ケモノの顔
身体のあちこちに食い込んだ手榴弾の破片よりも、銃弾を受けた足の怪我の方が思ったよりひどくて、本格的な処置が必要なので、他の病院に移ることになった。
アビサは、あまり怪我を気にしてはいない。
仮に片足がなくなったって、あの病院での暮らしに比べれば、大した問題ではなかった。ちゃんと自分で生活できるし、赤ちゃんを育てることだって、十分にできる。
護送車が用意されているので、準備してください、と警護の警官が言った。
用意をするもなにも、アビサの荷物は着ていた服だけだ。それも、もう一度着られるような状態じゃない。ただのぼろきれだ。
記者は階下に追い払われて、人気のなくなった通路を、アビサはストレッチャーで運ばれた。
使用されたのは、患者用ではなく職員と機材用のエレベーターだ。
裏口にまわって、こっそり病院を出るそうだ。
父と母が、アビサの手を握ったまま、付き添ってくれた。
塗装がはがれ、あちこちが錆びているエレベーターは、時々、つっかえるような感触を残しながら、階下へと降りて行った。現在の回数を示すランプは、五つの内、二つの電球が切れていた。
開いた扉をくぐると、そこは地下駐車場だった。コンクリートの林のように、広い空間に柱が規則正しく並んでいる。
アンテナのついた白いワンボックスカーが止まっていて、鼻のきく記者が何人か、警官に制止されながらマイクを振り上げていた。
もみ合う間を縫って、五歳くらいの少年が、ひょこひょことアビサの近くに歩き寄った。
手には大きな花束を持っていた。
肩幅が広いコットンの伝統衣装を身に着けている。その様子が可愛いので、アビサは微笑んだ。少年はよそ行きの姿だった。
アビサの父と母は、人を疑うことを知らない人物なので、少年を制止しなかった。
少年が、アビサに花束を差し出した。
警備の警官たちが、何かを叫ぶのが見えた。
口が大きく開いて、白い歯が見えていた。なぜか、外国人記者たちを地面に引き倒していた。
もしも――。
アビサは、邪気のない人間の習性で、笑みを浮かべながら花束を受け取った。
――もしも、こんな小さな子供に爆弾を持たせて道具のように使う人間がいるのなら、その人はきっと、ケモノの顔をしているに違いない。そんな人の皮を被った悪魔を、アビサは絶対に許さない。
アビサは腕をのばして、少年の頭を撫でた。