べつに凹んでない
息をするのにも、なにかしらの努力が必要だ。もし、それがその人にとって努力に値することであれば。息をするのに努力なんか必要ないという人は、たぶん、本当の倦怠を知らない。
唯斗は、ベッドの上で寝返りをうった。父はとっくに仕事に行って、時間はもう昼をまわっている。冷蔵庫には父の作った弁当がある筈だけど、べつに食事をする必要は感じなかった。
リビングではテレビがつけっぱなしで、時々、笑い声が聞こえてくる。乾いた効果音でしかない笑い声。実は誰も笑ってなんかいない。
頭は、まるで蜂蜜を詰め込んでいるみたいに、ねっとりとしていて、冴えな い。頭の芯も少し、痺れて固まった感じ。
任務に参加するのをやめて、初めて気がついたけれど、唯斗は、本当になにもすることがない人間だった。夕食の準備をすること以外、日課らしいことはなにひとつやっていない。
一日中ベッドに潜りこんでいても、月日は止まらずに過ぎてゆく。
意味なんかない、と唯斗は思う。たとえば、友達が多ければ、この繰り返しが意味あるものになるのだろうか? もしかして子供に恵まれればマシになる?
それとも、世界がより良くになるように力を尽くせば、唯斗にとっての世界も輝き始めるとでもいうのだろうか。
控えめに、玄関のドアを叩く音がした。この時間は、宅配便の業者が多い。
父は、通販を使って必要のない物を買い込むのが好きだった。学校に行かなくなって、それを受け取るのは唯斗の仕事になった。
でも、今日は無理だ。とてもじゃないけれど、他人と顔を合わせる気分じゃない。
無視して、布団を被り直すと、マンションの通路から、聞きなれた声が届いた。
「ねぇ、開けてよ。そこにいるんでしょ」
〈アリー〉の声だった。
「もう、二週間も任務に参加してないって聞いたの。どうしたのよ。なにかあった? 凹んでいるの?」
べつに凹んでない。
唯斗は頭の中で言い訳をした。もうやめただけだ。だいたい四年間もずっと同じゲームをしているなんて、頭がおかしい。普通に戻るだけだ。