くそ、なんかムカつく
準備さえさせてくれば、一分で全員殺せる。
クラスメートたちは、クラスのあちこちに集まって弁当を食べている。楽しげに話をしながら、食事を口へ運ぶ。
誰も窓の外を気にしていないし、誰も教室の入り口に注意を払っていない。いざという時の逃走経路を目で追って確認する人間もいない。誰もナイフを持っていないし、誰もどの文房具が凶器になりうるかを検討していない。
クラスメートたちは、自分がいずれ死ぬなんて思っていない。ましてや殺されることがあるかも知れないなんて、夢にも、考えたことがない筈だ。
なにも努力をしなくても、ちゃんと明日の朝、無事に目を覚ますことができると思っている。
ここにいる誰でも――もっとも体格の小さい女子の秋山でも――その気になりさえすれば全員を殺せる。
爆薬の作り方はネットで検索すれば出てくる。基本的な爆弾の構造はウィキペディアにだって解説されている。一万五千円で鹿でも倒せるボウガンが手に入るし(中国製だけど小改造で実用に耐える)、CADデータを入手して、3Dプリンターサービスで銃を作らせてもいい。
弾は猟銃の鹿玉を入手できる。ナイフはホームセンターに売っているし、通販を使えば、特殊部隊で使われているのと同じ、車の鋼板を切り裂けるくらい頑丈なナイフだって手に入る。
唯斗は眩暈を感じて、かぶりを振った。
おかしいのは唯斗の方だった。たぶん、人が死ぬのをたくさん見すぎたせいだ。
「楠くん、一緒に食べない? 大勢の方がおいしいよ」
女子のグループが、唯斗をからかって言った。
ちょうど唯斗は、自分の弁当を開ける所だった。蓋を持ち上げて、唯斗は絶句した。
父は、唯斗が登校するのがとてもうれしかったらしい。弁当はかなりの気合が入った力作で、あちこちにハートがちりばめられ、鳥のそぼろで大きく『がんば!』と書いてあった。
つつーと、唯斗の頬に汗が這った。だめだ、こんなものとても見せられない。
「唯斗くん? 来ないのなら、こっちから行っちゃうよ」
「ああー、ごめん。先約があって……ありがとう。もう行かなきゃ」
「えー、つまんない」
急いで教室を逃げ出すと、唯斗は一人になれる場所を思案した。さすがに図書室で食事はまずい。
屋上へいこうかと思い、階段を上ったけれど、外へ出るドアは鍵がかかっていた。
仕方ないので、階段に腰かけて膝の上に弁当を広げた。箸箱がなかなか開かなくて、一分くらい苦闘してから顔を上げると、一つ上の先輩が、唯斗の弁当をのぞき込んでいた。
「すごい弁当だな。母親が作ったのか? ラブラブ弁当じゃないか。父親の弁当と間違えたのか?」
ごめん……つくったのはお父さん。
弁当をのぞき込んでいるのは、唯斗より一つ上の先輩だった。岡田湊という名前のこの先輩は、ルックスと知性に恵まれていて、生徒会の役員なんかもしていた。セルの眼鏡をかけて真面目な容姿だけれど、ちょっと遊びなれているみたいな噂も聞いたりする。
気味が悪いくらい、ありがちなリア充だ。
どうしてか分からないけれど、それほど親しいわけでもないのに、岡田湊は昔から、よく唯斗をかまってくれた。
「うん、まあ……どうしたんですか、こんなところで」
「それはこっちのセリフだ。久しぶり学校に来たら、女の子の誘いを断って、階段で一人、弁当を食ってる。おまえ、ゲイなのか?」
「……さっき、教室にいたんですか」
そういえば、この人は世話好きなので、場所をかまわず、あちこちに出没している。
「なんで、一緒に食べないんだ?」
「ぼくは女の子と会話とか無理なんで」
「ああーなるほど、そうだろうな」
くそ、なんかムカつく。