誰も殺さないもの
強い風が、開け放った窓から吹き込んで、薄いレースのカーテンと、日差しを遮る為の暗幕を、はためかせていた。
唯斗の通う教室は、校舎の三階にあるのだ。
生徒の一人が立ち上がり、窓を半分閉めて、カーテンを壁に括り直した。
なにもなかったかのように席に着くと、その様子を眺めていたのっぺらぼうの生徒達は、関心を失って、黒板に向き直った。
伝統的に黒板という名前で呼んではいるけれど、それはパソコンに繋がれた大きなディスプレイで、教師は準備された教材に、チョークではなくライトペンで書き込みをする。
教師のほとんどは、パートタイムのボランティアだ。職業としての教師は担任のマネージャーだけ。マネージャーは教鞭を取ることがない。
生徒に偏向思想を植え付けることがないように、という配慮だ。
日本の教育は、あらゆる政治信条、宗教、スポーツ、科学的知見に対して公正、中立であるよう努力している。そんなこと不可能なのに、真顔で、信仰の話はよしなさい、と教師は言う。
科学的知見の話も、スポーツの話も、宗教のそれぞれの立場も論議しないようにしたら、学校で教わることなんかなにもない。
まるでジョークみたいだ。なにひとつ信じては駄目よ、と言われているようだ。
唯斗は、べつになにも信じないけれど、世界になに一つ信じられる物がないとは、思いたくない。
ただ机に座っているだけで苦痛だった。ずっと昔からそうだ。行儀よく型に嵌まる感じがすごく嫌だった。自分の時間を窮屈な物にして、足並みをそろえる感じも不愉快だった。
人間はもともと、みんな違うように出来ている。同じようにするなんて無理だ。
――そうね、あなたは違うわ。
ぎょっとして、唯斗は後ろの席を振り向いた。唯斗の後ろに座っているのは小学校時代から知っているクラスメートで、愛嬌たっぷりの笑顔が人気を集める女の子だ。
飾り気のないヘアピンで前髪を上げているので、つやつやのおでこが丸見えだった。
教師に受けそうな大人しい容姿だけれど、ちゃんと身だしなみには気を使っていて、その清潔感が男子のハートも掴んでいる。
風が強くて、またカーテンがほどかれた。ばたばたとはためくけれど、今度は誰も立ち上がらなかった。
「なんか、言った?」
――あなたは、わたしたちとは違う。わたしたちは誰も殺さないもの。