廃墟めいた心象
少し眠ったのだと思う。
唯斗が目を覚ますと、スローな感じの曲が流れていて、ちょっと照明が暗くなっていた。誰も歌っていないので不審思って起き上がろうとすると、冷たい手が唯斗の額を押した。
「そのままでいいよ」
頭の下に柔らかくて暖かい感触があって、目を開けると井原美柚が見下ろしているので、どうやら唯斗は膝枕で寝ていたみたいだ。
先輩はいい匂いがした。
ん、んっと変な声がするので、テーブルの下から反対側の座席を見ると、岡田湊ともう一人の女の子の下半身が見えて、岡田湊は女の子のスカートに手を入れていた。
ぎょっとして見上げると、井原美柚は少し頬を赤くしていて、優しい笑みを浮かべていた。顔を寄せて唯斗の耳元に囁く。
「唯斗くんのしたいようにしていいよ。わたしでよければ」
頭がじーんと痺れたようになって、思考能力が低下した。井原美柚は唯斗の手を取って、自分の胸に押し当てた。ある意味夢にまで見た憧れの感触ではあったけれど、頭の隅では誰かががなりたてていた。
これは、なにかおかしい。こんなこと普通起こらない。
「それとも、わたしがする? うまくできるかどうかわからないけど」
井原美柚は、唯斗の唇をふさいだ。長い髪の毛がかかって、すこしくすぐったい。舌が唇をこじ開けて入って来て、口の中をちろちろされたら、弾けるキャンディみたいな快感が走って意識が飛びそうになった。
頭に浮かんだのは、そんな甘美な現象とは正反対の、廃墟めいた心象だった。
砲弾を受けて、崩れたビル。道端に無造作に並べられた死体。病院のベッドで床を見つめている少女たち。爆弾で体の半分を吹き飛ばされた、まだ幼い妊婦。
ぼくにかまうな。
恐怖を感じて、唯斗は井原美柚を突き飛ばした。跳ね起きて、胸を押える。吐きそうだった。
井原美柚は座席からずり落ちて、ボックスの床に尻餅をついていた。すごく傷ついた顔だった。目じりに涙がたまっていた。
「どうして? どうしてわたしを惨めな気分にさせるの……ちゃんと気持ちよくしてあげるのに」
「ご、ごめん」
唯斗が差し出した手から、井原美柚は無視して顔をそむけた。
「みーくん。わたし、この子ムリ」
「あー美柚ちゃんを泣かしたぁ。悪い奴だ」
もう一人の女の子は、岡田湊の首にすがったまま、めっ!と叩くふりをしてみせた。
「あーあ唯斗。なにやってんの? 美柚は自分の魅力に自信をつけて満足、おまえは気持ちよくなって昇天、だれも損しないだろ? いい子なのに、なんで泣かすの?」
「おまえはいいように人を操って優越感に浸れるしな、カイト」
岡田湊の表情が、笑みを浮かべたまま固まった。
黙ったまま、眼鏡を取り出して鼻に乗せる。なるほど、あれは仮面だ。スイッチが入らないようにする為の仮面。
「……あれ、ばれちゃってた? おれ、英語圏出身者だから、けっこう偽装には自信あったんだけど」
「四年前、この辺りの子供は、みんな噂を信じて躍起になって『バルバロイ』をプレイしていた。どこよりも早い時期に。今にして思えば理由があったんだ。実際に体験した人間がいたからだよ、カイト。時期的にあんたの搭乗履歴とも一致する」
「それだけで?」
「ぼくにかまう人間は、戦場でも現実リアルでも、そんなにたくさんいない……なんの真似だよ、これ」
「ゆっくり話をしようぜ。場所を変えようか」
「え、ちょ、ちょっとみーくん! あたしたちは?」
「わりぃ、また連絡するから」
「もう! 遊んであげないよ!」
部屋を出る間も、井原美柚は何も言わないし、目も合わせなかった。