反証の必要がない呪い
チャドに駐留するアメリカ軍との共闘作戦なので、進入は空輸で行われる。ティルトローターに懸垂されて快適な空の旅だ。
唯斗は、オスプレイの幅広な胴体を見上げた。
夜明けが近いので、機体は、ピンクとも青ともいいがたい、なんだかこの世でない場所を思わせるような色に染まっていた。
前後に設定されたカーゴフックから伸びたワイヤーは、唯斗の【ピクシー】に繋がっている。周囲を見渡すとチームの他の機体も、ぶらさがったまま運ばれていて、なんだかワーグナーのワルキューレの騎行が聞こえてきそうな壮観な光景だった。
もう老朽化し退役を間近に控えた機体は、やや傷んでいて不安が残るけれど、長年の就役でくすんだシルエットには、プルーフされた兵器独特の凄味があった。
眼下には、リジエラのサバンナが広がっていた。
早朝なのに、もう煙が立ち上っている。目を覚ましているのはゴミの荒野みたいなスラムで、ガラクタをあさる子供たちや、札束を数えるチンピラの姿が、足元を過ぎてゆく。
動作チェックはもう終わっていて、バッテリーを温存する為に、機体はスリープモードになっていた。だから空中にある間、唯斗たちにとりたてて処理しなければいけない仕事はない。
たぶん、リジエラでの任務は、これが最後になる筈だった。
あんまり退屈なので、唯斗は、ついつい任務とは違うことを考えてしまう。
たとえば『ハルシオン』のことだ。
『ハルシオン』は、いかなる国家、組織、あるいは宗教的信条にも組することのない、中立的な団体であると、世間では言われている。
唯斗の考えでは、『ハルシオン』はいかなる思想にも肩入れしない、のではなく、いかなる思想も理解できないのだ。
”アーキタイプ”システムは憎悪という感情を知らない代わりに、友愛という概念も持ってはいない。
それはただの、人の死を最少化するという命題を与えられた、感情のない機械に過ぎない。人の死を最大化するという目的を与えられても、今と同じように効率的に機能したはずの、単なるソフトウェアだ。
その証拠として『ハルシオン』が集めた予算の半分は、医薬開発や、メンタルヘルスの分野に投資されている。
戦場で理不尽に殺害される人間より、病気や交通事故で不幸な死を遂げる人間の方が多い。年間自殺者は、交通事故による死者よりさらに何倍も多い。
”アーキタイプ”システムにとっては、不毛な戦争に介入するより、そっちを攻めた方が、ずっと効率がいいのに違いない。機械らしい、明快なロジックだ。
言い訳が容易いだけの、ただのテロ行為だと言う人もいる。
『ハルシオン』の準軍事活動のことだ。的外れな意見じゃない、と唯斗は思う。なにが正義かなんてニュースではわからない。
暴力はなにも解決しないという人がいる。唯斗も同感だ。
誰かの強靭な意志を曲げるには、その人物を殺害するしかない。実力行使とは、その悲しくも不毛な前提条件をなぞるだけの、反証の必要がない呪いだ。