鳥肌が立つ感覚
ネットでの調べ物には限界がある。家でじっとしている気にもならなくて、唯斗は外で時間を潰すことにした。とは言っても、唯斗は○ックオフで立ち読みをするくらいしか、外の世界での過ごし方を知らない。
久しぶりに見た店内は、売り場面積がちょっと増えていて、コミックやノベルの品ぞろえが充実していた。学校の教科書が電子化されたこの時代でも、紙のメディアは廃ることなく利用されている。
たぶん、紙でしか表現できない、行間の情報があるのだ。
唯斗はペーパーバックみたいな紙質のコミックを手に取って、ぱらぱらと指で繰ってみた。
懐かしい匂いと感触だった。そういえばもう二年近く、任務以外のことは何もしていないのだ。
紙メディアが増えた分、中古ゲームのコーナーは押しのけられている。パッケージでゲームを購入するという行為は、ずいぶんと経済規模を縮小した。箱で買っても、インストールした瞬間に始まるアップデートは、どうせダウンロードだ。
でも、ディスクを挿入しないとプレイできないゲームはいくつかあって、それらのタイトルは、ノスタルジックなプレミアム感を、前面に押し出している。
由緒あるゲーマーのためのゲーム。古き良き時代を知るプレーヤーのためのゲームだ。
つまり、この小さな棚に並べられたゲームタイトルは高級品だ。発売当時より高値がついている物もある。
並べられたゲームタイトルの一つに、唯斗は見覚えがあった。蛍光グリーンと鉄錆色の硬派なパッケージ。
『バルバロイ』
唯斗は、バルバロイのパッケージを手に取った。
誰かが、唯斗の背中をつついた。
「買うの? それ」
鳥肌が立つ感覚。無防備すぎた。戦場にいる時は背後への警戒を怠ったことなんてないのに。
「……キオミ? なんでこんなとこへ――近くなの?」
〈キオミ〉は、すり切れたジーンズにだぶだぶのシャツを着崩していて、相変わらずブラの肩ひもが見えていた。見えてもいいブラとかじゃない。ベージュの目立たないように設計された奴。
近くで見ると、思っていたより年が上のように思った。白い肌で、手足は少年のように細かったけれど。しっかりとした腰回りやなめらかな首筋は、大人の女性の物だった。
「まさか。実家は関東じゃなくて北海道。あなたに会いに来た」
「べつに話すことないよ。もう、やめたんだ」
唯斗は、パッケージを戻して、〈キオミ〉に背中を向けた。
「待って! 」
ぎょっとして、店員が唯斗たちを振り返った。店員たちは、たぶん、姉だと思っていたのだ。様子がおかしいので、興味しんしんで、唯人たちを盗み見ている。
「大声を出してもいい? 捨てないで、とか」
「やめてよ。行きつけの店なんだから」
立ち読みをしている客も、想像力を膨らませる感じで、唯斗たちを見ていた。
周囲を見渡すと、若い女性の店員さんが、不潔……みたいな感じで目をそらした。
「ここで、もっと話がしたい?」
「わかったからついて来て」
〈キオミ〉は、にっと薄く笑った。〈キオミ〉が笑うこともあるなんて知らなかった。




