近い、近いです
唯斗は魚のように口をパクパクさせていた。
予想もしていない展開だった。
岡田湊に引きずられようにしてネットカフェに連れていかれ、カラオケのブースに入ると、そこには二人の女子がいた。
スカートが短くて、薄くメイクをしている、平均偏差からかなり逸脱して魅力的な女子だった。
「どうよ?」
岡田湊は小鼻を膨らませて言った。
「ちょっと気分が……」
「みーくん! おそーい!」
「ひっ」
突然大声を出すので、唯斗は腰を抜かしそうになった。
「その子? なに、かわいー。ウサギさんみたい」
たぶん、小動物のようにおどおどしているという意味だ。
一人は賑やかで、明るい感じだった。もう一人は見覚えがあって、生徒会で会計かなにかをしている大人しい感じの先輩だ。井早美柚とかいう名前だ。
どうして唯斗が名前を知っているのかというと、実は以前から気になっていた。引きこもりにだって、甘酸っぱい憧憬のようなものは必要だ。
井原美柚は口元を隠しながら控えめに笑った。
「面倒を見てやってくれ」
と言うと、岡田湊は唯斗を二人の間に押し込んだ。それから眼鏡を外して胸ポケットにしまう。伊達メガネだ。学校で眼鏡をかけているのは演出だ。
ほとんどパニック状態なので、それからのことはよく覚えていない。
なにか知らない歌を歌わされて、なんだか分からない飲み物を飲んだ。
「上手だったよ」
と、井原美柚に言われて気分がよくなって、ふわふわするので、それでさっき飲んだのがアルコールだとわかった。
「なんで未成年にアルコールを?」
「ああ、ここのバイト、おれの先輩だから。内緒だぜ。迷惑かかるから酔いつぶれるなよ」
「みーくん。カクテル一杯くらいでそんなならないよ」
という声を聞きながら、もう睡魔に襲われそうになっていた。
井原美柚は、座席に倒れた唯斗の目をのぞき込んだ。
「大丈夫? 顔赤いよ?」
近い、近いです。もう、ちょっと離れてください。
そう思いながら、ふっと意識が遠くなった。