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バルバロイ  作者: ずかみん
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血と肉をもつ、たくさんの人々

 病室の扉で立ち止まり、絶句する母の姿が見えた。アビサの母は、手で顔を覆い、声を殺していた。父と母の姿は、アビサの記憶よりも、ずいぶんと老け込んでいた。 

 保護されている病院で、自分の身元について説明すると、すぐに両親からの連絡があった。


もう一度会えるとは、正直、思っていなかった。


 アビサはずいぶんと遠いところまで来てしまったので、もう父や母と当たり前に言葉を交わすことは難しいかもしれないと、内心、再会を恐れていた。

 たくさん死ぬのを見たし、動物みたいに扱われるのを見た。自分も動物のように暮らし、生き残るために人を殺した。


 手榴弾の破片を受けて、傷からはみ出してくる内臓を押えながらのたうつ兵士の姿を、アビサは見た。

 それは信仰の教えとは、まるでかけ離れた体験だった。銃弾を受けた看護婦を守る為に仕方のなかったことだとは思っても、アビサのしたことを知ったら、父や母は、きっと不快な表情を見せると思った。


 でも、そんな心配は見当はずれで、父はなにも言わず、アビサを抱きしめたまま、動かなくなった。

 たぶん、なにもかも話すことができる。なにもかも聞いて、なにもかも受け入れてくれると思った。

 忘れ去られていたのではないと知って、アビサは、体が暖かくなるような安心を覚えた。


 いちばん怖かったのは、赤ちゃんを失う事や、自分が死んでしまう事よりも、みんなに忘れ去られてしまう事だった。


 忘れ去られたまま、不潔な病室で、いずれ世界のどこかで自分の運命を呪うことになる赤ん坊を産み落とし続ける自分。

 想像をすると、足元がさらさらと崩れていくような、なにもかもがアビサを一人残していなくなってしまうような、そんな恐怖を感じた。


 そんなのは、人生じゃない。生まれてきた意味なんかない。ただ息をして不幸を増やし続けるだけなら、死んだ方がいい。


 アビサは、ぎゅっと母親の背中をつかんだ。

 もう、怖がる必要はないのだ。


 アビサを助けてくれた看護婦は、別室で治療を受けているそうだ。貫通銃創だし、出血も少なかったので命に別状はない、と医者が説明してくれた。

 アビサは神に感謝した。アビサはもう、誰にも死んで欲しくなかった。


 知らない外国人たちが道を切り開いて、リジエラの心優しい人たちが、自分の身を危険にさらして、アビサを助けてくれた。何人かは死んだ人もいるようだった。誰もアビサにはそのことを話さないけれど。


 自分に、果たしてそんな価値があったのだろうか、とアビサは考える。

 いちばんよかったのは、あのまま病室で、首の後ろを打たれて、死んでしまう事じゃなかったのだろうか。


 そんな考えは許さないとでも言うように、父はアビサの体を強く抱いた。

 アビサは自分を責めるのはやめて、ただ、感謝をした。神様ではなく、血と肉をもつ、たくさんの人々に感謝した。


 病室は、特殊な訓練を受けた警官たちに、警護されていた。

 外国人の記者が廊下にあふれていて、警官たちと押し問答をしていた。

 インタビューを求める声があって、いい加減にしろっと怒鳴る声が聞こえた。

 誰かが、アビサの声を聞きたがっているみたいだった。


 警官たちは、過激派グループによる報復の可能性が、まだ、残っていると説明してくれた。


――知らない人間とは距離を置いてください。外国人でも、子供でも、信用してはいけません。


 アビサには難しい注文だった。子供が転んで泣いていても、知らん顔をしていなければならない。息を止めるのが苦しいように、それは、アビサにとっては苦痛を伴う行動だ。


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