人生を楽しむスタンス
「でもわかるよ。おれも相手が人間だと思ったら、会話なんか無理だ。おれはこう思うようにしてる。こいつらは犬だ。どうしてやったら尻尾を振るか考える。喉をくすぐればいいのか、ボールを投げて欲しいのか。簡単だろ、どっちかやってみればいいんだ」
他の生徒に聞かれたら大変だ。優等生の隠された本性みたいなカミングアウトを、目の前でして欲しくなかった。
唯斗は慌てて階段の下を見下ろす。よかった。誰もいないみたいだ。
「先輩。言動は注意しないと。ぼくと違って人気者なんだから」
「べつに聞かれてもかまわない。あいつらより、お前の方がずっと面白いからな」
「面白い? ぼくが?」
ただの陰鬱な引きこもりですが、なにか先輩を愉しませるような要素がありましたかね?
「おれが思うのに、おまえにはトレーニングが必要だ。おまえに欠けているのは人生を楽しむスタンスだと思う。おまえは自分自身の喜ばせ方を知らない」
「……余計なお世話です。勝ち組だからってなにを言ってもいいわけじゃないんですよ」
「放課後、迎えに来る。カラオケからだ。悪い遊びの王道。非行への道のりのささやかな一歩。誰もが通る甘酸っぱい道程、カラオケ。その次はボーリングだ」
「な、なんか健全じゃないですか」
「ボカロ曲をがなり立てて、青春を謳歌するぞ」
この人、こういうキャラだっけ?
「いやですよ。なんで男とカラオケなんか」
「逃げて帰るなよ。そんなことをしても、家まで迎えにいくからな」
「ストーカーですか!」
言いたい放題を言ってから、岡田湊は階段を下りていった。どうにか断れないかとも考えたけれど、じっさいこれも社会復帰訓練だなと思い、なんとか頑張ってみることにした。
どうしても箸箱が開かないので、唯斗は鉛筆で弁当を食べた。
唯斗は階下の喧騒を楽しんだ。和やかな人の気配。笑い声。せわしない足音。
安全で、満ち足りて、誰も死なない、吐き気がするような日常。
〈アリー〉の傷ついた声を思い出した。
――ばか、死んじゃえ。
次に現れた時は、一緒に『剛拳』をしよう。今度は勝てるように、ちゃんと練習をしておく。もしかしたら次は、〈アリー〉がわざと負けてくれるかもしれない。