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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第一章
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001 序

 ◆


 ――英雄レナード。

 五十年前に起こった魔族との戦争で幾度となく勝利を収め、魔王を倒した勇者。

 その後は各地を回り、疲弊した人や土地、果てには行き場を無くした魔族にも手を差し伸べた救国の英雄。



「いつか自分も……」


 少年――ルシードは読んでいた本を閉じ、つい口にした。

 しかし、英雄になりたい、とまでは言わない。

 地図に載っているかも怪しい北の果て、ルシードの住むミレット村は、そのほとんどが雪と氷に囲まれて何もない。

 今日も大人の男たちは村の警護に数人残し、食料を求めて村の外へと狩りに出ている。子どもたちは村から出ることを許されておらず、村の手伝いだ。

 そんな中、ルシードは小さなころから子守唄代わりに聞かされた英雄の物語に胸を躍らせていた。

 それは何もないこの地では、自然なことなのかもしれない。子どもたちは外の世界へと興味を持ち、たとえ英雄とは呼ばれなくとも世界には出てみたいと、一度は夢をみる。

 ルシードも次の誕生日で十五歳。成人を迎えたら村を出ようと決めていた。

 それまでに反対する父さんと母さんを説得しなければいけないな、とルシードは頭を悩ませる。


「おーい、ルシ兄ィ! そろそろ行こうぜー?」


 ルシードがそんなことを考えていると、家の外から声がかかった。

 窓辺に近寄り確認すると、近所に住む二歳年下のカルロの姿が目に映る。その隣には先ほどの声の主である三歳年下のラウルとクララの双子の兄妹が立っていた。この三人とは歳が近いこともあり、よく一緒に行動しているのだ。


「今行くよ!」


 部屋を飛び出したルシードは玄関へと向かう途中、暖炉の前で椅子に腰かけ、裁縫に勤しむ母の姿が目に入る。

 最近になっていきなり裁縫に目覚めたのか、何やら作っている様子だ。手が空いている時を見つけては、もっぱら裁縫に時間を取っている。


「いってきます!」


 ルシードは自分に気づいていない母へと声をかけた。

 その声に、母は布を広げながらかしげていた小首を戻し、いつもの微笑みをルシードに向ける。


「お弁当は持った? あまり遅くならないようにね。テオさんにもちゃんとお礼を言うのよ」


「わかってるよ! お弁当も持った!」


「ふふっ、いってらっしゃい」


 これからルシードが向かうテオの小屋とは、村の外ではあるが、唯一村から出ることを許された場所だ。

 ルシードは逸る気持ちを抑え、玄関横の外套掛けから、最近少し小さくなった外套を手に取り、玄関を抜けて三人の幼馴染たちの元へと急ぐ。


「今日は寝坊しなかったみたいだな」


 外に出てすぐに活発な少年、ラウルの声がルシードの耳に届く。


「ルシ兄は朝弱いのに、珍しいこともあるもんだね」


 次に口を開いたカルロの声に、ルシードは驚く。誰に対しても礼儀正しく、冗談など口にしたことすらないのではないかと思われるカルロまでもがラウルの話しに乗ってきたのだ。

 ルシードは何事かとクララに目を向けるが、今のやり取りを聞いていたクララはよく寝坊するルシードを思い出したのか、はたまたラウルの話しに乗ったカルロが面白かったのか、普段大人しいはずの少女は両手を口に当て、笑い声を外に漏らさないようにしているようだった。

 下手なことは返さない方が良いと判断するが、流石に無言を貫くわけにもいかず、ルシードはしぶしぶ口を開く。


「睡魔の誘惑に勝てる方法を知りたいね。カルロとクララはわかるけど、ラウルはどうやって起きてるのさ?」


「お、俺!? ……あー、俺は朝になると…………そう! 自然と目が覚めるんだ!」


 ルシードの質問に、ラウルは焦った顔と今考えたであろう答えを返すが、ルシードは騙されないとばかりに無言でジト目を向ける。

 すると――


「お兄ちゃんは、私が起こしていますから」


 ラウルの妹であるクララがルシードに向かって口を開いた。

 それを聞いたルシードとカルロは、ともに笑みを浮かべる。


「……なるほどね」


「クララ! それは内緒にしてくれって言ったじゃないか!」


 上手く誤魔化せたと思っていたラウルはクララに文句を言うが、


「昨日の夕飯で嫌いな野菜をこっそり私のお皿に押しつけたお返しです。ちゃんと見てたんですからね!」


 クララはそれに取り合わない。

 これにラウルは何も返せなくなる。昨夜の出来事までもが気づかれているとは、思いもよらなかったのだ。


「それで、カルロはどうやって?」


 ルシードはそんな二人のやり取りを横目に、カルロにも聞いてみることにした。


「ラウルのセリフじゃないけど、いつも同じ時間に寝れば、自然と同じ時間に起きられますよ。クララもそうじゃないかな?」


「そうですね、私も寝る時間はいつも同じです」


「……優等生の二人に聞いたのが間違いだったよ」


 カルロの言葉を当然とばかりに同意するクララ。ルシードはとても真似できそうにないとお手上げだ。


「そんなことより早く行こうぜ? のんびりしてたら時間がなくなっちまう!」


「あんたたち、ちょっと待ちな!」


 自分の面白くない話が続きそうだと思ったラウルが先を急ごうと走り出そうとした時、一際大きな声が四人の背中に投げかけられた。


「げっ! アマンダ!」


「アマンダさんだろ!」


 声をかけた女性を見たラウルが叫ぶと同時、ラウルの頭にアマンダと呼ばれた女性の拳が飛んだ。

 それを見ていたルシードは、ラウルは相変わらず怖いもの知らずだな、と他人事のように感じながらも、ある意味見習いたいものだとも思う。

 アマンダはこの村で一番の大物――いや、そのふくよかな体型のことではない。

 村では冷たくて固い大地で畑を耕し、寒さに負けない野菜を育てている。その畑の主導的な立場にいるのがアマンダだ。

 歳は三十を超えたあたりだが、村の男たちもアマンダには頭が上がらないようで、強気に出る者はいない。


「おはようございます、アマンダさん」


 ゲンコツをもらってうずくまるラウルを尻目に、残りの三人は揃って挨拶する。


「ああ、おはよう。これからテオさんのところに行くんだろう? 畑で作った野菜だ、持って行っておくれ」


「はい」


 アマンダに差し出された包みを、ルシードが受け取る。


「あんまり迷惑かけるんじゃないよ。それと、怪我したら帰りにうちに寄っていきな。薬草で作った傷薬があるから、塗って帰るといい」


「ありがとうございます」


 アマンダはルシードたちの返事を背中で受け止め、片手を振りながら畑の方へと去って行った。

 立ち去る後姿も、男らしい力強さを感じる……などとは思っても口に出してはいけない。

 村の誰もが恐れる怖い人ではあるが、面倒見が良く、相談事にも真剣に話を聞いてくれる村のお母さん的な立場なのだ。ルシードも信頼し、尊敬している人の一人である。


「ぐっ――いてて、たんこぶになったらどうしてくれるんだ」


「どうしてラウルはいつもアマンダさんに突っかかるんだ?」


 ルシードは歩き出しながらラウルに尋ねる。誰にでも物怖じしないラウルではあるが、アマンダに対する接し方だけは、少し違うように感じたからだ。


「それは僕も興味がありますね」


 ルシードの質問に、カルロが重ねて聞く。クララも気になるのか、首をこくこくと動かしていた。

 これに対し、頭を押さえていたラウルは恥ずかしそうに顔を背け、小さな声で、


「……誰にも言うなよ?」


 視線だけを他の三人に向けて確認を取る。


「あ、ああ」


 ルシードは考える。

 こんなラウルは初めて見るかもしれない……まさかとは思うが、人に言えないような秘密をアマンダさんに握られているのだろうか、と。

 そんなルシードの隣を歩くカルロとクララも、いつも以上に真面目に話を聞いているようだ。


「その…………好きなんだ」


「……は?」


 ラウルが何を言ったのかが理解できず、三人は首をかしげる。そんな三人に気づかぬまま、頭で理解しようと努める三人を置き去りにしてラウルは続ける。


「一人前の男に認められたらアマンダを……えっと、およ、お嫁さんに!」


 その後も、ラウルはアマンダのことをアレが良い、コレが良いと顔を赤らめつつ、だが休むことなく続けているが、三人の頭には何も入っていない。


 勇者って意外と身近にいたんだな……きっとカルロとクララもそう考えているに違いない、とルシードは今も口を開き続けているラウルを見て確信する。

 そうこうしている内に、気がつけばテオの住む小屋へと到着していた。

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