人類の呪い
川沿いの遊歩道は、平日の昼でも、ロードバイクでトレーニングしている人や、定年した夫婦のウォーキングなどで賑わっている。唯斗は直射日光ですでに弱り始めていたが、雪みたいな肌の色なのに、か細くみえる〈キオミ〉は、案外なんともないようだった。
唯斗の先を、後ろで手を組んで歩いている。
透水性舗装の柔らかな感触は、芝生に似ていた。多孔性の材質なので水蒸気が立ち上ってくるような暑苦しさがある。
小さな子供と遊んでやる母親を見て、〈キオミ〉はまぶしげに目を細めた。やっぱり、きっと母親だったことがあるのだ。まなざしはどこか辛そうに見えた。
〈キオミ〉は、振り返らずに先を歩きながら言った。
「公式には、『ハルシオン』がアリーの身元について知ることはできないことになっている。だから救出作戦を立案する理由がない。誘拐は世界のあちこちでいつも起こっている」
「キオミが情報提供すればいいだろ。『ハルシオン』は協力者の安全を保障する。基本的な取り決めだ」
「有名人すぎる。マスコミが真剣にピクシードライバーを探し始めたら、戦線を維持できなくなる」
「へぇ、『ハルシオン』はこの件に関与したくないんだ。見殺しにするということだよね。人道団体が聞いてあきれる。いよいよ本性を現し始めたみたいな感じ?」
「そんな言い方やめて」
〈キオミ〉は熱心な『ハルシオン』の信奉者だ。カルトチックな信者は世界のあちこちにいて、そういう人たちは、真剣に、人類の安息の日々、争いのない、人が寿命をまっとうできる理想郷を夢見ている。
悪いけど、唯斗は、そんなもの信じていない。
『ハルシオン』のイメージを形造っているのは、そういう信者の勝手な広告活動で、本当の『ハルシオン』は理想郷も友愛も知らない。ただの無機質なゲームマシンだ。
「スポンサーがついた」
「スポンサー? どういうこと?」
「アリーの父親が予算をくれた。いつもと同じ規模で、個人的に作戦展開が可能。ただ、搭乗者が必要」
〈アリー〉の父親は、IT技術者なので、娘の部屋でなにが起こっていたのかを知ったかもしれない。アメリカの初等学校に通う娘が、アフリカで兵士だったなんて、たぶんとても驚いたと思う。
そして娘のことを何も知らなかったと気付いて、後悔しただろうか。
「あなたの力が必要。ヌエ。アリーが待ってる」
勝手だな。こっちの都合はお構いなしだ。唯斗は思う。
結局は暴力だ。アフリカの可哀想な少女を救う為だろうが、誘拐された少女を救う為だろうが、実力の行使は、ただ、人が誰かの行動を押しとどめるには、その人物を殺害するより他に方法がない、という人類の呪いを繰り返しているだけのことに過ぎない。




