こんなのただのゲームだ
見たこともない警告が、数えきれないくらい、唯斗の周囲を取り囲んでいた。
蛍光色のトラ縞や、明滅するテキスト達。ドライバーの母国語に合わせてあるので、そのいくつかは日本語だった。
敵味方識別装置や戦闘支援AI、C4Iシステムが発する警告だ。
チームメイトは全員ログアウトした。遺棄された村に残っているのは唯斗だけだった。
「……これで満足かいキオミ。期待通りの反応だろ」
唯斗の問いかけに、作戦オペレータの〈キオミ〉は、ごく平静な声で応答した。
『ヌエは、特定の心理的圧力下で、感情をコントロールできなくなる』
特定の心理的圧力って、子供の死体のことだろうか?
馬鹿馬鹿しい。これは訓練だ。ただのシミュレータだ。あんなもの、どんなにリアルだったとしても、所詮はCGだ。
『すすめる。カウンセリング』
「カウンセリング?」
カウンセリングなら一度受けた。
――あなたに責任はありません。もしあなたが罪の意識を感じているのなら、それはあなたが正常な神経を持つ人間である証拠です。
モニターの向こうのカウンセラーは言った。
金髪をヘアバンドでまとめた、中年女性だった。健康を害しそうなくらいの体重。カウンセリングが必要なのは自分ではなくてこの女の方だ、と唯斗は思った。
ふざけんな。どうしてぼくがよく知らないアフリカの子供のことで、罪の意識を感じなきゃならないんだ。
「ぼくを試すな……」
『心のバランスを崩す人もいる。プレイヤーの心的外傷後ストレス障害は問題になっている。観察は必要』
「必要ない。余計なお世話だよ。こんなのただのゲームだ」
もちろん唯斗には分かっている。唯斗にはゲームだが、リジエラの人達には現実だ。
それでも唯斗たちが破壊しているのは、車輛か建造物だ。実際に血を見ることもないし、敵の顔を見て、目を合わせることもない。
アフリカ大陸なんて、遠い異世界だ。唯斗には関係ない。
『罪の意識なんかいらない。死に触れているだけで、人の心は壊れる……まともな人間なら誰でも』
唯斗は自爆シークエンスを起動した。〈キオミ〉の許可がなくてもログアウトできる、いくつかの方法の一つだ。
もうおしゃべりは、たくさんだった。
「ぼくにかまうな……こんなのただのゲームだ。いつやめたっていいんだ」
『それは嘘。ヌエには戦場が必要』
「どうして戦場なんだよ」
『それは自分に聞いて』
画面には自爆までの秒数が表示されている。表示された小数点以下三桁までの数値は、すごい勢いで時間を刻んでいる。
『今回の訓練はノーカウント、意地悪な設定だったから』
視覚野は唐突に暗転し、バルバロイの終了シークエンスが始まった。ゲーム制作会社のロゴ、生体情報のチェックリポート。【ネブラ・ディスク】のロゴアニメーション。
感覚器が肉体に戻ると、唯斗は三万円もする高級ゲームパッドを握って、自宅の机の前だ。ヘッドギアを外すと、部屋は静まりかえっていた。