悪戯好きな妖精
爆弾は、ドリルで開けた穴に挿入されていて、引き出されたワイヤーが壁の受信機に繋がっていた。それは建物の荷重を支える大きな柱を切断するように配置されている。
爆弾の数は無数、といってもいい程だったが、受信機は一つの柱に一つずつだった。
過激派兵士の目的は、建物を崩壊させて敵に損害を生じさせることで、安全に倒壊させることではない。
爆弾が下層部の限定された領域にしか配置されていないことを、カイトは祈った。
カイトは慎重に狙いを定めて、爆弾の起爆装置のみを破壊した。爆薬が安定性状の物かどうかは、爆発させてみないとわからない。今、この状況で余計な冒険をする気はなかった。
慎重に、とはいっても、それは巡航速度で走りながらのことだ。起爆装置は熱を持っていないし、画像解析ソフトにも認識されないので、視線で照準し射撃するしかない。
爆薬設置の法則性もわかってきた。強度上重要でない部分には爆薬を設置しても意味がない。
大きな柱、大きな梁、中央部、接合部、筋交い、不連続点、捜索のスピードはだんだん上がってきた。
不安はあった。起爆装置が主機にモニターされていれば、カイトたちが爆薬を次々と無効化していることが知られてしまう。現状では対抗処置を打ってこないので、おそらく大丈夫だろうと判断する以外にない。
「カイト、これ楽しい?」
〈トラッシュ〉の、げんなりした声が届いた。
「黙ってやれよ。終わったら奢ってやるから」
「ピクシーの姿で一杯やるの? シュールだな」
【ピクシー】とは、民間伝承に現れる悪戯好きな妖精だ。赤い髪に尖った耳、先の尖ったナイトキャップを被って、家人が寝静まった夜の間に働いて、貧しい人にプレゼントをする。
戦車に妖精の名前を付けたのは、おそらく設計者のジョークだろう。
誰も知らない森の奥で、一心不乱に踊り続ける陽気な妖精たち。実際に想像すると、それは悪夢みたいな光景で、あまり、ぞっとしない。
カイトは現れた兵士を三人、一瞬で打ち倒した。意識を刈り取られた人体は、十字型に展開したゴム弾と一緒に床を滑って行った。
もう、上まで届いたか?
カイトは、ヌエ機のステータスを確認した。フランキスカはまだ五発残っている。脈拍も呼吸も、正常域だった。ヌエは冷静だった。