それならそれでいい
ピクシードライバーの視覚には、僚機のステータスがわかりやすいアイコンで表示してある。バッテリーの残量、搭載武装の状態、故障個所、など。
それとは別に、リーダーであるアリシアの視覚野には、チームメイトの生体情報が表示されている。
アリシアは、〈ヌエ〉の心拍と呼吸数が跳ね上がるのを見た。警告の表示、心拍と機体の速度がマッチしていないという警告。状態確認するべきだというメッセージ。
「ヌエ! なにがあったの? 報告して」
〈ヌエ〉のステータスが視覚野から消えた。落ちてはいない。ネットワーク接続のアイコンは消えていないのだ。
考えられるのは僚機がウィルスに汚染され、被害拡大が考えられる際に使用する自閉症モードだ。C4Iシステムの恩恵を一切受けられない代わりに、外部からの入力を一切受け付けない。接続は端末から【ピクシー】に直接となる。
「チャーリー、下がって。戦闘警戒よ」
「どったのアリー。シリアスで、びびるぜい?」
「ふざけてないで索敵。対象は〈ヌエ〉機よ」
「冗談でしょ?」〈チャーリー〉が言った。肩をすくめるのがわかるような、おどけた調子で。
「冗談でミサイルは飛んでこないわ。回避行動とりなさいよ!」
「敵味方識別装置の故障だろ。必要ないと思うけどなぁ」
アリシアは苛立ちを押えるのに苦労した。チャーリーはいつもこんな感じだ。だいたい<Charles Manson>は、妊娠した女優を惨殺した、頭のおかしい宗教家の名前だ。ふざけすぎている。ふざけているから痛い目にあうのだ。
「ああ、そう。じゃあスコア落としたら」
〈チャーリー〉は目の前で直撃弾をくらった。
点滅と大きな警告音。〈チャーリー〉機のステータスが赤いロスト表示に変わる。
「どうなってるの?」
「上空から確認した。ヌエがチャーリーをやった。迅速、かつ正確に」
別段驚いた様子もなく〈カイト〉が言った。
「なんで⁉」
「知るか。それより指示」
「キオミ。攻撃を?」
『……許可。破壊してもいい』
あたしの作戦で、なんてことしてくれんのよ。
アリシアは体に染みついた訓練によって回避行動を続けていた。友軍機を攻撃するなんてありえない。スコアを落とすどころじゃない。下手したら搭乗資格を剥奪される。
【フランキスカ】の発射煙で、一瞬だけ露わになった〈ヌエ〉の機体は、熱光学迷彩のゆらぎを残して、家屋の陰に消えた。
「ヌエ! 黙ってないで、なんとか言いなさいよ!」
訓練シチュエーションにだって、『ピクシー』同士の戦闘は想定されていない。
あらゆる手段で索敵を行うちに、アリシアは、手になじんだゲームパッドの手触りで、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
作戦を台無しにされたことには腹立ちを感じたが、それとはべつにアリシアはこの状況に奇妙な高揚感を感じ始めていた。
「アリー。おれは落ちる。こんなの意味ない。作戦続行は不可能だ」
「キオミ」
『仕方ない』
「いいけど、機体は残してよ。あたしが使うから」
「……アリー」
「まだ第五世代同士でやりあった奴いないのよ。これが人類史上初めて」
「そういうのわからないな」
と言って〈カイト〉はログアウトした。〈カイト〉の【ピクシー】はアリシアの制御下に入った。
「あたし、恥をかかされるのに、なれてないの」
そうだ。誰もがアリシアの前ではひざまずく。誰もそんなこと要求していないのに。でも彼らがつま先にキスをしている相手は、本当はアリシアじゃない。
アリシアではなくて、世界でも指折りの財力を持つ、その父親に媚を売っているのだ。
でも、それならそれでいい。
精一杯機嫌を取って、猫なで声で、気分がよくなるようなことを言えばいい。
そのかわり、口答えは許さない。
文句があるのなら、どんな方法でもいい、あたしを負かしてみればいい。
灌木の陰でゆらめく陽炎を確認した。光学迷彩の揺らぎだ。
アリシアのすぐ後ろだった。
「どんな機動よ。埃一つ立てないなんて!」
本当のことを言えば、理屈はわかっている。ただルート選択を厳密に管理して、完全にアリシアの死角を移動しただけだ。マジシャンのトリックと同じことをしただけ。
一見遮蔽物の少ない草原でも、十分な注意力があれば、そういうことが可能になる。
もちろん、誰にでもできるわけじゃないけれど。
アリシアはチャフをばらまきつつ、最大加速度で移動。人間が搭乗していれば失神ものの加速だ。
同時にアリシアは、砲塔を〈ヌエ〉に正対させた。
視認した。攻撃できる。