頭おかしいんじゃないの
それからは、火花が散るような、一瞬の思考だった。
唯斗は擲弾筒の発射方向を調整して、後方に向けてチャフを放出した。チャフは、薬剤とフィルム片をばらまく、一種の炸裂弾筒だ。破片での効果を期待しないので、音響爆弾に近いものとして使用できないこともない。
あくまで直感ではあるけれど、唯斗は効果半径と、アリーとの距離を推定し、爆風が構造の倒壊を促進するかどうかを、慎重に検討した。
もしかしたら、聴覚に障害が残るかもしれない。可能性としてはゼロではない。爆圧で次に損害を受けるのは眼球と肺だけれど、爆心がずれているので、そこまでのことにはならない筈だ。耳だけじゃなくて、全身に苦痛がある筈だった。気圧差は人体のあらゆる容器にダメージを与える。
頭蓋骨もそうだし、血管もそうだ。関節を包む袋や、骨髄にだって程度の違いこそあれ、なんらかの影響がある。
重大な障害が残らないのは保障できるけれど、軽度の障害は神に祈るしかない。
爆発と同時に、アリーは棒で殴られたみたいに倒れた。両手で耳をふさいで、体が丸くなった。
万が一にも破片が当たったりしないよう、唯斗はアリーを機体の下にかばった。踏み潰してしまわないよう、慎重に機動する。二〇〇〇メートルからの精密砲撃よりも、緊張と集中を強いられる作業だった。
花吹雪みたいなフィルム片が舞う中で、アリーは薄く鼻血を出して、息も絶え絶えだった。
『アリー』
アリーは、億劫捜そうに薄く眼を開けて、うめくように言った。
「耳聞こえないし……あんた、頭おかしいんじゃないの……死んじゃうとこじゃない」
と、アリーは混濁した意識のせいか、矛盾したことを言って、意識を失った。
倒壊を恐れない勇敢な警官が何人か駆けつけてきて、アリーの胸に耳を当てて、鼓動や呼吸を確認した。
警官は、唯斗の機体に向かって、大丈夫だ、と頷いて見せた。
担架がやってきて、アリーの小さな体は、荷物みたいに運ばれていった。
アリーが救出されてから、十五分後、立体駐車場は倒壊した。
粉塵が押し寄せて、消防士や警官が逃げるのが見えた。周囲の避難は、すでに終わっていたので、人的な被害はない。
〈カイト〉と〈トラッシュ〉はその様子を眺めながら、口笛を吹き、手を叩いて喜んだ。その不謹慎さに、真面目なキオミはひどく憤慨をしていた。