無謀。信じられない
カイトは反射的にチャフを放出、レーザー光を遮ると共に、最高出力で後退する。すぐそばで弾頭が炸裂し、視覚野がコントラストを調整して瞬いた。
目標を見失ったので、弾頭が自爆したのだ。カイトたちの弾頭と同じ基本プログラム。【フランキスカ】か?
ひるんだ隙に、立体駐車場正面からゆらめく影が離脱するのを、カイトは確認した。あのシルエットは、【ピクシー】だ。どういうことだ?
カイトは混乱しつつも、回避行動を続ける。
たとえば、アリーも自分の【ピクシー】を隠し持っている筈だ。拷問すれば、操作キーを手に入れることはできる。あるいは【ピクシー】のCATIA(三次元設計データ)はオープンソースなので、程度の低いコピー品を生産することは、誰にでも可能だ。
中国製の最新鋭戦車がリジエラで投入されたように、誘拐グループは明らかにフランスの多国籍企業『オリゾン』の支援を受けている。
誘拐は『オリゾン』の知るところではないだろうけれど、誘拐グループが提供された資金と資材の一部を使用していることは間違いない。技術的支援があれば、あとは搭乗者の確保だけだ。
ま、どうでもいい。あれは獲物だ。
問題が一つあった。今回は対戦車用の武装を装備していない。攻撃の手段がないのだ。ゆらめく影に向けてカイトは視線誘導でゴム弾を発射してみた。敵の熱工学迷彩は、弾丸を受けるたびに、擬態するタコみたいにゆらめいた。
「うおっあぶねー」
トラッシュの機体が至近弾を受けた。弾切れを待つしかないか。しかし、時間が……。
長引けば長引くほど、アリーの生存の可能性は減る。
思案していたので少し注意力が散漫になった。兵士たちがロードブロックを用意しているのが視界の端に映ったが、対応するには、少し遅すぎた。
ロードブロックの成形炸薬が、カイト機の左輪をバーストさせた。爆発の衝撃を、システムが体感覚に再現する。タイヤは柔らかい無数の樹脂隔壁が重量を支えるタイプなので、パンクはあり得ないが、タイヤは真円度を失って機能を果たさなくなった。
致命的な障害ではないが、カイト機は一時的に制御を失った。
安定性を回復するのに手いっぱいで、回避機動がとれない。
敵の【ピクシー】が正対していた。ロックされたことを告げる警告音。
やべっ。
機能停止を覚悟した瞬間、敵の【ピクシー】は誘導を放棄して、遮蔽物の陰に隠れる。そのすぐ後に、至近弾が着弾した。カイト機も炸裂したミサイルの破片を受けた。危ない。直撃コースだった。
な、なんだ?
視覚野の友軍機ステータスにトラッシュの名前が追加された。<Trash(2)>。なんだそりゃ。
新しく出現した〈トラッシュ〉は、【フランキスカ】を装備していた。
「おい、トラッシュ。説明しろ」
『解説が必要』と〈キオミ〉
「あーごめん。あれはオイラの私物。個人的装備」
『あなたも? 横領は犯罪。みんな馬鹿なの?』
「なんだ、知ってたのかキオミ。そのことは秘密にしとこう」
『ヌエなの?』
「そうみたい。まさか本当に来るとは思わなかった」
『どうして教えてくれなかった?』
「ハルシオンとは無関係の行動だってさ」
『わたしたちもそう。ヌエは頭が悪い。ただ意地を張っているだけ。ピクシーに乗っていたら、マスコミにとっては同じ』
敵のピクシーは遮蔽物の陰を辿りながら、立体駐車場の中に消えた。〈ヌエ〉の機体がためらわずにその後を追う。
「あ、馬鹿! 爆弾が」
『無謀。信じられない』
「どうする? どうする?」
〈トラッシュ〉は焦っていた。ほんとうに気が小さい奴だ。
『不可能を可能にするしかない』
「爆弾掃討作戦開始だよ」
カイトは、一度ゲームパッドを膝に置いて、手の汗をぬぐった。
ったく、あいつとの任務は退屈しない。