嘘でもうれしいわ
この状況は、紛れもない現実だった。学校の退屈よりも、アフリカの流血よりも、もっともっと深刻で差し迫った、本物の現実だ。
自分が長い間なにを恐れていたのかを、唯斗ははっきりと理解した。唯斗は、なにか自分にとって特別な存在を持つことを、怖がっていたのだ。
『ハルシオン』を信じて、幻滅することに怯えていた。
リジエラの人々を愛して、心が痛むことを恐れていた。
チームを仲間と認めて、いつか裏切り、裏切られてしまうかもしれないことを、唯斗は耐えられないと思っていた。
けれど、もう手遅れだ。
唯斗は少女趣味ではなかったし、アリーのことは、どちらかと言えば、今でも異性というより戦友と言った方が近い認識だ。
それでも、アリーは唯斗の心に忍び込んでいた。認めたくはないが、大切な人間だった。
アリーを失くしてしまうかも知れない、という恐怖が、途方もない無力感が、唯斗の理性をばらばらにした。
いますぐ抱きしめて、無理やりにでも外へ連れ出したいと願ったけれど、唯斗の体は、遠く離れた日本で、自由になるのは、破壊することしか知らない、不器用な機械だけだった。
唯斗は生まれて初めて、神に祈った。
どうか、もう一度だけチャンスが欲しいと。
『だめだ、アリー……』
本気なのか、演技なのか、もう唯斗にもわからない。唯斗は、完全に打ちひしがれた声で、見苦しく、恥も外聞もなく、アリーにお願いをした。
『アリー……そんなの耐えられない』
アリーは、びっくりして目を丸くしていた。
「な、なによ、どうしちゃったのよ」
アリーはどぎまぎしながら言葉の意味をかみ砕いているように見えた。それから、しばらく難しい顔をしていて、宗教画の女性みたいに慈愛に満ちた顔で微笑んだ。
「嘘でもうれしいわ」
アリーは、銃弾がちゃんと脳を破壊するように、銃の方向を調整した。