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バルバロイ  作者: ずかみん
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戦争ビジネス

「アリーは、ぼくになにかを期待したりしない。アリーは、そんな甘ちゃんじゃない。ぼくもアリーも、善意なんか信じない。信じるのは、自分の諸元(スペック)だけ。キオミみたいに『ハルシオン』にだまされたりしない」


 〈キオミ〉は立ち止まり、土手の斜面にそれて、対岸を眺めた。

 水面を挟んだ向こう岸は、強い日差しで陽炎が立ち上っていて、まるで青い草が燃えているようだった。


「わたしはべつに騙されていない」


「ほんとうに気がついていないのかい? キオミの上部組織は人間だ。人間が偏見なくなにかを判断したりすることはできない。たとえ『ハルシオン』の意思決定システムが、偏見も感情も介在しない決断をしたとしても、それを現実のものにするのは、欲と虚栄心にまみれた人間だよ」


「ヌエ、やめて」


「やめない! そもそも参加者の雑談に過ぎない会員の意見が、どんなアルゴリズムを使えば、武力行使を行うなんて意思決定につながるんだよ? そんなのフィクションだ」

「ヌエ、やめて、お願い」

「ハルシオンが年間に集める寄付は、百億ドルだ。その半分は戦争行為のために消える。リジエラの国防予算は二十億ドルしかない。倍以上だよ! 監査もなく報告の義務がない五十億ドルは立派な戦争ビジネスだ! キオミだってハルシオンから報酬をもらっている。返上したかい? 無償で働いていた? 無理だね。収入がなければ生活できない」


「母のために……お金が必要なの」


「誰のためになんか知るか! 真っ黒だよ。ハルシオンは麻薬より汚いビジネスだ!」

「やめて……」

「いったいどこに、正義なんかがあるのさ!」


 唯斗は、〈キオミ〉が泣き崩れるのを見た。

 それで我に返った。これは八つ当たりだ。〈キオミ〉は。夢見がちなただの優しい市民で、なにも悪くなんかない。


「……ごめん。忘れて……ただの独り言だ。虫の居所が悪かっただけだよ」


 〈キオミ〉は、土手の斜面にうずくまり、膝に顔を埋めたまま言った。


「わかっている。わたしだって」


 〈キオミ〉は顔を上げた。涙と鼻水でひどいことになっていた。悪いことをしたな、と唯斗は思う。〈キオミ〉は振り絞るような声でつぶやいた。


「子供は夫にとられたの。裁判所の命令で近くに行くことも出来ない……母は病院のベッド。話しかけても返事もしてくれない。そういう病気なの……もし、ハルシオンを信じることができなかったら……もう、わたしには、なにもない」


 〈キオミ〉は涙をいっぱいにためた目で、唯斗を振り返った。


「ほんとうに、なにもない」


 たぶん、〈アリー〉も〈カイト〉も同じだ。大事な、なにかがあれば、ゲームなんか、最初から必要ない。


「ハルシオンの作戦には参加できない。もう決めたんだ。こんなの野蛮人のゲームだ。ぼくは現実(リアル)に戻る」


 〈キオミ〉は立ち上がって、ジーンズにくっついた草をはらった。それから一度も唯斗の方を見ずに、何事もなかったかのように歩き出した。一度だけ、大きな音を立てて鼻水をすすった。


「元気でね」


 と、〈キオミ〉は言った。確かに母親だとわかる優しい声で。

 唯斗は、駅の方角に歩いてゆく〈キオミ〉の後ろ姿を見送った。


 なんだか、とても喉が渇いていた。


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