嘘つきは地獄に落ちるって
階下では、まだ銃撃が続いていた。
〈カイト〉と〈トラッシュ〉は、おそらく爆弾処理で手いっぱいだ。
銃撃戦は、過激派グループと警官隊の間で起きている。
銃声は、しだいとまばらになっていたので、警官隊はもうすぐそこまで迫っているのに違いない。
フロアをつなぐ斜行路を上りきると、その階層は、建物の管理事務所が半分を占めていた。
屋内なので、しきりの壁は、石膏みたいな素材の簡単なものだった。どちらにしても【ピクシー】でドアをくぐることはできない。
ゆっくりと押すだけで、壁は粘土細工みたいに壊れた。
壁の向こうはビジネスオフィスになっていて、極力、壁を廃した、広い空間になっていた。
天井に埋め込まれた、味気ない白色LEDの下に、アリーが立っていた。
アリーは、長い栗色の髪を下ろして、ピアノの発表会みたいなドレスを、身に着けている。
テログループの人質になっていたとは思えない、優美で、繊細なデザインだ。
おかしなことと言えば、アリーを見張る兵士の姿がなかった。
アリーは【ピクシー】の姿を目にしても喜ばなかった。寂しげに、すこし笑みを浮かべただけだ。
「ヌエでしょ。あんな無茶苦茶、あんたにしかできない」
唯斗は、外部スピーカーに音声をつなぐ。
『帰ろう、アリー。迎えに来た』
アリーは唇を噛んでうつむいた。
「どうして来たのよ……もう、ピクシーには乗らない筈でしょ。こんなとこ、見られたくなかった」
アリーの頭には、ティアラみたいに華奢なデザインの、全感覚入出力装置が乗っかっていた。
『……アリー?』
「そうよ、そういうこと」
アリーは、ヘッドギアを外して、床に落とした。
「リジエラであんたたちの作戦を邪魔したのは、あたし。だって同じチームにいたら、あんたと戦えないでしょ」
唯斗は、【穿鎧】との苦闘を思い出していた。【穿鎧】のドライバーは、間違いなく唯斗たちと同じレベルの凄腕だった。
職業、という言葉だけでは片づけられない、常軌を逸した勝利への執着心。戦車と同時に無人攻撃ヘリを操る、圧倒的な処理能力。
「過激派の連中に、作戦情報を流していたのはあたし。あたしは卑怯な裏切り者で、自分のことしか頭にない、最低の生き物なの」
そう言って、アリーは泣いているような顔で笑った。
「いま、あんたと戦っていたのもあたし。あたしは、助けにきてくれたみんなを返り討ちにしようとしたのよ。だって、こんな無様な姿、誰にも見られたくないもの」
『アリー、そんなのいいんだ。だれも気にしない。無事であれば、べつにどうだっていいんだよ』
「あたしが気にするのよ、ヌエ。あたしはクリスチャンで、嘘つきは地獄に落ちるって教えられたの。無事に決まっているじゃない。誘拐なんか狂言なんだから……接触してきたのは向こうだけど、話を持ち掛けたのはあたし。パパがどんな反応をするか知りたかったの」
自分の目的のために、アリーは過激派グループを利用したのだ。
うまい話でおびき寄せ、鼻づらをつかんで引きずり回した。とてもアリーらしくて、なんだか切ない。
「笑うでしょ。あたしはいつも、もう死んでしまって、とっくにこの世にはいない人と比べられるの。パパはママにしか関心がないのよ」