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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第二章
13/154

013 商人との出会い

 ◆


 ルシードは商人であろう男に話しかけた。


「こんにちは」


「おう、こりゃ若い二人が来たもんだ。見ない顔だが、この村の子どもか? 俺はマーカスって名だ。珍しい物があるかわからんが、ゆっくり見てけ。壊れやすい物もあるから、触る時は気をつけてくれよ」


 二十代後半というところだろうか、気さくな男だ。他に姿が見えないことからも、一人でやっているようである。すべてを一人でやっているからか、筋肉のついた良い体をしている。


「いえ、僕らは山の向こうから来たので、この村の住人じゃありません。僕はルシード、彼女はアルマリーゼです」


「おお、そうだったか。山の向こうにも村があるとは聞いてはいたが、道がないから馬車じゃ山越えもできなくてな。移動の時に稀に出会うことはあるが、こっちからは行けない。会えて嬉しいよ」


 大人たちが狩りに出た際に出会った商人はこの人なのかもしれないとルシードは考え、話を続ける。


「話には聞いています。よくしてくれる商人がいるって。もしかしてあなたが?」


「はははっ、そうか。まあ、このあたりまで来る商人はうちぐらいなもんだから、俺か親父だろうな。もう親子何代にも渡って商人やってる。これからもよろしく頼むよ」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 挨拶をすませたルシードは、さっそく商品を見たいところではあるが、その前に確認しておかなければならないことがあった。もちろん、物々交換ができるかどうかだ。


「ところで、手持ちの物と交換ってできますか? やっぱりお金が必要ですかね?」


「うちは金も取り扱ってるが、交換も歓迎だ。村によっちゃ珍しい物があるしな。なんだったら買い取りだってするよ」


 それはありがたいと、ルシードはさっそく人形を見せることにする。


「これってどうですか? 僕が作ったんですが……」


「木彫りの人形か。どれ見せてみな」


 人形を受け取ったマーカスは色々な角度から人形を調べ、値段を考えているのか手を顎に、目を瞑って唸る。


「ふーむ。良い出来だが、このあたりの名産でもないし、人型は珍しくないから銀貨二枚ってところだな」


 銀貨二枚。ルシードにはどれほどの価値があるのかわからない。


「えっと、それって何が買えますかね」


「そうだな、わかりやすく言うと……安い宿なら一泊三食付で銀貨一枚ってとこだな。飯を食うだけなら一食で大銅貨三枚ってところだ。高い店には行くなよ? 一食で銀貨二枚取られたりするからな」


 アルマリーゼの話にはなかった新しい単語が出てきた。大銅貨とはなんだろうかと聞こうとしたところで――


「ちょっと待って。大銅貨って何かしら? 普通の銅貨とは違うの?」


 興味なさそうに聞いていたアルマリーゼが口を挟んだ。


「ん? あ、そうか。金のないところから来たんだったな。大銅貨ってのは銅貨十枚の価値がある。昔は銅貨十枚で銀貨一枚だったんだが、旅なんかじゃ持ち運ぶのが大変だってんで、今は銅貨百枚で銀貨一枚分だ。それぞれ大銅貨、大銀貨、大金貨が追加されて、大金貨の上には更に大金貨百枚分の王金貨ってのも作られたんだよ。俺がまだ生まれる前だから……三十年以上前の話だ」


 アルマリーゼが知らないのも当然、封印されたあとに変更されては、知りようがなかったのだ。ルシードが知らないというのも、村に入って来るような本は古い物が多く、新しい物であったとしても、すべてにおいて金のやり取りをしている本ばかりではないということ。


「どっちが銅貨でどっちが大銅貨か当ててみな」


 マーカスは左右の手のひらにそれぞれ銅貨を置いてルシードたちに見せてくれるが、一目瞭然だった。左右の銅貨で大きさが違うのだ。マーカスが右手に持つ銅貨は、左手に持つ銅貨に比べてかなり小さい。十分の一といったところだろうか。


「右手が銅貨で、左手が大銅貨ですね」


「はははっ、子どもでもわかる簡単な問題だったな。それで正解だ。ただ銅貨を小さくしただけのもんだ。それでも商人の俺にしたら、荷物が減って大助かりだけどな」


 マーカスの言葉に、ルシードとアルマリーゼは納得する。

 しかし、硬貨の種類に感心している場合ではない。マーカスの話では、人形は宿二日分にしかならない。いや、アルマリーゼの分も考えると一泊分だ。旅の資金としては心もとないものがある。

 ルシードはどうしたものかと考え、ここで何かと交換してもらい、あまった分はお金でもらった方がいいかもしれないと答えを出した。食事は店で、寝るのは野宿でいいだろう。一週間かけて作った人形が宿二日分……高く売れるなら旅の合間に作るなりして資金を稼ごうかとルシードは考えていたが、作る手間を考えれば、その分前に進んだ方がよさそうである。


「そうですか、ありがとうございます。それじゃあ、何かと交換してもらって、あまればお金で頂きたいんですけど、いいですか?」


「ああ、構わんよ。何か必要な物はあるか?」


「食料はありますか? 保存が効くのがあればいいんですけど」


「む、食い物か。いや、悪い、もうないんだ。寄る村々で名産なんかと交換して来たんだが、この村が最後でな。さっき全部交換しちまったよ。あとは俺の住んでる街までの非常食だけだが、流石にこいつは売れんからな。もしかして村から買い出しに来たのか?」


 食料はない。まだしばらくは干し肉になりそうだ、とルシードは内心で肩を落とす。


「いえ、これから王都に行くんですけど、手持ちが干し肉しかないので何かあればと思っていたんです」


「そうか、そいつは悪いことしちまったな。しかし王都か……俺は行ったことがないが、何かあるのか?」


「人に会いに行くだけなので、特にこれといっては」


 英雄に会いに行くと素直に告げても、事情を知らない者からすれば笑い話だろう。ルシードは王都に向かう目的については言葉を濁す。


「ところで、英雄レナードについて知っていることとかありませんか? 今どこにいる……とか」


 とはいえ、情報収集は必要だ。もしかして移動している商人なら何か情報を知っているかも、と当たりをつけて聞く。


「はははっ、まさか英雄レナードに会いに行くのか? そりゃ夢があっていいな。俺も会ってみたいが、どこにいるかはわからんな。戦争が終わったあとは各地を回ってるってのは子どものころに聞いたことがあるが、今はどうしてるのやら」


 誤魔化したつもりがズバリと言い当てられ、ルシードはドキリとするが、マーカスは知らないと言う。

 しかし、これが当たり前の反応だろう。英雄と言えど、誰もが居場所を知っているわけではない。


「そうですか。それじゃあ、商品を見せてもらいますね」


 ルシードは話に加わらず、商品を眺めていたアルマリーゼに何か見つけただろうかと話を振る。


「アルマ、何か必要そうな物はあった?」


「そうね、この地図は必要ね。おいくら?」


「地図は銀貨一枚だ」


 銀貨一枚。いきなり手持ちが半分になるが、旅には必需品だ。買わないわけにはいかない。

 ルシードはアルマリーゼの近くへ行き、広げて置いてある地図を覗き込んで現在の位置――クレッグ村を探す。


「地図の見方はわかるか? 上が北で下が南、右が東で左が西だ。今いるクレッグ村はここだな」


 マーカスは地図の一点を指差す。そこは地図の一番左上にあり、四角のマークと一緒にクレッグ村と記されている。

 クレッグ村の位置はわかったが、ルシードは疑問に思う。ルシードたちは北から南へと下って来たはずなのに、地図にはクレッグ村より北がなかったのだ。


「あの……ミレット村はどこに?」


「あー、期待させて悪いが、ミレット村は載ってないんだ。たぶん地図を作ったやつが山の向こうは氷の大地しかないと思ってやがるんだよ。このハインドル領を治めてる役人に言えば地図に追加されるかもしれんが、俺も実際に村まで行ったことがないからな。申請しておいて行ったことありませんじゃ、取り合ってくれんだろう」


 ルシードはかつて自分の住むミレット村が地図に載ってないんじゃないかと想像したことがあったが、現実になる日が来るとは思いもよらなかった。


「いえ、気にしないでください。なんとなくそんな気もしてたんで……」


 言葉とは裏腹に軽くショックを受けたが、仕方あるまい。


「この大きな星印が王都ですか?」


 気を取り直し、ルシードは地図の右下にある、一際大きな星印を指差して聞く。


「そこはアニスよ。このハインドル領の領主が住んでいる街。王都はもっと南東……地図にするなら、あと数枚は繋ぎ合わせないとダメね」


「ああ、そうだ。この地図はアニスで発行されてるからな。ハインドル領内の街や村しか載ってない。俺はハインドルから出たことがないし、他の領の地図を持ってても欲しがるやつがいないから持ってないんだ。アニスまで行けば隣接した領の地図が売ってるよ」


「それならアニスには寄った方がいいのか。……ん? このアニスの西にある黒い枠はなんですか? 中に街の印と一緒に名前がありますが……」


 地図には黒塗りの場所があったが、その枠の中には街の丸印でレーヴェと記してあった。


「そこには近づかない方がいい。黒く塗り潰されてる場所は、魔素が濃い場所って意味だ。女ならいいが、男が近づくと魔素酔いになる。中にある街は魔法都市レーヴェ。魔力の回復が早まるのをいいことに、魔法使いが集まって魔法の研究なんかやってる街だよ。賢者も住んでるってんで有名だ。女しかいねぇ街って話だが、惜しいことに男が入れねぇってのが難関だな」


 マーカスは笑い混じりに教えてくれる。

 村を出る前にアルマリーゼが教えてくれた魔素の濃い場所とは、こういった場所のことだろう。ルシードは近寄らないよう、気をつけることにした。


「まあ、アニスを目指すなら少し遠回りになるが、時間があるなら俺の住むダンヴァースにも寄ってみてくれ。他の街に比べると小さいが、住みやすくて良い街だ。うちの店に顔出してくれたら、美味い飯が食える店も教えてやるよ。ダンヴァースはここ、クレッグ村から森を挟んだ北東にある」


 マーカスが指差す場所には丸印でダンヴァースと記してある。

 先を急ぐなら寄る時間はないが、ルシードは気になることがあった。


「わかりました、近くまで行った時は寄らせてもらいます。……ところで、地図だとダンヴァースからはクレッグが一番近い気がするんですけど、寄るのはこの村が最後なんですか?」


「ああ、それはこのあたりには野盗がいるからな。襲われないのが一番だが、村から頼まれた食料や道具なんか運んでるから、なるべくリスクを減らすようにダンヴァースから南のドノホーへ向かい、そこからメラーズ、キュール、オークウッドで最後にクレッグの順にしてるんだ。野盗のアジトがオークウッドに面した森の中にあるんじゃないかって噂でな。そのせいもあって、オークウッドに向かう時と出る時が一番襲われる可能性が高いんだが、今は警護を雇ったとかでオークウッドには冒険者が何人か来ていたよ。キュールも冒険者を雇ったと言っていたから、じきに来るはずだ。野盗はそれを知ってか知らずか、襲われることはなかった」


 冒険者。心惹かれる単語だが、今は気にしている余裕はない。

 野盗のアジトはクレッグから南西にあるようだと、ルシードは心に留めておく。


「アニスにはハインドルを治めてる領主がいるんですよね? 野盗退治とかしないんですか?」


「このあたりがアニスから遠いこともあるけどよ、ここからちょっと南に行った場所からアニスに面した場所まで続く大森林があるんだが、この大森林には獣人が国を作って住んでいるんだ」


 獣人のことは前に読んだ本でルシードは知っていた。人と獣が融合したような姿で、何百年か前は奴隷として売り買いされていた時期もあるそうだ。そのことを嘆いた当時の王様が獣人たちの独立を認めたことにより、一つの国ができたという話だ。


「だが、これがまた問題でな。……数年前に王が変わったそうなんだが、今までは森の奥にあった首都をアニスの目と鼻の先に首都を変えるって話になってる。街ごと引っ越してくるってだけなら問題はなかったんだろうが、その王様ってのが人間嫌いな上に暴君で有名らしくてな。先王を殺して王になったって噂まである。その上『王とは先頭に立って戦う者だ』って明言してるもんだから、戦になるんじゃないかと大慌てだ。アニスもこっちにまで構ってる余裕はないんだろう」


 テオも獣人と会ったことはないと言っていたこともあり、一度は会って話してみたいと思っていたルシードは、マーカスの話で、叶いそうにないな、と肩を落とす。


「しかもだ。王都じゃ今の王様が病で床に伏してるって噂まで入ってきてる上に、馬鹿な貴族どもが自分の都合のいい王を仕立て上げようと画策してるって噂よ。上の兄が優秀でいつも比べられてきた第二王子のトリスタンが王になっちまえば危険だろうな。自分の力を示そうと戦争を起こすかもしれねぇ。……まあ、そうはさせまいとアニス以外の領主も王都に出向いてる。上に優秀な兄がいるから可能性も低い……って野盗の話だったな。昔あった戦争のあとの話だったか……各地の混乱を収めるために、王都や各領土の大きな街じゃ人を傷つけたり、物を盗んだりする者には厳しい罰を与えるようになったんだ。そんなこともあって、都心部での居場所がなくなったり、排除されたやつらが田舎の奥へと集まってくる。このハインドル領も例外ではなく、今じゃ五十人超えの野盗団ってわけだ」


「そうですか。そんなことが……」


 マーカスが話を戻すようにして野盗の話を聞かせてくれていたが、ルシードは王都のことを考えていた。

 王様が病に伏してるのなら、混乱が起こるかもしれない。獣人とのことを考えても、戦争は起こらないで欲しいと願う。


「獣人、ねぇ。五十年前の戦争の時は和平を説いて中立を保っていたのに、王が変われば国も変わるものね」


 昔を思い出しているのか、アルマリーゼが呆れるように口を開いた。


「ほう。そんなことがあったのか。嬢ちゃん物知りだな」


 まさか『彼女は五十年以上生きているんですよ』と言えるはずもない。ルシードは口を噤む。


「少し、ね。それよりも、私たちが野盗を退治すれば、礼金とか出るのかしら?」


「……は? 嬢ちゃんたちが? はははっ、そいつは無理ってもんだ。相手は五十人からいるんだぜ?」


 マーカスに話しかける前からどうやって切り出そうかとルシードが考えていたところにアルマリーゼがあっさりと口にしたが、マーカスは本気にしていない様子。子どもが野盗を退治すると言い出しても、笑い飛ばされるのは当たり前だろう。


「もし、よ。もし私たちが野盗退治した場合、礼金は出るの?」


「もし……ねぇ。まあ、俺だったら出すわな。あいつらは容赦なく人を殺すが、商人の命と馬車だけは取らねぇ。また次も荷物を運んでもらうためだ。商人がいなくなったらあいつらも商売上がったりだろうからな。だからって会う度に荷物を持ってかれたんじゃたまったもんじゃないし、村の連中のことを考えると、俺も商売をやめるわけにはいかん。あいつらを退治してくれるってんなら、礼金くらい喜んで払うよ。野盗の数が増えてきたから有志を募って討伐隊を編成しようかともキースさんと話してたとこだったしな」


 マーカスにも思うところがあるようだ。

 それに良い話も聞けた。キースが討伐隊を組むのなら参加させてもらえばいいと、ルシードは考える。先程何かあれば手伝うと言ったばかりだ。野盗で困っているのなら、助けたかった。


「そう。それだけ聞ければ十分よ」


「お、おい、まさか本当にやる気じゃねぇだろうな。武器も持ってないみたいだが、それで死なれちゃこっちの目覚めが悪くなる。頼むからやめてくれよ」


 言質が取れたとばかりに話を切り上げるアルマリーゼを、マーカスが止める。

 自分の言ったことで子どもがやる気になったとなれば、心境は穏やかではないだろう。

 だが、ルシードも一人でやれるとは思っていない。アルマリーゼは戦えず、ルシード一人だ。村を襲ったリーダー格の男との戦いは一対一だったが、同レベルの相手がおり、更に仲間を引き連れていれば、返り討ちに合うだけだ。初めから誰かに協力を求めようと考えていた。


「大丈夫ですよ。二人だけでやる気はありません。キースさんが討伐隊を組むなら、それに参加させてもらいます」


「そりゃ二人で旅してるくらいだ、ミレット村の連中がかなりの強さだってのも知ってる。だが、その軽装じゃ心配するなって方が無理だ。……しょうがねぇ、少し前払いしてやる。野盗退治に必要な物があれば持っていきな。地図もオマケでつけてやるよ」


 剣を影に収納していることから、武器を持ってないと勘違いされてもおかしくはない。

 しかし、マーカスの提案は嬉しい限りだ。ルシードは黙って乗せてもらうことにした。


「あら、いいの?」


「ああ、野盗に襲われたと思って諦めるよ」


 マーカスは笑って言うが、ルシードの心境は穏やかではない。本当に野盗にするのだけはやめてほしい、と心の底から思う。

 アルマリーゼもここに来る前の話を思い出したのか、笑っていた。


「で、何がいる? 剣は銀貨五枚払えばどの街でも手に入るようなのしかないが、ないよりはいいだろ?」


「いえ、今ここにはないですが、剣は持っているので……そうですね、このナイフを一本と、こっちの小さい投げナイフかな? それを何本かもらえますか」


 ナイフは複数の相手に持って行くにはなかなかに便利な武器だ。狭いところでは小回りが利き、遠方までは無理だが、少し離れた相手なら投げて攻撃することもできる。

 テオは剣一本だったのか弓の技術は継承しておらず、村では狩猟のために腕を磨く者もいたが、ルシードはやはり剣がいいと、練習すらしなかった。


「なんだそうだったのか。それじゃあ、ナイフだな。しかしこっちの小さいナイフに目がいくとは、なかなか良い目をしてるな」


 小さなナイフは斬るよりも貫くことを重視しているのか、尖端が鋭い。手で握るグリップもなく、その部分には小さな穴が開いていた。


「上質なナイフなんですか?」


「仕入れたばかりなんだが、誰も欲しがらなくてな。俺は良いと思ったんだが、投げナイフ専用なのが悪いのか人気がない。ここの持つところの底んとこにか穴が開いてるだろ? そこにワイヤーつって最近出回り出した強度の高い針金を括りつけて投げれば、巻き上げることによってすぐに回収できるってわけだ」


「……ケチくさいわね」


「ケチって……浪漫だよ、浪漫。男ってのはこういうのに憧れるもんだ。なぁ?」


 マーカスに同意を求められたルシードは想像する。

 投げたナイフが刺さってそれを華麗に回収する。確かに格好良いだろう。

 しかし、投げて当たらなかった場合、手で巻いて回収している姿を想像して微妙に。

 なるほど浪漫か、と思う。


「確かに浪漫ですね」


「ははは、そうだろう?」


「ふーん。それでそのワイヤーは? 見たところ、どこにも置いてないみたいだけれど?」


 アルマリーゼに言われて、マーカスは気まずい顔に。


「い、いや、最近出回ってるっても高くてなぁ。仕入れたいって言ったら、うちの嫁さんが怒ってよ……」


「ダメじゃない」


「そう言うなって! 旅を続けるなら手に入るかもしれねぇだろ? 無駄にはなんねぇよ。ほれ、ナイフホルダーもつけてやる。小さいナイフだ。上着の内側につけとけば、相手にナイフ持ってるとは思われねぇよ。上着の内側に仕込めるから、投げたい時にも取り出しやすいからな」


「ありがとうございます」


 ルシードはナイフを受け取り、一本を腰へ。ナイフホルダーを上着の内側につけて、左右合計六本の投げナイフを仕舞う。刃を脇の下へ通すようになっており、柄の部分が前を向いているので取り出しやすい作りになっている。


「他には何かあるか?」


「いえ、ここまでしてもらったのに……」


「へっ、乗りかかった船だ。ここまでやったら、残った武器はキースさんに渡して使ってもらうさ」


 荷台の隅に置いてあった本が気になったが、ルシードも遠慮を知る年だ。野盗退治には関係ないと諦める。

 しかし、何か必要な物を忘れている気もするが、ルシードは思い出せない。


「それでも悪いですよ、僕たちはこれで十分ですから」


「こっちの傷薬ももらおうかしら。解毒薬はないの?」


 遠慮を知らない子がそこにいた。何かが違う気もするが、気になったのはこのことかと、ルシードはアルマリーゼに視線を送る。


「ははは、傷薬も持って行きな。だが、解毒はどの村もあまってるらしくて持って来てねぇんだよ。すまねぇな」


 あまり図々しいのもどうかと思うルシードだが、傷を負った時には必需品になることからも黙っておく。ルシードが村を出る際、すっかり抜け落ちていたのだ。責められるはずもない。

 ルシードはマーカスに頭を下げて受け取り、カバンに入れようとしたところで、ある物に気づく。カバンの底に入れておいた石の入った箱だ。

 石ころにしか見えないが、色が入ってるのは珍しい……と、ルシードは思う。ルシードがそう思ってるだけで色のついた石は珍しくなく、ありふれた物かもしれないが、一応聞いておくことにする。


「これって売れたりとかしませんよね?」


 ルシードは箱の中から、布に包んだ小さな丸い石を取り出して、マーカスに渡す。


「ん? なんだ? 青い石? これってどっかで……どこで見たんだったか」


「やっぱり珍しくないのかな」


 まだカルロが小屋へ通う前のある日のことだ。兄貴分と慕う青年たちとは歳が四つ以上離れていることもあり、二年間は一人だったルシードは、テオの小屋からの帰りで色々なルートを開拓したものだ。そして、そのうちの一つを通った際に地面に青い石が転がっているのを見つけた。

 周りを見渡してもその石だけだったことからも、上から落ちて来たのかと思い、斜面を登ると、岩の一面が青かったのだ。

 子ども心にも色のついた石が珍しいと思ったルシードは、壁を削って持ち帰った。

 そんな石を使い、手先が器用になりたい一心で丸く削っただけの石。最後はどれだけ真円に近づけるかと熱中してた時期もあったのが懐かしい。今手元にあるものは、だいたい二センチ四方の球体で揃えてある。

 そんなこともあり、ルシードの中では宝物だ。割れないよう一つひとつを布の袋に入れて大切に保管していたほどだが、やはり他人から見ればただの石ころなのだろう。両親や、幼馴染の三人にも見せたが、珍しいと感心されただけだった。


「まあ、売れるとは思ってなかったので……」


「い、いや、待て!」


 やはり売れなかったか、とルシードが諦めかけたその時、マーカスが声をあげた。


「俺も本職じゃないから詳しくはわからんが、もしかしてスピリティア・ストーンじゃねぇか?」


「スピリティア・ストーン?」


 ルシードは初めて聞く名に、目を丸くする。


「ああ、正式にはスピリットティアーズだったが、どこかで訛ってスピリティアと呼ばれるようになった石だ。精霊の涙って意味らしい。精霊ってのはお伽噺に出てくるような伝説上の生き物さ。うちの嫁さんの結婚指輪を宝石屋に見に行った時に見た気がする。こんな青一色じゃなく、色々な不純物が混じってたがな。それほど珍しくもない石だったはずだが、ここまで青一色なのはかなり希少なんじゃないか? 嫁さんは宝石がついたのを欲しがったが、当時は今よりも値が張ったもんでな。商人が贅沢言ってちゃやってけねぇからよ……ほれ、石なしだ。嫁さんの機嫌取るのに、これでも結構高かったんだぜ?」


 マーカスは手袋を外し、左手の薬指にはめた指輪を見せる。

 それはルシードの村にはない習慣だ。どうやら好き合う二人は同じ指輪をするようだ、と感心する。


「……あ、いや、この指輪は違ったかもしれん。婚約指輪を買う時に店員に薦められたんだったか? なにぶん、十年近く前の話だからな。少々記憶違いがあるかもしれん」


 マーカスは記憶違いだと言うが、ルシードは『精霊の涙』という単語が気になっていた。アルマリーゼの封印されていた場所とは少し離れていたが、精霊が封印されていた地には違いないのだ。アルマリーゼをチラリと見るが、変わった様子はない。関係ないのだろうか。

 ひとまず置いて話を続けることにした。


「売れるんですか?」


 宝石の単語は本で知っていたが、挿絵がなかったこともあり、実際に言われるまで自分の持つ石がそうだとは気づかなかったのだ。ルシードの中で、ちょっとした期待が高まる。


「そりゃ売れるさ。宝石ってのは石ころとはまた違った色の入った石とでも言えばいいのか……あー、俺もよくわからんが、希少な石ってことだ。金持ち連中の中には、好き好んで集めてるやつもいるって話だしな」


 マーカスの言葉に、どうやら売れるようだ、とルシードは満足気だ。あの時石を発見し、他人の興味を引けなかったことで捨てようとはしなかった自分を褒めてやりたいほどだ。


「いくらくらいになりますかね? 石なら銅貨かな?」


「いやいや、馬鹿言っちゃいけねぇ。俺が当時の宝石屋で見たのだってこれより小さくて金貨一枚はしてたぞ。今はだいぶ下がって十分の一くらいにはなったそうだが、このサイズで不純物の一切入っていない石なら大銀貨二、銀貨五――いや、大銀貨三枚だって売れるかもしれん」


「へえ、宝石って高く売れるのね。……それで、この石は買い取ってもらえるの?」


 マーカスとアルマリーゼの言葉に、ルシードは更に期待が高まる。

 宿が一泊三食つきで銀貨一枚なら、大銀貨一枚で売れたとしても十日分になるのだ。大銀貨二枚なら二十日分。期待の目でマーカスの言葉を待つ。


「あー、買い取ってやりたいのはやまやまなんだが、今は手持ちがなくてな。店まで戻ればあるんだが、このあたりは野盗がいる。それに、俺がお願いしてるってのもあるが、金で取引してる村がない。いつも銀貨十枚までしか持って来てないんだ。あいつらは自分で売るなんて考えがないからな……自分たちで使えないもんにまでは手を出してこない」


 野盗が出るとわかってる場所に大金を持って来る馬鹿はいないだろう。ルシードは期待が高かった分、がっくりと肩を落とした。


「そうですか。それならどこかの街で売れるか聞いてみます。まだそのスピリティア・ストーンだって決まったわけでもないですしね」


「そうだな。俺も宝石が本物かどうかなんてわかんねぇし、宝石を専門で取り扱ってる店で聞いてみた方がいいだろう」


「わかりました、専門店を見つけた時に寄ってみます」


 そこで、ルシードはスピリティア・ストーンの入った袋を一つ、マーカスへと突き出した。


「ん? なんだ?」


「マーカスさんには色々お世話になりましたから、武器の代金も含めてってことでもらってください」


「は? いやいや、もらえねぇよ。言ったろ? 値の張るもんだって。武器代入れてもまだこっちが払わなきゃならねぇよ」


「マーカスさんがいらなければ、奥さんにでもプレゼントしてください。僕はまだまだありますし、本物だったら旅が終わるまでお金に困ることはなさそうですからね」


「……本当にいいのか? 本当にもらっちまうぞ?」


 マーカスは商売人だ。欲しいという気持ちはあるが、値段に釣り合ったものでなければ受け取るわけにもいかない。

 しかし、ルシードはお世話になったのだ。何も返せずに別れるのは後ろめたい。ここは引けないと、一計を案じることにする。


「そうですね……それなら、もしマーカスさんの街に寄ることがあれば、美味しいご飯を食べさせてくださいよ」


「――わかった。そこまで言ってくれるなら、もう俺は何も言わん。約束するよ、うちに寄ったら美味いもん食わせてやる」


 まだ釣り合っていないと思うマーカスだが、ルシードの言葉に気を使わせたのだとわかり、受け取ることにした。必ず美味い飯を食わせてやると心に決めて。


「ええ、それでお願いします」


「しかし、お前さんもわかってるじゃねぇか」


 話がまとまったところで、マーカスが言う。


「なんのことです?」


「スピリティア・ストーンだよ。宝石屋でも店員が色々説明してたぞ、結婚……いや、婚約だったか? 詳しくは忘れちまったが、贈るならこの石が良いって。石にも意味があってスピリティア・ストーンは……いけね、これは完全に忘れちまった。とにかく仲良くなった女に贈ると喜ぶそうだ。ああ、女は好きな男からもらうと、石が不幸から護ってくれるって話だった気がするな。一種のお守りみたいなもんだ」


「へえ、そうなんですか」


 そういうことなら、とルシードはスピリティア・ストーンを一個取り出し、アルマリーゼへと差し出す。


「いる?」


「興味ないわ。――それに、私には縁起悪そうな名前だしね。あと、精霊は関係ないわよ? 精霊は泣いても、涙が石になったりなんてしないわ」


 最後はルシードだけに聞こえるようにして、アルマリーゼは言った。精霊の彼女が言うのだから間違いはないだろう。

 しかし、肩を竦めて言われてはどうしようもない。


「別に喜ばれませんけど」


「はははっ、そんな女もいるってことだな。まあ、旅先で女と仲良くなればプレゼントするといいんじゃねぇか?」


「なるほど、今度はそうしてみます」


 アルマリーゼは宝石から興味を失くし、まだ見ていなかった商品を見ようとその場を離れた。これにはルシードもアルマリーゼが欲しくないのであればいつまでも手に持っていてもしょうがないと、箱へ仕舞う。


「ちょ、ちょっと待て!」


 そこへマーカスが大声をあげた。


「あ、いや、ちょっと待て」


 急に大声を出したと思ったら今度は小声だ。周囲を気にしてるのか、見渡している。

 だが、住人どころかアルマリーゼさえもこちらを見ていないことにマーカスは小さく息を吐いてから、ルシードに向き直る。


「どうしました?」


「い、いや、お前、そっちの赤いのはなんだ?」


「赤いの? ……このガラス玉ですか?」


 箱の中に入れてはいたが、青い石ほど大切には扱われていない赤いガラス玉。

 大量の青い石を手に入れたあと、更に新しい発見はないかと寄り道し、テオの小屋を越えてまで探した時に見つけたものだ。透き通って綺麗なガラスだが一つしかなく、硬くて加工できなかったこともあり、放って置いたガラス玉だ。何故かカットされたように形が整っていたのが最大の謎でもあった。


「これは最初、赤いガラス玉かと思って持って帰ったんですけど。岩から削り出すのにも苦労したのに硬くて加工できないし、結局なんにも使えないと思って放っておいたんですよ」


「お、おまっ! これたぶんフレイムライトだぞ。形もちゃんとしてるし、加工なんてもってのほかだ! は、早く仕舞え!」


 昼も過ぎ、あたりには人の姿がまばらにあるのをマーカスは気にしてか、せわしなく目を動かして捲くし立てる。そのあまりの剣幕に、ルシードは急いで箱へと仕舞い、尋ねる。


「フレイムライト?」


「スピリティア・ストーンなんかより、もっと高い宝石だ。名前もそのまま炎の光って単純なもんだが。このでかさでこの透明度なら大金貨何枚になるかも想像できねぇ」


「大金貨!?」


 とんでもない名前が出てきたことに、ルシードは驚く。スピリティア・ストーンでさえ喜んでいたのにその上だ。加工できないからと捨てなくてよかった、と心から思う。


「そうだ。だから人の多いところでおいそれと出すもんじゃねぇ。ここは金の価値もわからねぇ田舎だからいいが、街なら物取りに狙われ続けるぞ」


「えっ、そ、それは大変ですね」


「まあ、本物のフレイムライトって保障もないけどな。売るにしても信用のできる店にするこった。ガラス玉だからと安く買い取られるかもしれねぇからな」


「わかりました、ありがとうございます」


「いいってことよ。ったく驚かされてばかりだ。それじゃあ、俺はキースさんのところで色々話してくるよ。お前らはどうする?」


 ルシードは一緒に行こうかとも思ったが、まだ何も食べていない。昼はとっくに過ぎているが、何か食べたいところだ。


「お昼がまだなんで、キースさんのお宅で何か食べさせてもらえないか聞いてみます。マーカスさんは僕たちも手伝うことをキースさんに伝えてもらえますか?」


「わかった、伝えておくよ。しばらくキースさんのところにいるから、用がすんだら来てくれ」


「はい、お願いします」


 そこでルシードはマーカスと別れる。本当にお世話になったと、ルシードはマーカスの遠ざかる背中を見送り、アルマリーゼのもとへと向かう。


「お待たせ。次はキースさんの家に寄らせてもらおう」


「わかったわ。でも、人間にもお人好しがいるのね。自分だけが価値を知っているなら安く買い取ってもよかったでしょうに」


「僕はそんな人にこそ商人になって欲しいけどね」


「そうね、否定はしないわ。それに、良い情報も得られたし」


「良い情報?」


 ルシードにとってはどれも良い情報だった。アルマリーゼがどれのことを言っているのかがわからない。


「王が病に伏しているってところよ。もしも王位継承権の争いになれば、内乱が起こるかもしれない。そんなことをレナード様が許すはずはないわ。今は王都にいる可能性が高い。……まあ、他の街で情報を集めるのを忘れてはいけないけれどね」


「なるほど、確かにそうだ」


 国を救った英雄ともなれば発言力も高いだろう。戦争を起こす可能性がある王子を止めに、王都にいるという予想は間違っていないかもしれない。


「それじゃあ、キースの家へ向かいましょうか」


「そうだね。確か赤い旗が飾ってあるって……あそこかな? 扉に旗がある」


「みたいね。いきましょう」


 アルマリーゼが先行し、ルシードはその背中を追った。

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