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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第二章
14/154

014 初めての食事

 ◆


 ルシードたちがキースの家であろう扉を叩くと、すぐに中から人が出て来た。


「こんにちは、何か御用ですか?」


「こんにちは、こちらがキースさんのお宅ですか? 実は村に来たばかりなのですが、お腹を空かせていまして……マーカスさんのところへ先に行ったのですが、もう食料がないと聞いたもので、キースさんを頼ってこちらに」


「あら、そうでしたか。ええ、大丈夫ですよ。すぐに温め直しますね」


「い、いえ、冷めてても構いませんから」


 昼はとうに過ぎている。そこまでしてもらうのは悪いと、ルシードは慌てた。


「気にしないでください。せっかく遠方から村に来ていただいたんです。出て行かれる時には、少しでも楽しい気持ちでいて欲しいですからね」


「……それでしたら、お言葉に甘えさせてもらいます。僕はルシード。彼女はアルマリーゼです」


 何故か緊張した面持ちのアルマリーゼに代わり、ルシードがアルマリーゼの名を教える。


「ルシードさんに、アルマリーゼさんですね。私はモニカ。今用意しますから、中で座って待っていてください」


「はい、お邪魔します」


 今日出会う人はみんな気持ちの良い人たちばかりだ。これはなんとしても野盗退治を成功させたいと、ルシードは思う。

 椅子に座り、横に並んで座るアルマリーゼへと今後の確認を取る。


「アルマ、このあとはキースさんに会って、野盗退治に協力するってことでいいよね?」


「そ、そうね。宝石で資金面はなんとかなりそうだから必要はなくなったのだけれど……良い機会ではあるわね」


 なんだろうか、アルマリーゼはやけに緊張しているようだ。ルシードは気になるが、良い機会とはなんのことだろうかと聞く。


「良い機会?」


「あなたはテーオバルトの能力を引き継いではいるけれど、圧倒的に実戦が足りないわ。経験を積む良い機会よ」


 確かに実戦に勝る経験はないという話をルシードは聞いたことがある。この間の実戦からまだ二日だ。あの時は夢中で剣を振ったが、感覚を忘れないうちに剣を手に取るのもいいだろうと頷く。


「そうだね。僕もまだまだテオじいの能力を使いこなせていないし、余裕があれば色々試してみるのもいいかもしれない」


「ええ、それがいいわ」


 ルシードたちの今後の行動が決まったところで、モニカが料理を持って現れた。

 するとどうだ。それに合わせるようにしてアルマリーゼの緊張が高まる。

 モニカさんのことが苦手なのだろうか、とルシードはアルマリーゼの様子を観察していたが――


「お待たせしました。今日はシチューですよ、お口に合うといいんですが」


「――え?」


 出された料理に、思考が止まる。


「お嫌いでしたか? それなら何か他の物を――」


「あ、いえ、好きです……その、一番の好物だったので驚いてしまって……」


「あら、そうでしたか。それならすぐにお皿にお入れしますね」


 ルシードは咄嗟に驚いた理由を偽ったが、モニカは気づくこともなく、皿にシチューをよそってくれる。


「私はいらないわ。食べたことがないもの。少し、怖いわ」


「……はい?」


 不安そうに言うアルマリーゼの言葉にモニカが訝しんだが、ルシードはテオの昔話を思い出していた。

 テオは『かつて外の世界を知るのが怖かった』と言った。『何か切っ掛けが欲しかった』とも。アルマリーゼもそうなのかもしれない。そうでなければモニカとは会わず、ルシードの影で身を潜めていたはずだ。

 きっと、アルマリーゼも切っ掛けを欲しがっているのではないか。そしてここには自分がいるではないか。ルシードは自分が切っ掛けを与える役目にある気がした――いや、与えてあげたいと思った。

 ミレット村での最後の夜、ルシードはアルマリーゼが部屋に現れた時に食事を勧めたが、断られた。だが、本当に一瞬だったが、断られるまでに間があったのだ。あの時のルシードは余裕がなくて気づくことができなかった。だからこそ、今回は間違わない。


「彼女、今ダイエットしてるらしくって」


 ルシードは一計を案じ、モニカにも協力してもらうことにした。モニカなら、きっと自分の欲しい答えをくれるだろうと信じて。


「ちょっと! 誰がそんな――」


「ダイエットですか? ダメですよ、太ってるわけでもないのに、する必要はないと思います。ダイエットは体によくないとも聞きますし、少しでいいから食べてください」


 ルシードの説明に、モニカはアルマリーゼを諭すように叱りつける。

 これにはルシードもうまく行き過ぎて怖いくらいだ。

 村でニガイ菜を断ろうとした者たちがダイエットだと偽り、受け取りを拒否しようとしていたが、アマンダによって肉を取り上げられ、無理矢理喉の奥にニガイ菜を詰め込まれていた光景を思い出すだけでゾッとする。それに比べ、モニカの叱る姿は微笑ましいほどだ。


「そうだよアルマ、せっかくだからもらいなよ。食べられないわけじゃないんだろう?」


 とはいえ、ルシードも黙ってはいられない。モニカを援護するように後押しする。


「それは、そうだけれど……食べたことがないから」


 実のところ、アルマリーゼも興味があるのだろう。声が小さくなりながらも、強く拒否するような言葉は出てこない。


「ふふっ、それじゃあ、少しだけ」


 モニカは少な目によそったシチューを、アルマリーゼに差し出した。


「……どうも」


 アルマリーゼなりに礼を言ったようだ。


「いただきます」


 ルシードも礼を言い、アルマリーゼがスプーンでシチューを、恐る恐る口に運ぶのを見る。


「……あら、こんな味だったのね。へえ、悪くない感覚だわ」


「ふふっ、食わず嫌いでも、食べてみると意外と美味しかったりしますからね。よければおかわりだってありますよ」


「そうね。もらおうかしら」


 ルシードはアルマリーゼの反応を見て嬉しく思う。アルマリーゼの勇気を出す切っ掛けになれただろうか――いや、アルマリーゼにしてみればモニカこそが、何かの切っ掛けに当たるのかもしれない。

 しかし、ルシードにとってそれは些細な問題だ。要は結果がすべてであり、誰が切っ掛けになったかなど、気にする必要はない。

 それよりも今は出された料理に問題がある。

 ルシードは二人のやり取りを横目に、覚悟を決めてシチューを口に運ぶ。


「――ッ!」


 ルシードは目頭が熱くなるのを感じ、初めての食事で談笑する二人にわからないようにそっと涙を拭う。

 最後に食べた母の料理はシチューだったのだ。

 テオがルシードたちに『母親の味は食べられなくなって初めてわかる』と言っていた意味を理解した。


 僕はいつもそうだ。テオじいは本当に大切なことを教えてくれていたのに、僕はいつだって本当の意味を、手遅れになってから理解する。

 母さん、毎日だと飽きるなんて言ってごめんよ。今すごく母さんの作る料理が食べたい。


 ルシードは心で謝り、モニカのシチューを続けて口に運ぶ。


「ルシードさんはどうですか?」


「はい、すごく美味しいです」


 ルシードは上手く笑えていることを祈る。

 味は本当に美味しい。しかし、母の味とは比べられるものではなかった。


「ええ、美味しいわ。私、今日のことも忘れない。モニカ、あなたのこともよ。ふふっ、これから楽しくなりそう」


「おかわりもありますから、遠慮なく言ってくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 アルマリーゼは上機嫌だ。

 ルシードが母の味を思い出し、泣きそうになったのは誤魔化せただろう。


 ◆


 食事を終えたルシードたちは、キースの家を出る。


「本当にありがとうございました」


「いえいえ、いいんですよ。また村に寄ることがあれば、うちにも顔を出してくださいね」


「ええ、そうさせてもらうわ」


 アルマリーゼとモニカはすっかり打ち解けているのか、食事の際も会話が途切れることはなかった。


「では、これで」


「はい、またお会いしましょう」


 ルシードはこれからキースのところへ行くとは伝えていない。食事を用意してくれている間に食卓でアルマリーゼと話しているのを聞かれたかもしれないが、わざわざ野盗退治に行くと言って心配させる必要もないだろう。


「それじゃあ、キースさんのところへ向かおう。まだ村の入り口にいるかな」


「そうね。いなければ代わりの門番にでも聞きましょう」


 ルシードとアルマリーゼは互いに確認を取り、再び村の入り口へと足を運ぶ。

 しかし、そこにキースの姿はない。どこか別の場所で会議を開いているのだろうかと、ルシードは門番に尋ねるべく歩み寄る。


「すみません、キースさんが今どこにいるかわかりますか?」


「ミレット村の少年か。キースさんならそっちの詰め所でマーカスさんと話をしているよ。君が来たら通すようにと言われている」


 門番が指し示す場所には小さな詰め所があった。マーカスがまだいるということは、野盗退治の相談がまだ続いているのだろう。


「わかりました、ありがとうございます」


 ルシードは門番に会釈し、詰め所へと向かう。

 扉を軽く叩いて中に入るとキース、マーカスの他に三人の男たちが机を囲んで座っていた。すぐに気づいたマーカスが椅子から立ち上がり、ルシードに向かって手を上げる。


「おお、来たかルシード」


「よく来てくれたな。野盗退治を手伝ってくれると聞いて待っていたんだ。そこの開いてる椅子に座ってくれ」


 キースの声に従い、ルシードはアルマリーゼと並んで座った。


「俺とマーカスさんの紹介は省くとして、俺の隣にいるのが補佐をしてくれているクルト。お前たちの右側にいるのがアルノー、左側がハンスだ。二人とも俺より年上だが、去年から部下についてくれている。それぞれが数人をまとめる隊長でもあるがな」


「話は聞いているよ。ルシードとアルマリーゼだったな。アルノーだ、よろしく頼む」


「俺たちも四十近いからな。これからは若いキースとクルトに頑張ってほしいんだよ。早く経験を積んで立派になってもらわにゃ困る。――俺がハンス、よろしく頼むよ」


「クルトです。よろしくお願いします」


 ルシードがそれぞれと挨拶を交わし終えたところで、キースが音頭を取る。


「俺の隊からは俺とクルトも含めて十名、二人の部隊からそれぞれ七名で計二十四名が出ることになる。お前たちは二人とも戦えるのか? それと、ミレット村のレベルが高いのは知っているが、自己申告で構わない、どれほどの腕前か聞いておきたい」


「僕は戦えますが、アルマは戦えないのでサポートか、置いて行くことになります。剣の腕前は……そうですね。僕の村を襲った盗賊をリーダー格の男を含めて六人倒しましたが、リーダー格の男はなかなかの使い手で、僕一人の力では勝てなかった相手です。剣の師匠の力を――借りてなんとか倒すことはできましたが、今回も同じレベルがいる場合、複数相手では厳しいかもしれません。……あ、そうだった。村を襲った盗賊ですが、山を越えて来たようなので、こちらの野盗の仲間かもしれません。数は――確かちょうど三十と聞きました」


「おお、それは良い情報だな。それなら、こちら側が最近大人しかったのも納得がいく。この若さで腕前もなかなかのようだ。人の手を借りたとはいえ、リーダー格を倒したなら心強い」


「そのリーダー格の男、ヴィーノと名乗ってはおらんかったか?」


 キースに続いて、ハンスが口を開いた。野盗を率いていた男に思い当たるところがあるのか、神妙な面持ちだ。


「名前は……すみません、名乗っていなかったと思います。僕も必死で、会話する気もありませんでしたから」


「ふーむ、あいつらにリーダーは一人しかおらんはずだ。そいつがヴィーノだったならいいんだが」


「ああ、ヴィーノには散々苦しめられているからな。俺たちもこの場の四人のうち、二人以上で当たらなければ厳しいほどだ」


「まあ、俺たちは別としても、村の実力は野盗の団員の相手と同程度だと思ってくれていい。あいつらは数が多いせいでこちらが不利になることが多いが、村の防衛ならこちらに利がある。……しかし、ミレット村に行ったのがヴィーノと同じ一味だったなら、三十人は減ったことになるのか。これは好機だな」


 アルノーの言葉に、クルトが頷く。


「ええ、今ならこちらの総力を挙げれば、あいつらに対抗できるかもしれません。あいつらの数が減ったと確認できれば、オークウッドやキュールにも応援を頼みましょう。それなら確実に退治できるかと。……どうする? 決めるのは君だ、キース」


 この村において争いごとの採決は警備隊長の役目である。クルトはいつものようにキースに問うが、やる気になっている他の者たちに比べ、キースは腕を組んで迷いを見せていた。


「好機ではあるが、あいつらのアジトがどこかわからんのがな……。森の中だということと、森の奥には魔獣が出るからそれほど遠くでもないと予想はされているが、むやみに踏み込めば相手の陣地だ。罠などで命を落とす可能性もある」


 ヴィーノが死んだという確証もない。キースは情報に惑わされ、いたずらに隊を動かしては犠牲が出るのではないかと考えていた。


「それなら、俺がひと肌脱ごうじゃねぇか」


 キースの迷いに、今まで黙って聞いていたマーカスが口を開いた。

 自然とマーカスへと視線が集中する。


「マーカスさんが?」


「ルシードの村に来た連中があいつらだって決まったわけじゃねぇのはわかるが、あいつらの存在は俺にとっても死活問題だ。残りは半数以下、それもヴィーノの野郎が死んだってんなら確かめねぇわけにはいかねぇよ」


 マーカスの言葉に、キースが頷いた。今こうしている間にも中央から流れ着いた者が野盗に身を落としている可能性もあるからだ。ヴィーノが死んだ機会をみすみす見逃し、新たなリーダー、それもヴィーノ以上のリーダーが誕生しないとも限らない。


「そこで、だ。俺が馬車でもう一度オークウッドの方へと向かい、森に差し掛かったところで馬車のトラブルを装ってしばらく停車しよう。あいつらなら必ずそこを襲ってくる。いつもと同じ手口なら数人ってところだな。そこを一人でも取り押さえることができれば、ヴィーノの生死やアジトの位置を聞きだせるかもしれん。荷台で何人か腕の立つ者が隠れていてくれれば、できるとは思わんか?」


 ルシードにはマーカスの案が現段階では一番良い案であるように思える。賛成するべきか、反対するべきかと迷っていると――


「それだと、あんたが危険だ」


「ああ、次も同じ手口だとは限らん。それに、荷台に隠れるにしてもここにいる五人は無理だろう?」


 アルノーとハンスがそれぞれ反対した。

 これにはルシードとキース、クルトはばつが悪い。マーカスの身に危険はあるが、それが良いと思い、すぐに反対はできなかったことへの負い目だ。これが経験の差なのかもしれない、とルシードは痛感する。


「俺だって危険は重々承知してるさ。だが、あいつらは早くなんとかしなきゃいかんと思ってる。今が好機なんだろ? 俺はこのあたりの村が好きだ。でなきゃ、とっくの昔にここいらまで商売に来やしねぇ。店のやつに任せて自分の店で椅子にふんぞり返ってるより、あんたらに会いたいからわざわざ自分で来てるんだ。だから俺にも協力させてくれよ。まあ、あいつらが商人を殺さねぇって打算もあるが、あんたらならやってくれるし、俺も守ってくれると信じてる」


 マーカスは商売人だからか、口が上手い。男は『信じる』という言葉に弱いのを知っているのだろう。かく言うルシードのやる気も、高まっている。マーカスへの負い目からへこんでいたのが嘘のようだ。


「マーカスさん、あんた……」


「そこまで言われちゃ、やるしかねぇよな」


「ああ、マーカスさんは俺たちが守ってみせる」


「ええ、この命に代えても」


 それはキースたちも同じだったようで、全員がすっかりその気にさせられ、笑っている。


「いやいや、命を賭けられちゃ困るよ。あんたらに死なれちゃ、村の連中に、特にキースさんの奥さんに恨まれちまう」


「キース以外は独身だからな。キースにだけは死なれるわけにはいかん」


「よく言うよ。クルトはまだ若いからこれからだけど、二人は女より酒だって、結婚しようともしなかったじゃないか」


「この間までビービー泣いてた小僧が言うようになったじゃねーか」


 マーカスとクレッグ村での話はついたとみて間違いはないだろう。そうと決まればルシードが口を出す必要はなかった。


「それじゃあ、誰が行くかって話だが……」


 一段落ついたところで、キースが本題に入る。


「俺とクルトが行く。まだヴィーノを倒したという確証もない。アルノーとハンスは村の守りを続けてくれないか。ルシードも村を頼む」


「お、おいおい、さっきお前に死なれちゃ困るって言ったばっかだろ」


「何も死にに行くとは言ってないだろう。相手は商人だけだと油断してくれれば、少数の可能性が高い。ヴィーノが生きていたとしても、出てこないだろう。それなら俺とクルトで対処できる。危険と判断したらマーカスさんにすぐ馬車を出してもらおう。あいつらは徒歩だ。馬車を急かせば追いついてはこれまい。……それに、マーカスさんが案を出してくれた時に俺とクルトは危険とわかりつつも案に乗った。だからその責任を取りたい」


「確かにそれなら危険は薄いと思うが……」


「村のみんなも、俺とクルトが村でピリピリしてるより、アルノーとハンスがドンと構えてくれている方が安心するはずだ」


「……わかった。だが、無理はするなよ。危険と判断すれば、すぐに引き返してくるんだ」


「ああ。ルシードにも村を任せたいが、それで構わないか?」


 キースはクルトと二人で行くと言うが、ルシードはそれを許すつもりはない。


「いえ、僕も一緒に行きます。僕も案に乗った方ですし、こちらから森の方へ向かうなら、村の危険度の方が低いでしょう。アルノーさんとハンスさんは守りに必要だと思いますが、三人は要らないでしょうし、マーカスさんの馬車なら三人は乗れそうでした。わざわざ危険な方を少ない人数にすることはないでしょう」


「それは心強いが、客人を危険に晒すのはな……」


「それを言うならマーカスさんも客人でしょう? それに、キースさんも言ってたじゃないですか」


「ん? すまん、何を言ったかな?」


「僕たちがここへ来た時に『自分の村だと思ってゆっくりしていけ』ってね。自分の村を守るのに、理由はいらないでしょう?」


 ルシードは確かに聞いた。そして今、ルシードの言葉を聞いたキースも、自分の言ったことを思い出したはずだ。


「――ああ、確かに言った。そうだったな! なら何も遠慮はしない。存分に働いてもらうぞ」


「はははっ、こりゃ一本取られたな、キース」


「自分の発言は責任を持たんといかんぞ。嫁さんに変なこと言って忘れてしまえば、大変なことになる」


「では、私とキース、ルシードさんの三人で向かいます。マーカスさん、準備の方をよろしくお願いします」


「おう、任せとけ! キースさん、全部降ろすと怪しまれるが、荷台のスペースを空けたい。お宅に荷物を置かせてもらうよ」


「ああ、構わない。外にいる連中を誰か連れてって手伝わせてくれ」


「助かる。それじゃあ、またあとでな」


 マーカスが詰め所を出て行く。


「引き続きアルノーとハンスは村を頼む」


「ああ、村は任された」


「お前らも気を抜いて簡単にやられんなよ! ルシード君、少しで構わない。キースとクルトが無茶せんように見ててやってくれ」


「え、ええ。僕でよければ」


「アルノーさん、私たちだってもう子どもじゃありませんよ」


「俺らからしたら、まだまだ子どもだ。そう思われたくなかったらちゃんと帰って来いよ」


「――はいっ!」


 クルトの士気も十分だ。

 アルノーとハンスも出て行く。


「俺たちも村長や村の連中に話を通したあと、一度家へと戻る。ルシードも準備があれば終わり次第、村の入り口へ来てくれ」


「わかりました。……あ、キースさん」


 ルシードは詰め所を出て行こうとするキースを呼び止める。


「どうした?」


「家に戻るなら、これを持って行ってください」


 カバンの中の箱から、布に包まれたスピリティア・ストーンを取り出したルシードは、キースへと渡す。


「これは?」


「マーカスさんが言うには、仲の良い女性に送るといいそうです。要領を得ませんでしたが、悪い意味はないはずですよ。好きな男性からもらうと不幸から護ってくれるそうですしね。モニカさんには料理をいただきましたし、何かお返しをしたかったのですが、僕が渡すよりキースさんから渡した方が良いと思うので」


「大事な物じゃないのか?」


「たいした物じゃありません。数もたくさんありますし、遠慮なくもらってください」


「そうか、ありがたく受け取っておく。――では、またあとで落ち合おう」


「はい。あ、僕からじゃなくちゃんとキースさんからって渡してくださいよ!」


 苦笑いのキース。そんなキースを笑うクルトとも別れ、ルシードはアルマリーゼと二人になったところで、このあとの打ち合わせをしておくべきだろうと、口を開く。


「やけに静かだったね」


「この村のことですもの、私が口を出すことでもないでしょう? あなたもある程度は控えていたみたいだしね」


「まあ……ね。自分の村のように、とは本当に思っているけど、本当は部外者が出しゃばるべきじゃないのは僕もわかってる。余計なことをして取り返しのつかないことになったら、責任を取れない」


「ええ、それでいいわ。私たちにも目的があるんですもの。この先もその地の方針に合わせ、何もしないか、少し手を差し伸べるくらいがちょうどいい。その地でどっぷりと浸かってしまえば、抜け出せなくなるわ」


「うん、深く関わりすぎると別れも辛くなる、そうしよう。それで、このあとだけど……」


 ルシードはカバンから地図を出し、アルマリーゼに見えるように机に広げる。


「野盗のアジトはオークウッドの近くって話だった。それなら、今日野盗を捕まえることができたとしても、帰りは夜だ。この村に戻るより、オークウッドに寄るかもしれない。そのあとこの村から援軍が来る可能性もあるし、オークウッドで援軍を募ってそこで終わるかもしれない。すべてが終わったらクレッグに戻って来るより、そのままオークウッドからキュールかメラーズを目指して、ドノホー経由でエンバリーに向かうのがよさそうだ。ここでアルマを待たせるより、一緒に行動した方がいいと僕は思う」


「荷台は三人。私は影に入って行けばいいのね。まあ、私も最初からついて行くつもりだったから、問題はないわ」


「そっか。あ、ところで聞き忘れてたんだけど、精霊だってのはバレない方がいいの?」


 アルマリーゼの見た目は人間と変わらない。人間だと言われても信じるだろうが、アルマリーゼが精霊だというのを公言して歩くのであれば、隠す必要もないだろう。


「そう……ね。ええ、隠して行きましょう。精霊はめったにいるものではないし、注目を浴びるのも本意ではないわ」


「わかった。それなら黙っておくよ。荷台でも顔を出さないように気をつけて。……あ、だったらこれからは剣を持ち歩いた方がいいのか」


 影から剣を取り出すなど人間の業ではない。ルシードは多少かさ張ろうとも、持ち歩くべきかと考える。


「別にいいでしょう、それくらい」


「いいの? アルマの基準がよくわからないんだけど」


「精霊は知らなくても、魔法の概念はみんな知っているでしょう? ドレス姿の可憐な少女が出歩いているより、よっぽど現実的よ。影から剣を出すくらい……たぶん、珍しくないわ。魔法で出してるとでも思わせておきなさい」


「え、それでいいの?」


「良いも悪いもないわ。第一、こんな田舎なら問題ないんでしょうけれど、子どもが立派な剣を持ち歩いていたら襲ってくださいと言ってるようなものでしょう? むやみやたらにトラブルを引きこむ要素を持つ意味もないわ」


 ルシードは自分の姿を頭に思い描く。最後に測った身長は百六十五あたりだっただろうか、まだ成長途中の体は、見る者が見れば、大人には程遠いと言うかもしれない。更には子どもが剣を持って歩いたら、襲われることはないにしろ、絡まれても仕方ないと言えるだろう。ルシードはアルマリーゼの言うことも、もっともだと頷く。


「なら、そうするよ。他に何か言っておくこととかある?」


「今のところは特には。何かあれば直接話しかけるわ」


 アルマリーゼとは契約を通じて直接話すことができることを、ルシードは思い出す。それならば、問題はないだろう。


「了解。それじゃあ、僕たちの準備は終わりだ。村の入り口で待とう」


 アルマリーゼがルシードの影へ半分ほど身を沈ませたところで、ルシードは気づく。アルマリーゼは母が作ってくれた外套を着たまま、影へと潜っていくのだ。


「あれ? 母さんの外套は契約してないのに持ち込めるの?」


「今は私が着てるでしょう? 私が魔法で作り出している空間だから、私の物って認識があれば、あなたが契約してなくても持ち込めるわ。あなたの荷物を私が持って入ってもいいけれど、その場合はあなたの意思では取り出せない。それだと、別行動の時とか不便でしょ?」


 アルマリーゼは影から上半身だけ出したまま、ルシードに説明する。


「そうだったのか。確かに必要な時に毎回影に潜って取って来てもらうのも悪いしね……ってか外套は僕のだから、あとでちゃんと返してよ」


 悪戯な笑顔を浮かべ、返事することなく影へ消えて行くアルマリーゼにルシードは一抹の不安を感じたが、アルマリーゼには必要のない物だ。きっと返してくれると信じて、詰め所から村の入り口へと向かう。

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