生まれつきの捕食者
「たとえば――」〈カイト〉は言った。「おれがおまえの個人情報をネットで暴露したらどうなるかな」
「冗談でもやめろよ。洒落にならない。カイトが暴露するのなら、ぼくだってできるんだよ?」
「食えよ。それから聞け。仮にの話だ。マスコミがたかって来て全国ニュースになる。やはり電脳傭兵は存在した! みたいな感じの世間が食いつきそうなタイトルだ。想像つくか?」
「……こわいくらいにね」
「やがて警察や軍関係者も集まって来て、テロリストが身辺をうろうろし始める。ハルシオンに恨みを持っている団体は多いからな。さて、それからだが――」
〈カイト〉は切り分けられた、あつあつの油淋鶏に手をつけた。
「ヌエこと楠唯斗は、集まってきた飢えた狼どもに、なすすべもなく食い散らかされてしまうのか? 棒立ちのまま、死を待つか? 自分の運命を他人に委ねて?」
それを聞きながら、シミュレーションを始める自分がいた。
どんな組織が集まってくるのか? それぞれの組織の目的は?
どんな装備が必要か? 逃げ切るとしたらどんな逃走ルートが安全か? 迎え撃つとしたら、現状では、どんな装備が利用できるのか?
「いいや、そうはならない。顔をみたらわかる。おまえは手を考えるし、必要なことをする。利用できるものは、ハルシオンでも利用する。そして生き残る。死体の山が積み上げられても、最後に立っているのはお前だ、ヌエ」
それは、戦慄するようなイメージだった。血の海で独り立っているケダモノ。誰も自分のことをケダモノだとは思いたくない。
「その証拠に、おまえは自分の『ピクシー』をちゃんと隠している。どこかのガレージでいつでも使えるようにしてな。口座の残高を見ればわかるぜ」
「見たの? 人の口座を?」
「実はおれもなんだ。ちゃんととっておきは用意してある。おれたちは、いつか来るその時に備えずにはいられない。だってハルシオンがいつ敵になるかわからないからな……どうして、おれたちがそうするのか教えてやろうか? おれたちが同じ種類の人間だからだよ」
〈カイト〉は、唯斗の反応を眺めながら、楽しげに言った。
「野蛮人――おまえは生まれつきの捕食者だ。おまえに必要なのは獲物だ。学校生活なんかできるわけないだろ、ヌエ。学校には獲物はいない。学校にいるのは家畜だけだ」
〈カイト〉は唯斗と目を合わせた。〈カイト〉はこれ以上ないくらい正気だった。完全に理性的で、完全に自分をコントロールしていた。それこそが捕食者の特性なのかもしれない、と唯斗は思う。
「おまえがなにに怯えているのか教えてやろうか? 子供が死ぬのを見たくない? ひとを殺して精神的外傷を負った? 違うね、おまえはそんなタマじゃない」
〈カイト〉は、テーブルに身を乗り出して、唯斗に耳打ちした。
「人を殺して気分がよかったんだろ?」
頭が真っ白になった。なにを言っているんだカイトは。人を殺して快感を得るのは異常者だ。そう思いつつ、頭の違う部分が悲鳴を上げた。違う! そうじゃない! そんなことありえない!
悲鳴を上げるのは、脳の中では感情的な部分で、たぶん、合理的判断よりも支配的な部分だ。脳の嘘をつけない部分。
「自分の理念にしたがって、絶対的な有無を言わせない力を行使した。人の運命を支配した……快感だったろ? 隠さなくていいぜ、おれは理解者だ」
カイトは満足げに椅子に座り直した。
「おまえはゲームを下りたりできないよ、ヌエ。どうしてかというと、おまえには獲物が必要だからだ。文明社会はおまえに獲物を与えてくれない」
息ができるようになるまで、少しかかった。落ち着くまで待ってから、唯斗はテーブルのグラスを鷲掴みにした。喉が渇いていた。
「カイト、思い違いだ。悪いけど……あんたと友達にはなれそうにない」
「そうか? ぐっと親しくなれたと思うけどな」
「メシはうまかったよ。先に帰る」
立ち上がった唯斗は、よろめく足で店を出ようとした。後ろからカイトの呼び止める声が聞こえた。
「待てよヌエ! おまえ、最近ニュース見てないだろ。アリーの諸元教えろ」
「アリーの? なんでだよ。カイトはロリコンなの?」
「やっぱ子供か。十二歳、栗色の髪、緑色の瞳で、金持ちの娘、小柄で、ややそばかす」
ぞわぞわ、首筋の毛が逆立った。唯斗たち『ピクシードライバー』の個人情報が知られることは、そのまま死を意味する。
「アリーの身に、なにかあったのかい?」