015 野盗討伐作戦
◆
ルシードが村の入り口で待っていると、ほどなくして残りのメンバーも戻って来た。
「ルシード、準備はもういいのか?」
「ええ、大丈夫です」
「あれ? 武器は持っていないんですか?」
武器を持っているように見えないルシードが気になったのだろう。クルトが疑問の声をあげた。
「あ、いえ、なんと言えばいいのか……隠し持っている?」
「聞いたことがあるな。暗器ってやつだろう? 俺も商売柄知ってはいるが、人を選びそうで取り扱ったことはないな。確か、体のどこかに武器を隠していて相手に気づかせないとか」
「そう! そんな感じです」
咄嗟に出た言葉に、マーカスさんがいてくれて助かった、とルシードは思う。
「なら問題ないな。ん? アルマリーゼはどうした? 一緒ではないのか?」
「アルマとはさっきそこで別れました。今日の成否でオークウッドに留まるなら、一段落ついた後、オークウッドで落ち合う手はずになっています」
「そうだったか。いや、俺たち三人も今日の帰りが遅くなるようなら、オークウッドで休ませてもらうつもりで話をしていたんだ。話が早くて助かるよ。もし彼女が一人で村を出るようであれば、誰かに同行させるよう言っておこう」
「お願いします」
実際アルマリーゼはルシードの影の中にいるのだが、口にするわけにもいかず、ルシードは了承した。ちょっとした騒ぎにならないことを祈るばかりだ。
「それよりも驚いたぞ。ここへ戻って来る途中にマーカスさんから聞いたが、お前がくれた石、かなり価値のある物だったそうじゃないか。本当によかったのか? 今ならモニカに間違いだったと言って取り戻して来るが……」
キースはルシードに返してもいいと言うが、キースからの贈り物としてモニカは受け取ったはずだ。今更間違いだったから返せ、などと言えば、モニカが傷つくだろうとルシードは考える。当然、返してもらうつもりなどなかった。
「ええ、構いません。本物かどうかもわかっていないですし、マーカスさんに贈った物も同じですから、本物だった場合、村が貧困に陥った時は売って足しにしてもらってもいいです。せっかくの贈り物ですから、できればモニカさんから取り上げるような状況は来て欲しくないですけどね」
「そうか。では、ありがたく受け取っておく。俺もあいつの悲しむ顔は見たくはないからな……俺がいる限り、村を飢えさせるような真似はさせないさ。――よし、話は終わりだ。荷台に乗って箱の後ろへ隠れてくれ」
「はい」
ルシードは荷台へと乗り込み、外からの視覚を遮るよう、用意された箱の後ろへと身を隠す。すでにクルトはルシードの隣だ。
「頑張りましょう」
「はい」
最後にアルノーとハンスに軽い別れを告げていたキースが乗り込み、マーカスへと指示を出す。
「準備は完了だ。出してくれ」
「おう、乗り心地は悪いかもしれねぇが、我慢してくれよ。森が近づいたら声をかける。あまり声は出さないよう気をつけてくれ」
ルシードたち三人は頷き、馬車が動き出す。
◆
「そろそろ森だ。馬車を停車させる」
マーカスの声に、ルシードは荷台に積まれた箱の隙間から外を窺うと、すっかり空は夕日に染まっていた。
マーカスは一度あたりを見渡してから馬車を停車させ、トラブルを装い、御者台から車輪の方へと降りて行く。
どれほど経っただろうか、ルシードのいる馬車の中からでは外の様子はわからないが、マーカスが襲われた感じもしない。
今日は来ないのだろうかと思われたその時――
「ヤベェ! あいつらすげぇ数で来やがった! 三人じゃ到底太刀打ちできそうもねぇ、逃げるぞ!」
マーカスが御者台へと飛び乗りながら声を荒らげた。
思いもよらない展開に、ルシードは荷台の二人と視線を交わし、頷く。
危険な場合は逃げるという約束だ。
「ああ、出してくれ!」
キースの声が届くと同時、マーカスが馬に鞭を入れた――
が、そこで異変が起る。馬が棹立ちになり、前へ進まない。
「クソッ! あいつら馬の前方に火矢を打ち込みやがった! 馬が怯えちまって走らねぇ!」
ルシードが荷台から前を覗く。
野盗たちは自分たちの技量では馬には当たらないと考えたのか、火のついた矢が数本、馬の近くへと突き刺さっていた。次第に地面の草をも燃やし、火の範囲を広げていく。
マーカスが馬に鞭を振るうが、馬は前へ進もうとはせず、その間にも近づく足音は増える一方だ。
「キース、ここは危険だ! 森の中へ身を潜めよう! もう前方も塞がれる。このまま平野を逃げるより、森の中の方が安全かもしれない」
「ああ! 聞こえたか、マーカス! 荷台の後ろから出て森へ逃げ込むぞ、こっちへ来い! 荷物は置いて行く、必要な物は忘れるな!」
「くっ! 仕方ねぇ!」
クルトの案にキースが頷き、マーカスが荷台に飛び移る。
「よし、クルトが先頭で行け! ルシードはマーカスの護衛を、俺が殿だ! 全員はぐれるなよ!」
皆は返事もそれぞれに荷台を降りるが、ルシードだけは足を止めた。荷台から火の勢いを観察し、眉をひそめる。
「ルシード、どうかしたか!?」
「すぐに追いつきます! 先に行ってください!」
「チッ、クルト先に行け! 俺はルシードと行く!」
「わかりました。すぐに来てくださいよ!」
ルシードはキースに申し訳ないと思いつつも、気がかりがあった。馬が荷台に繋がれたままなのだ。このままでは焼死してしまうかもしれない。
そう思い、懐のナイフホルダーから左右二本ずつ指で挟んで抜き、馬を繋いだロープ目掛け投擲。狙い通り四本のロープを断ち切り、馬が自由になる。なんとか死なないで欲しいと願い、荷台を飛び降りてキースと前を行く二人を追う。
「お待たせしました!」
走り出すルシードとキース。その後ろで野盗の声が響く。
「なんだ!? マーカスの他に三人いるぞ!?」
「罠か!? い、いや、こっちの数の方が多い! 一人も逃がすな! 応援を呼ばれる前に仕留めるんだ!」
野盗の声を後ろにルシードたちは速度をあげ、前方のマーカスとクルトに追いつく。チラリと後ろを振り返るが、野盗は足の速い者がいないのか、追いつく気配はなく、設置されているかもしれない罠に注意しながらも、どんどんと引き離していく。
「止まってください、洞穴があります。隠れながら休憩を取りましょう」
少し奥へと入ったところでクルトが洞穴を見つけ、三人の様子を窺ってから言った。それに合わせ、マーカスの後ろについていたルシード、最後尾を走っていたキースも周囲に気を配りながら頷く。
「そうだな。追っ手は振り切ったようだ。少し休憩しよう」
マーカスは鍛えているが、持久力がないために息も絶え絶えといった様子だ。洞穴の中をクルトが調べ、問題がないことを確認して四人で中へと身を隠す。
「ふぅ……すまねぇ、普段走らねぇもんだから、息があがっちまった」
「いえ、森も近いというのに、火矢を打ってくるとは思いもよりませんでしたからね。無理もありませんよ」
「逆に考えると、ヴィーノ不在の証であるやもしれん。やつがいれば、火矢の使用は認めんはずだ」
森に火が移ってしまえば自分たちの首を絞めることになる。ヴィーノを知るキースには、そんな愚行を許すはずがないという確信めいたものがあった。
「それにしても、ルシードはどうしてすぐに馬車を降りなかった? 何かあったのか?」
「すみません、あのままだと馬が焼け死にそうだったので」
ルシードの行動を訝しんでいた三人は、申し訳なさそうに謝るルシードに呆気に取られる。
「……ははっ、何事かと思ったよ。俺の馬を守ろうとしてくれた気持ちは嬉しいが、今は身を守るのが大事だ。投げナイフを使ったんだろ? 今は武器は多い方がいい。次からはそのことを忘れないでくれ」
「すみません、確かにその通りです」
マーカスに窘められ、ルシードはもう一度素直に謝った。馬を助けたがために犠牲が出ては、悔やみきれるものではない。
それを見ていたクルトも、これ以上は追及しても意味はないと、話を進めることにした。
「マーカスさん、あいつらが何人いたかわかりますか?」
「咄嗟に逃げ出したからな……ざっと見ただけでも二十はいたように見えたとしか言えん」
「二十? 馬車を襲うにしては多いですね、これから村を襲うつもりだったんでしょうか」
「わからん。しかし、どうする? 何か思いつくやつはいるか?」
キースの言葉に、マーカスとクルトがそれぞれ反応を示す。
「俺は聞かれても困るとしか言えん。戦うのは専門じゃねぇし、剣を振ったことだってねぇ。剣を持っても足手まといにしかならねぇと思ってくれ」
「このまま陽が落ちるまでここで身を隠して、夜になったら見つからないように移動するというのはどうでしょう? 相手は二十人です。三人では、マーカスさんを守りながらでは手に負えません」
「僕はこの場所が一番危険だと思います」
最後まで黙って聞いていたルシードは、クルトの案にふと思うところがあり、口を挟むことにした。
「何故です? ここは身を隠すには最適だと思いますが……」
「ここはあいつらの領域でしょう? 普段このあたりを根城にしているなら、隠れられそうな場所には心当たりがあるはず。最初はそんな場所から捜す気がします」
キースはルシードとクルトの案に考え込む素振りを見せ、洞穴の外へと視線を送る。
「俺もルシードの意見に賛成だ。ここには入り口が一つしかない。囲まれてしまっては終わりだ。この場で隠れ続けるより、木の多い場所で木の上へ登ろう。夜になると足元を気にして、上への注意は散漫になるだろうしな」
「なるほど、確かにその可能性が高いですね。そっちの案でいきましょう」
ルシードとキースの言葉に、クルトは納得して返した。
「よし、善は急げだ。さっそく移動しよう。今度は俺が先頭で行く。クルトは殿を」
「はい」
キースが入り口から半身で洞穴の外を見渡し、野盗がいないか確認する。
「……出るぞ。できるだけ身は低くして隠せ」
三人は頷き、洞穴を出て木の多い方へと移動を開始した。
◆
誰にも見つからずに木の多い場所へと来ることができたのは僥倖だった。
「このあたりにするか。周囲に人影はないか?」
ルシードはキースに言われて他のメンバーが見ていない方角を見渡すも、その視界の先にはいないようだ。
「私の見る先にいます。距離はありますが、数は……二。こちらには向かっていません、離れていきます」
「気づかれていないならば、倒すより放っておいた方が見つかる危険性は下がるか。……マーカス、木登りはできるよな?」
「あ、ああ。へっ、こう見えて運動は得意だ、任せろ」
「その筋肉のついた体で不得意だと言われても困る。冗談言ってないで登ってくれ。野盗がいる方向からは登るなよ」
マーカスは野盗に見つからないよう木を登っていく。
「次はルシードだ。別の木に登れ」
「待ってください」
木に登る指示を出したキースを、ルシードは止めた。その視線は離れて行く野盗の背中を追っている。
「なんだ?」
「見つからないことが最適ではありますが、見つかった場合、一度に襲ってくる数が増えるだけです。隠れる近くで倒すのは危険ですが、あの二人が戻って来ないとも言い切れません、距離があるうちに倒しておきましょう。僕が行きます」
ルシードの言葉にキースは少し考え、ルシードの視線の先、野盗を見つめた。
「そうだな、一理ある。クルトも一緒に行ってやれ。マーカスは動けんから、俺はここで護衛する。あの二人以外にもいるかもしれん。気を抜くなよ」
「はい」
「ルシードさんは右、私は左を。合図に合わせ、同時にいきましょう」
ルシードは頷き、クルトとともに、木の影から影へと隠れるようにして二人の野盗へと近づく。
「そっちはどうだ!?」
「ダメだ、誰もいねぇ! クソッ! 全員バラバラに森へ入ったせいで他のやつらともはぐれちまった。相手は四人だ、気をつけろよ!」
野盗二人の移動は想像していたものよりも速く、ルシードたちは物陰に隠れながらということもあり、キースたちと少し距離が離れてしまう。
しかし、気づかれることなく、追いつくことができた。耳に届く野盗の声からも、他の団員とはぐれたせいで焦っているようだとわかる。そのせいで足早に移動しているのだろう。
ルシードは更に野盗との距離を詰め、クルトと視線を交わす。クルトは頷き、すぐに合図を送ってきた。
それを見たルシードは、クルトに合わせて同時に動く。
クルトは左の男へ忍び寄り、声を出させないよう布を持った手を口に当て、野盗の首を斬った。
「ンーッ!」
男はくぐもった声を出して倒れる。
ルシードは右の男へと忍び寄り、背後から相手の左の膝裏を踏み抜き、膝をつかすと同時、布を持った右手で野盗の口を塞ぎ、左腰から抜いたナイフを見せつけるようにしてから首に当てる。
「声を出すな。お前の仲間は死んだ。わかったら右の膝もついたあと、剣を捨てて両手を頭の裏で組め。順番は間違えるな。変な動きを見せた場合は殺す」
死んだ仲間の方へと目をやった男は観念したのか、ルシードの言葉に従い、両膝を地面につけ、両手を頭の後ろで組む。
ルシードの瞳は冷たい。その視界の隅に、もう一人の男が死んだのを確認したクルトが近寄ってくるのが映る。
「ルシードさん? どうかしたんですか? すぐに始末して戻りましょう」
クルトの声で男が焦るのを見てとったルシードは、男が動かぬよう、がっしりと肩を掴む。
「待ってください、他に敵がいないうちに情報を得ておきたいんです。こいつに質問するので、そこの剣を拾って敵が来ないか周囲に気をかけてください」
「……わかりました。できるだけ早くお願いします」
渋々といった感じでクルトは男の剣を拾って周囲を、ルシードは男に集中する。
「口から手を離すが、声は出すな。いいな?」
ルシードの声に、男は何度も首を縦に振って答える。
「よし、小声で質問に答えろ。何人で来た?」
「い、言えば助けてくれるんだな?」
「質問したことにだけ答えろ」
「た、頼む。ここにはまだ入ったばかりなんだ。もうこんなことはやめにする。だから命だけは……」
時間もない。これでは埒が明かないと考えたルシードは、聞き方を変えることにする。
「――お前の答える態度次第だ。素直に答えろ。人数は?」
「に、二十八だ。アジトに残った全員で来た」
ルシードの言葉で助けてもらえると思ったのか、男は素直に答えた。
「アジトに残った? 残りの団員はどこへ行ったんだ?」
「山の向こうだ。お頭が山の向こうにお宝があるとかで、使えるやつだけ三十人連れて行っちまった。アジトに残ったのは出てった連中の雑用ばっかやらされてるような連中ばかりだ」
「頭の名はヴィーノ?」
「あ、ああ。だが、二日で帰るって言ってたのに誰も帰って来ねぇ。それで上のやつらがいねぇからって調子こいてたら、アジトの備蓄がなくなっちまいそうになったんだ。けど、それじゃあ、お頭たちが帰って来た時に大目玉だ。そこでどうしようかと考えた。残ったのはいつも後ろで戦ってるような奴ばっかだ。村は襲えねぇ」
「そこで立ち往生している商人を見つけて襲ったと?」
「そうだ。最初に見つけたやつが言うには一人だって言うし、食料を持ってるかもしれねぇ。数人でもやれそうだったが、罠だった時のことを考えてアジトから全員で来た。こ、これで全部だ! 他には何かあるか!? なんでも答えるぞ!」
ルシードは震えて命乞いをする男からクルトへと視線を送る。クルトも周囲に気を配りながら男の話を聞いていたのか、ルシードに向かって一つ頷いた。
「私たちの予想は当たっていましたね。ヴィーノも死んでいるとなれば、好機に違いはありません」
「はい、やはり僕の村を襲ったのはこいつらの仲間だったようです。予定は狂いましたが、夜を待って森を抜け出したら、応援とともに叩きましょう」
「な、なぁ、もういいだろ!? 質問には答えた! 約束したろ!? だから助けてくれ!」
「……そうだったな」
ルシードは男の首に添えたナイフを離す。
「ルシードさん!? いけません――」
次に男の後頭部に足を当て、体重を乗せて地面へと思いきり踏みつけると同時、ナイフを背中越しに心臓目掛けて振り下ろす。
男は地面へと顔面を突っ込み、うめき声が響くことはない。ほどなくして動きを止め、ルシードはナイフを引き抜く。
「戻りましょう」
「え……あっ、はい」
ルシードはクルトと元来た場所へと引き返す。木の隙間から太陽を確認したが、陽が落ちるにはまだ少しかかりそうだった。
「驚きました」
急いで戻りたいが、誰かに見つかっては意味がない。ルシードが慎重に移動していると、クルトが声を発した。
「先程の男です。もしかして助けるんじゃないかと思ったら、そのあとの行動が予想外だったもので……」
そこでルシードは思い返す。確かに男には答える態度次第だと言った。男も最後は助けてもらえるのだと信じていたようだ、と。
「僕は誰かを守るためなら、嘘くらい平気でつきますよ。それに……あいつらは僕の村で大切な人を死に追いやりました。今の男は手を洗うと言いましたが、一度味を占めた人間は何度でも繰り返すと僕は思っています。最初から許すつもりなんてありません」
「すみません」
ルシードの言葉を聞いて、クルトが謝った。ルシードにはなんのことだかわからない。
「私はさっきまであなたを疑っていました。あなたが来た途端に野盗討伐。馬車から逃げる時も遅れ、離れた野盗を倒しに行くと言い出し、野盗の命乞いに命を助けるのかと。……あなたの本心が聞けてよかった。どうか疑ったことを許してください」
クルトは頭を下げ、更に謝る。
そんなクルトを眺めつつも、ルシードは自分の行動を思い返し……今日出会ったばかりのよく知らない人物が怪しい動きをすれば、疑っても仕方ないと自分でも思う。
「い、いえ、そう言われれば確かに僕は怪しく見えたかも。それに、クルトさんはキースさんの補佐でしょう? キースさんだって間違った選択をするかもしれません。クルトさんは少し疑って行動するくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか」
ルシードは焦って適当なことを言うが、クルトは頭を上げた。
「ありがとうございます、そう言っていただけると助かります。あなたのことを知らないまま、物別れにならなくて本当によかった」
「ええ、僕も――」
《急ぎなさい。キースたちが見つかったみたいよ》
クルトの声に返事をしようとした時、ルシードの頭に直接アルマリーゼの声が届いた。
「どうかしましたか?」
ルシードはクルトの声をよそに耳を澄ますが、何も聞こえない。
しかし、以前アルマリーゼが封印の場所から出た時も、テオの小屋での争いに気づいたのだ。ならば今回も……。
「急いで戻りましょう! 争っている音が聞こえます!」
「なっ!」
ルシードはクルトの返事を待たずに走る。
また間に合わないなんてのは嫌だった。今度は助けてみせると胸に秘めて、足に力を込める。
走り、走り、走り、ついに――見えた。
まだ距離はあるが、キースたちと別れた木だ。ルシードが全力で走ったため、クルトは置いてきてしまったようだが、気にしてはいられない。
木の周りには、すでにキースが何人か倒したのか、男たちが倒れているように見える。
マーカスは木の上、キースはマーカスのいる木を背に大勢で囲まれており、今もその奥から野盗が集まってきている。
「こいつはクレッグ村のキースだ!」
「木の上にマーカスがいるぞ!」
「他にはいねぇ、今がチャンスだ! キースを殺せ!」
相手が一人と見るや否や、自分たちが優位だと思った男たちはおのおの好き勝手に口を開き、マーカスを守るために動けないキースを囲んでいく。
その光景をルシードは見ていることしかできない。目の前で起こっているはずなのに、自分の足が止まってしまったかのように遠くに感じる。
そうしている間にも、野盗たちはキースに仕掛ける。
最初の男が剣で斬りかかり、キースの槍に貫かれたのを見て接近戦は不利と判断したのか、一人の男は弓を射かけ、別の男は石を拾っては投げる。
体に石を受けながらも何本かの矢を弾いたキースだったが、すべてを弾けるわけでもなく、そのうち一本がキースの左肩へと刺さってしまう。
「キースさん、俺のことはいいから逃げてくれ!」
「ぐっ、大丈夫だ。すぐにクルトもルシードも戻って来てくれる。それまでの辛抱だ!」
二人の声がルシードの耳に届く。もう少し。
「お、おい! 奥から一人来るぞ!」
「ク、クソッ! 早くキースを仕留めろ!」
「ルシード! 戻ってくれたか!」
キースがルシードを見て声をあげる。だが――
「ダメだ、キースさん! 足元!」
気絶していただけだったのだろうか。ルシードがこの場へ来る前に倒していたであろう男が地に伏したままの状態からキースの足へと飛びつき、足を掴まれたキースはバランスを崩して倒れこむ。
「このっ、離せ!」
「今だ! 殺れ!」
キースの近くにいた三人が動く。
「くっ、間に合え!」
ルシードは懐へ手を入れナイフホルダーからナイフを抜こうとするが、左右合わせて二本しか残っていないことに気づく。
ナイフホルダーに収納していたナイフは六本。馬のロープを切るのに四本投げた。
そう考えている間にも男たちはキースに迫り、急いで懐から抜いたナイフを男たち目がけて投げる。
男たちに当たるのも確認しないうちに、慌てて腰のナイフを抜き、これも投げた。
投げたナイフは狙い通り三人の男たちの頭へと吸い込まれていく。
キースまで目と鼻の先だ。
上手くいった。これで助けられる。
ルシードがそう思った瞬間、違和感に気づいた。
影だ。今にも落ちそうな夕日に照らされて伸びる影がある。だが、ルシードからはマーカスの隠れる木が邪魔で人は見えない。
嫌な予感を覚え、走る方向を前方にいるキースから、木の死角が見える位置へと向きを変え――見てしまった。木の死角に先の三人の後ろからキースへと迫る男がいたのだ。
懐にナイフはない。腰のナイフも投げてしまった。
ルシードは考える。また選択を間違えたのか? と。
あの時、馬を助けようとしなければナイフはまだあったのだ。今は馬よりも自分たちの身を守るのが大事だと、マーカスも言っていたではないか。
ルシードはナイフを投げてしまった自分を悔やむ……が、今はまだ後悔する時ではないと否定する。
剣を呼び出し、それを投げればいい。そのあとのことはキースの近くに落ちている剣を拾って戦ってもいいし、アルマリーゼを呼んで剣を再生成してもらえばいいのだ。
そう考え、剣を呼び出そうとしたその時――
――すでに世界は変貌を遂げていた。