鋼鉄の羊を追う羊飼い
〈アリー〉のアバターは、カラフルな包み紙をしたキャンディーだ。
ロリポップとかいう、唯斗たちが生まれる前から、世界中にあふれている奴。
せめて生き物にしろよ、と唯斗は思うけれど、アバターをデフォルトの棒人間のままにしている唯斗は、あまり偉そうに人のことを言えない。
「ねぇ、あんた、人を殺したって本当?」
〈アリー〉は、あまり遠回しな言い方はできない。成熟が足りないのか、成熟しすぎたのか、ともかく、デリケートなトークは無理だ。
だから、不躾な質問ではあるけれど、これは唯斗が腹を立てるべき場面ではなかった。
「……アリー。もしかしたら気付いてないのかもしれないけど、君だってたくさん殺している。アフリカに存在する戦車は、たいていの場合、無人化されていないんだ」
「そういう意味じゃないわ。わかってるでしょ? 目の前で、生身の人体を、殺意を持って、破壊したのかっていうこと。無力化じゃなくて、殺害のこと」
『アリー。任務中の私語、減点対象』
と、作戦オペレーターの〈キオミ〉が口をはさんだ。
〈キオミ〉は凄腕のハッカーには違いないけれど、口数が少なくて最低限の語彙しか使わない。唯斗は、〈キオミ〉が男性なのか女性なのかも知らなかった。声も言葉も中性的なので、どっちでもいいような感じだ。
「うるさいわね、キオミに聞いてるんじゃないわよ」
と、〈アリー〉は、毒づいてみせる。
いつもいつもエキサイティングな攻撃任務ばかりっていうわけじゃない。たまには、息抜きみたいに退屈な任務だってある。
今回、唯斗が参加した任務は、援助物資の護衛任務だ。無人トラックが略奪されないように見張る任務。鋼鉄の羊を追う羊飼い。
サバンナの草原は、一見、荒れ地のようだけれど、実際には誰かの放牧地か農耕地である場合がほとんどだ。
所有のレベルがどのくらいかは知らないが、あまり手入れをしていないことは間違いない。草原の真ん中では、ほとんど人を見かけない。今は乾季だからだろうか? バオバブは葉を落として丸裸だし、灌木の茂みも薄い。
「ユニセフの荷物なの?」と唯斗が聞くと、
『ちがう。ハルシオンが集めた物資。食糧、毛布、衣類、医薬品。ヌエはちゃんとブリーフィングきいてない』
「ヌエ、教えてよ。殺したの?」
話をはぐらかそうとしたけれど、〈アリー〉は、誤魔化されなかった。
「……事故だよ。殺してない。アクティブ防護システムの誤作動だ。ほんとに殺していたら、搭乗資格剥奪だ」
アクティブ防護システムは【ピクシー】の貧弱な装甲を補う為に採用された防御装置だ。画像判断で飛来する砲弾の弾道を解析し、タングステンで作られた無数の矢を、散弾銃みたいに放って迎撃する。
特に成形炸薬弾頭に有効だ。当然、高性能爆薬を使用するシステムで、人体に使用した場合はクレイモア地雷以上の効果を発揮する。
草原の真ん中で、電源車に繋がれている唯斗たちは、まるで散歩に連れ出された犬みたいに見える。
電源車は、化学電池のコンテナにタイヤをくっつけただけのものだけれど、容量を確保するために、【ピクシー】よりもはるか大柄だ。
電源車の外観はカバみたいだし。四輪だけれどバイクに似たフォルムの【ピクシー】は、見ようによっては猫科の動物のように見えないこともない。
長時間任務にはどうしても外部電源が必要だ。戦闘機だって長距離の出撃時には増槽をつける。
「そうだ、アリー。考えてもみろよ。APSを手動で操作するには、メニューのどの階層まで潜らないといけないと思う? APSプロパティ→保守→作動チェック→右or左発射筒→一~八番選択→左右角操作→上下角操作→ファイアリングロック解除。えーと、それから―」
〈カイト〉は〈アリー〉をからかっている。それにどうしてかわからないけれど、唯斗をかばっていた。
「わかったわよ。手動で出来るような操作じゃないってことね」
「仮にできたとしても、チェックモードは画像解析ソフトと連携しない。照準できないってことだ。カンで当てるのはおれでも無理だ」
「そうなの? でも事故かどうかは、戦闘記録を調べればわかるんじゃない?」
「……勝手にすればいいよ。ぼくはべつにかまわない」
たぶん、〈アリー〉は好奇心に勝てなかっただけで、べつに唯斗を非難するつもりはない。自分以外の誰かに関心を持っただけでも、〈アリー〉としては、びっくりするぐらいの特別な気づかいだった。
「気を悪くしたのなら、ま、謝っておいてもいいわ。これでもチームリーダーとして心配しているのよ。あんた、自分で気がついてる?」
「な、なにを? 血糖値?」
「違うわよ。あんたの搭乗時間が異常ってこと。労働時間に換算したら証券大手のエグゼクティブなみ。寝てる時間以外のすべて、シミュレーター訓練で使ってる。普通に社会生活が送れないレベルよ。もしかして廃人なの? 寝たきりとか」
重ねて言っておくけど、ほんとに〈アリー〉に悪気はない。たぶん。
「寝たきりじゃない。一応、病気はしてない。体のことだけを言えばね」
「ちゃんと学校行ってる?」
「どうして学生だと思うんだよ」
「あんたのボキャブラリーが、子供っぽいからよ」
うるさい、英語は苦手なんだ。
「行ってないけど、だからなに? アリーに迷惑かけた?」
「そうだアリー。プライベートの詮索はルール違反だ。おれたちの場合、真剣に命に係わるからな」
涼しい顔でシリアスなコメント。これは〈カイト〉の役作りだ。
「あたしにゲームのルールを説明する気? このあたしに?」
〈アリー〉の声が低かった。たぶん顔を見ることができれば、目がすわっているに違いない。
〈アリー〉は、自分が誰よりも優秀であることを常に証明しなければ不安になってしまう類の病気だ。
間違いを指摘されたり、説教されたりするのを、極端に好まない。
姿を見たことはないけれど、金髪の白人で、歯並びがよくて、完璧なプロポーションの持ち主に違いない。かけてもいい、と唯斗は思う。ティーンエージャーで、女王様気取りのリア充だ。
「あたしはヌエと話しているのよ」
「いいんじゃない。ヌエは言葉責め好きだし」
「って、おい!」
「ねぇヌエ。親切で教えてあげるけど、もし、仮にあんたが学校にいってなくて、家族ともあまり顔を合わさない、不潔な引きこもりだとして」
くそ、なんて的確な仮定だ。まるで見られたみたいじゃないか。
「もし、こんなゲームで世界に貢献しているみたいな気分になって、安っぽく自分を慰めているんだとしたら……それって、はっきり言ってあげるけど、負け犬よ?」
唯斗は、ぐはぁ、と血を吐いて倒れそうだった。でも〈アリー〉には、これっぽっちも悪気はない。というより〈アリー〉自身は、滅多にないくらい最高の優しい気分に違いない。ある意味、魂に響く助言だ。
「そんなんじゃない」
そうだけど。
そんな話をしていた時、一瞬、視覚野が真っ白になって、〈トラッシュ〉がアウトした。
プレイヤー〈トラッシュ〉の機体は、圧倒的な運動エネルギーによって、装甲をはぎ取られ、フレームとアームを歪ませながら、電装や油圧/冷却系を血管のように引きずり、乾いた赤茶色の大地に散乱した。