の言葉に、ルシードは昨日モニカに昼食をもらってから、何も口にしておらず、腹が減っていることを思い出す。この青年の提案はありがたかった。
「いいんですか?」
「もちろん! さぁ、中へどうぞ」
笑顔で白い歯を見せる青年。その爽やかさは、本当に同じ人間なのだろうかと、ルシード思わせるほどだ。
「ありがとうございます」
ルシードたちは建物の中に入り、食卓へと案内してもらう。
「セフィ、お客さんです。すみませんが、二人分追加でお願いします」
「ちょっと兄さん、二人分とか、作るほうの身にもなってください。だいたい私は――」
ルシードは台所から顔を出した少女と目が合った。こちらも金糸を思わせる髪色に、青い瞳。
すでにルシードたちがいるとは知らなかったのだろう。少女は気まずそうに頭を下げた。
「……すみません。すぐに用意するので、席に着いて、少々お待ちください」
「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまって申し訳ないです」
少女は台所へと引っ込んでいく。
ルシードも気まずい。
「気にしないでください。妹はああ見えて優しい子なんです。きっと君たちも気に入ってくれますよ」
「え、ええ、俺たちも仲良くなれると嬉しいです」
そこで席に座り、青年と出会ってから一度も口を開かないアルマリーゼを不思議に思ってルシードは見るが、アルマリーゼは青年を顔をじっと見つめ、何かを考えている様子だった。
そこでまだ名前を名乗ってなかったことに気づく。
ルシードは身を乗り出すようにして立ち上がり、握手を求めて右手を出す。
「俺はルシードです。彼女はアルマリーゼ。よろしくお願いします」
アルマリーゼは何故か口を閉ざして話そうとしないので、ルシードが代わりに告げる。
青年も名乗るのを忘れていたのを思い出したのか――
「すみません、僕としたことが名乗るのも忘れていました」
青年はルシードの右手を握り返し、笑顔で口を開く。
「僕の名はテオ。こちらこそ、よろしくお願いします」
テオ――青年はそう名乗った。