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バルバロイ  作者: ずかみん
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ちょっと考えてみてよ

 〈キオミ〉から三十八回、〈カイト〉から五回のメールがあった。そのいずれも、唯斗は目を通してさえいない。


「開けてよ。話をするだけ。迷惑なら、すぐ帰るから」


 実際、〈アリー〉と話すことなんかなにもないし、正直、〈アリー〉の相手はものすごくエネルギーを消費する。


「ちょっと、いい加減にしないさいよ、あんた。このあたしを無視する気なの?」


 〈アリー〉の声が低くなった。たぶん、〈アリー〉は要求を拒絶されることに慣れていない。どうしていいか分からなくなると、〈アリー〉は攻撃的になる。


「あんたにそんなこと許されると思ってんの!」


 〈アリー〉はドアを蹴りつけた。大きな音がして、唯斗は近所の目が気にはなったけれど、多少の実害には目をつぶって、放っておくことに決めた。放っておいても、疲れたら帰る。

 〈アリー〉はまだ子供だし、熱くなりやすい代わりに、冷めるのも早い。

 何度かドアを蹴りつけて、しばらくすると、〈アリー〉は大人しくなった。

 頭の中でがんがん反響する騒音が遠のいた頃、〈アリー〉は乱れた息を整えながら言った。


「ねぇ、あたしがここへ来るためにどれくらいの犠牲を払っているかわかる? あんたみたいな暇人じゃないのよ」


 それはなんとなくわかる。時間を作って来てくれた、ということは。でも、唯斗はそんなこと頼んだ覚えはないし、いつか〈アリー〉が言っていたように、優しくされたって迷惑なだけだ。


「ここへ何しに来たんだと思う。あたし、あんたを嘲笑うために、わざわざこんな地球の裏側までやって来たの? ちょっと考えてみてよ」


 ドアの外の声は、もう怒ってはいなくて、なにかを訴えるような響きがあった。

 〈アリー〉の方にも、なにか聞いてほしい話があるのかもしれないけれど、ドアを開けてしまえば、引きずり出されてしまうような気がした。


 目的がある世界。困難と高揚感のある世界。人が死ぬ世界。


 そういう不自然な物と、唯斗は手を切ると決めた。

 いまさら、〈アリー〉と話すことなんて、なにもない。


 〈アリー〉を無視して部屋にこもっていると、自分がひどい人間のように感じそうだった。でも、もう決めたことだ。今後、『ハルシオン』とは係わらない。


 長い間時間がたって、もう帰ったと思っていた。


 テレビの番組が二つ変わった。どの番組にも、合成音みたいな笑いがちりばめられている。悲鳴も爆音もない。泣いている人間もいないし、画面でなにかを訴える人間もいない。

 清潔で、平和で、退屈だった。


 もうベッドで寝ている気分じゃなかったので、冷蔵庫を開け、少しミネラルウォーターを飲んだ。


 雨が降り始めた。

 遠くで雷鳴が響いて、雨音が大きくなった。横なぐりの強い雨だった。

通路を雨が叩く音がして、唯斗は〈アリー〉が諦めてよかったと思った。まだ玄関の外にいたらずぶぬれだ。


 まさか、とは思ったけれど、確認せずにはいられなくて、唯斗は玄関の扉を開けた。


 通路には〈アリー〉が立っていた。

〈アリー〉は、首筋のストラップで胸のところ吊るデザインの、太陽の色をした花柄のワンピースを着ていた。ひきこもりの家を訪ねるにしては、不釣り合いにキュートなデザインだった。


 頭から雨粒を浴びていて、あごを伝う水滴を拭いもせずに、じっと立っていた。

 ドアを蹴りつけたせいだろうか、かかとの高いサンダルが、ベルトのところから壊れて、放置されていた。裸足のつま先は、爪のところに少し血が滲んでいた。


「アリー……」


〈アリー〉は怒らなかった。声も荒げないし、手もあげなかった。なにも言わずにうつむいていた。前髪から雨のしずくが落ちた。


「……ばか。死んじゃえ」


 傷ついた声だった。

 〈アリー〉は背中を向けて、ぽつりぽつりと歩いていった。階段の方に姿が消えて、もうどこに行ったのかわからなくなった。


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