話し合いのテーブル
あれから、アリーは時々、休暇をとって唯斗の部屋を訪れるようになった。
おかげで唯斗は、『外国人少女売春組織を頻繁に利用する引きこもりの変態』という難解な噂のまとになった。
唯斗自身は、なにひとついい思いをしてないのに、悔しくて涙が出そうだ。
いつものように唯斗の部屋でゲームをしていたアリーは、突然、ゲームパッドを投げ捨てて、うんざりした顔で言った。
「ゲームばっかり。外国人憧れの日本まで来ているのに、いつも部屋にこもってゲームばっかり。それも二十年前に発売されたゲーム。あたし女の子なのよ、ヌエ。スイーツとか買い物とか、あたしを喜ばせるようなことは、絶対にできないの? この部屋くさいのよ!」
「だって、まだ一度も勝ってない」
「あきらめなさいよ! 無理なんだから」
「……もう一回だけ」
「それより他にして欲しいことってないの?」
アリーは、唯斗の体に乗りかかって、挑発的に顔を寄せた。首筋に息がかかる。一見、子供がじゃれているような光景だけど、アリーは大人のスリルを味わっているつもりだ。
最近、こういうことが多いな、と唯斗は思う。
アリーは自分が可愛いことを知っているので、余計にたちが悪い。自分たちが獰猛に見えることを最大限に利用するヤクザと同じだ。
こんな光景をアリーの父親に見られたら、たぶん、唯斗は秘密裏に消される。なにしろアリーの父親は、自分の娘を誘拐犯から救出する為に、『ハルシオン』の実働部隊を金で雇った実績があるのだ。
「いや、べつに。なにもないよ」
「ねぇ、あたしは欲しい物はどんなことでもして手に入れる主義なの。文字通り、どんなことでもよ。あたしの言っている意味、わかる?」
たぶん、アリーこそ自分の言っていることの意味を分かっていない。想像だけだ。こういう悪い子には、きついお仕置きが必要だ。
「わかった。じゃあ今からやってもらう」
「えっ……い、今から。ちょっと待ってさすがに心の準備が……」
ほら、みろ。背伸びするからだ。
「準備なんかいらない。なんでもするって言ったじゃないか」
「わ、分かったわよ」
アリーは顔を赤くした。うつむいてもじもじする。悔しいけれど、ちょっと可愛い。
「どうすればいいの?」
「ここへワンコ座りで座って、三かい回ってから、ワン(バウ)っていってもらおうか」
アリーは困惑していた。難解な数式に挑んでいるような顔だった。状況を理解するのには時間が必要みたいだった。
「よくわからないんだけど……本気?……そういうのが、いいの? そういう趣味なの?」
「そう、すごく興奮する」
アリーは唇を噛んで立ち尽くしたまま、なんだかすごく内的な葛藤をしているみたいだった。
「……どうしても必要なの?」
「どうしても」
アリーの白い肌を、冷たい汗が這った。
終わってから、おなかがよじれるほど笑って、唯斗は涙目のアリーにグーで殴られた。
そんな馬鹿をしていた三か月後、イスラム過激派グループとリジエラ連邦政府は、話し合いのテーブルに着いた。二十年も続いた内戦は終止符を打った