012 クレッグ村
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「そこで止まれ! この村になんの用だ!?」
理由はわからないが、どうやら警戒されてるようだと感じたルシードは、どうやって誤解を解いたものかと考えていたが――
「こんにちは。私たちは旅をしているのですが、何かありましたか?」
口を開くよりも先に、アルマリーゼが応じていた。
「旅? こんなところを? いや、見たところまだ子ども……しかも女連れであるなら、あいつらの仲間ではないか。すまない、俺の勘違いだ」
ルシードは門番が気を緩めてくれたところで、改めて聞く。
「何かあったんですか?」
「ああ、このあたりには野盗が住み着いていてな。この村は比較的襲われないが、今は商人が来ている。ここ数日は他の村も襲われず大人しいそうだが、あいつらがやって来る可能性は高いと思ってな……警備を強化していたんだ」
門番の言葉から事情を察したルシードは、村に入れてもらうのにも名乗るべきだと思い、口を開く。
「そうですか……山の向こうにある僕の村も、先日盗賊に襲われたばかりです。村は無事ですが、僕たちは訳あって王都に向かう途中でして……僕はルシード、彼女は――」
「アルマリーゼよ、よろしく」
「そうか、山の向こうといえばミレット村か? それは大変だったな。村が無事で何よりだ。俺はキース、このクレッグ村の警備隊の長をしている」
ルシードとアルマリーゼは名乗り、警備隊長――キースとそれぞれ握手を交わす。
「野盗の数は多いんですか?」
「中央から流れて来た者たちが集まり、すでに五十を超えていると聞く。この村は他の村と比べて被害は少ない方だが、商人がいる間は特に注意しないといけなくてな」
「そうですか。何か手伝えることがあったら言ってください」
ルシードは自分の村が襲われたこともあり、他人事ではすませられない。自分にできることがあるならばと、手伝いを申し出る。
「それは助かる。俺はここを動けないが、村でゆっくりしていってくれ。商人なら広場の方にいる。俺の家は広場に面したところだ。扉に赤い旗が飾ってあるのが目印。家には妻がいるから、腹が減ってるなら頼るといい」
「わかりました、ありがとうございます」
「他に何か聞いておきたいことはあるか?」
「そうですね。次の村か、街まではどれくらいありますか?」
次の場所までの距離がわかれば食料も準備しやすいと思い、ルシードは尋ねる。
「そうだな。南西に行けばオークウッド村がある。北東に行けばダンヴァースって小さな街だ。どちらも歩く速度によるが……オークウッドは一日半、ダンヴァースまでは二日ってところだな」
「少し遠回りになるけれど、街には寄りたいわね」
アルマリーゼの声に、キースはそれならばと別の案も伝える。
「王都の方角へ向かうなら、途中にエンバリーって街があるぞ。こちらは四日から五日はかかるが、ダンヴァースよりも一回り大きな街だ。それまでにメラーズ村かドノホー村があり、メラーズ村まではだいたい二日、ドノホーは真っ直ぐ向かうなら森を通るからな……二日と少しと言ったところか。ただ、森を通った場合は魔獣が出るかもしれんから注意が必要だ。ドノホーからもエンバリーまでは二日だな」
「あら、そうなの? それなら、エンバリーへ向かうのも悪くないわね」
アルマリーゼの声を余所に、ルシードは考える。
次の村まで二日なら村経由で直接エンバリーへ向かっても問題はなさそうだが、問題は森だ。安全にダンヴァースを経由して向かうべきか……それとも危険と知りながらも森を通るべきか。
「迷っているならマーカスさんに地図を見せてもらうといい。マーカスさんは商人の名だ」
迷っているところへキースの声が届き、ルシードもそれがいいと返事する。
「そうですね。それから決めようか?」
「ええ、そうしましょう」
「それじゃあ、会いに行ってみます」
「ああ、自分の村だと思って、ゆっくりしていってくれ」
「はい、ありがとうございます」
ルシードはキースに礼を言って村へと入る。
「とりあえず商人のいる方へ行ってみようか。キースさんは家でお昼食べていけって言ってくれたけど、何もしないでご馳走になるのも悪いし、商人のところに食べ物があるかもしれない」
「あなたがそれでいいなら、私は構わないわ」
「なら決まりだ」
商人に会うのは初めてで、どんな物があるのか楽しみだと思いながらも、ルシードには気がかりがあった。
「しかし、野盗か……」
「野盗がどうかした?」
ルシードには野盗について思い当たるふしがあった。そのことをアルマリーゼに伝えるべく、口を開く。
「いや、僕の村を襲った盗賊は山を越えて来ただろ? だとしたらこっちの野盗と同じ一味なのかもしれないと思ってね。キースさんがここ数日大人しいって言っていたのも、半数……もしくは、半数以上が僕たちの村に向かったのが原因かもしれない」
「確かにその可能性は高いわね」
「あいつらの仲間だったら放っておけないよ。アルマ、今夜はここで泊まらせてもらおう。もしあいつらが来たら、この村を守る手伝いをしたいんだ」
「野盗退治……ねぇ」
ルシードは自分の村ではないからと放ってはおけず、自分の考えを伝えるが、アルマリーゼは乗り気でないように見える。先を急ぐ気持ちはわかるが、ルシードとしては、なんとか説得したいところだ。
「そういえば……あなた、お金はいくら持っているの?」
何と言って説得しようか考えていると、アルマリーゼは急に話題を変えた。ルシードは疑問に思いながらも、アルマリーゼに機嫌を損ねさせまいと話に乗る。
「お金? 持ってないけど?」
「……え? お金よ? 持ってないの?」
「うん、持ってないよ?」
ルシードは本を読むことで金の存在は知っていたが、村では必要とされず、ルシードを含め、村の誰一人として持ってはいなかった。
「あなた……商人に会ったら、どうやって商品を手に入れるつもりなの?」
そこでアルマリーゼが何を言いたいのかやっと理解したルシードは、背負っていたカバンから木彫りの人形を取り出して見せる。
「これだけど?」
「……何よこれ?」
「何って僕が木を削って作った人形だよ。どうかな? 結構自信作なんだけど……」
「感想を聞かれても……あら、器用なものね、ちゃんと人に見えるわ」
ルシードに手渡された木彫りの人形を受け取ったアルマリーゼは、たいしたものだと感心する。
「ただ、一体しかないんだよ。他に交換できそうな物って言ったら、色のついた石ころしかない……」
「石ころって……え? 交換? もしかして、この人形や石ころと商品を交換してもらうつもりだとか言わないでしょうね!?」
アルマリーゼが何かに気づいたように驚くが、村の男たちが外で商人と出会った時には狩りで得たものや、自分の村から持ち出した物などと交換をしていたと聞き及んでいたルシードには、物々交換が当たり前だ。
「うん、みんなそうだけど……?」
「げ、原始的なのね。それともこんな僻地ならそれが当たり前なのかしら……。普通はお金を使って商品を買うのよ。確か……私の時代ではわかりやすく価値が決められていたわ。上から金貨、銀貨、銅貨の三種類。それぞれが他の合金と混ぜられているから使用している割合が違うけれど、金が一番上になるように作られていたわね。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚と決められていたはずよ。今もそう大きくは変わっていない……と思うわ。商品にはそれぞれ値段が決められていて、必要な枚数持っていないと商品は買えないの。これから必要になるから覚えておいてね」
ルシードがお金の存在自体を知らないと思っているのか、アルマリーゼは溜め息一つ吐いて説明してくれる。
しかし、わざわざ説明してくれているのだ。ルシードは素直に受け取り、返事する。
「わかった、覚えておくよ」
「……テーオバルトのやつ、このあたりではお金が必要ないからって教えなかったのね」
アルマリーゼが思わぬところでテオに疑いをかけたことにルシードは反論しようとしたが――
「それなら、野盗退治はした方がよさそうね」
アルマリーゼの口から続けて出た言葉に、動きを止めた。
「今この村には商人が来ているでしょう? この村にお金がないとしても、商人は持ってる可能性が高いわ。この村以外へも移動しているなら尚更ね。この村を野盗から守って村からお金をもらえなくても、商人から礼金としてもらえる可能性があるんじゃないかしら? それに、野盗のアジトを見つけることができれば、中には売れる物がたくさんあるはずよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあ、こっちが野盗みたいじゃないか。別にお金が欲しくて村を守るわけじゃない。困ってる人を助けたいだけだよ」
アルマリーゼの言いたいことはわかったが、それではこちらが野盗のようだと、ルシードは反対する。
「甘いわね。ここから王都までどれだけあると思っているの? 親切にしてくれるのはこんなド田舎だけ。王都に近づけば近づくほど、お金って物は必要よ」
ルシードもそんなド田舎に住んでいた一人なのだが、アルマリーゼの言い分もわかる。お金がなければ野宿をしなければならない。食べる物にも困るだろう。
「……わかったよ。商人には掛け合ってみる。けど、野盗から奪うのはなし。……まあ、そのまま野盗のアジトに置いといても意味はないから村に運ぶことになるだろうし、その時に分配されたらもらうってことにしよう」
流石に奪うのはどうかとルシードは思うが、野盗のお宝にも興味はあると、少しだけ変更した。
「……いいわ。私も村を出て、いきなり野盗紛いにするのはちょっとどうかと思うしね」
「いきなりじゃなくても、野盗にはなりたくないよ」
英雄を目指した成れの果てが野盗では、テオに顔向けができるはずもない。ルシードは口を尖らせる。
「……まあ、この話は終わりとして、それで人形の方はどう思う?」
これ以上野盗の話を続けても得るものはないと、ルシードは話を戻すことにした。
「そうねぇ……私は人形遊びはしないし、置物として見てもよくできているとは思うけれど、価値まではわからないわ。商人次第でしょうね」
「それもそうか。ちなみに、アルマはお金持ってないよね?」
ルシードは一応と思い、お金の話を出したアルマリーゼにも確認しておく。
「ええ、持っていない――というより、持ったことがないわ」
「え? 持ったことないの?」
「この国は私が生まれた時から戦争をしていたのよ? 戦場でお金なんてなんの役にも立たないわ」
ルシードは想像して納得した。確かに戦場では商人がいないだろう、お金を出して命乞いするのは、馬鹿がやることだ。
「だから私も、実際に銅貨一枚がどれほどの価値があるかも知らないわ」
「なるほどね。だとしたら、物の価値が全くわからないな……ん? あれかな?」
広場に着くと、大きな荷台が広場の中央に陣取っていた。荷台の前には二頭の馬、ルシードは本で見たことがあっても、初めて目にする動物だった。
「あの動物が馬?」
「ええ、見るのは初めて? 比較的大人しい動物だけれど、後ろに立つのは止めておきなさい。蹴られるわよ」
「わかった、覚えておくよ」
そのまま馬車に近づくと、男が商品を並べた後ろに座っていた。昼時だからか、ルシードたちの他に人はいない。
ルシードは商人であろう男に話しかけた。