世界の方が、きっとおまえを見つけ出すさ
夕食を作るのは唯斗の仕事で、昨日父親が買ってきた食材で、できる限りのメニューを考える。
母親がいなくなってからずっとこの暮らしを続けているので、唯斗の料理の腕前は、当たり前に主婦程度のレベルに達していた。
今夜の献立は、「ズッキーニと鶏むね肉のマヨネーズソテー」と「トマトとモッツァレラチーズのサラダ、バジル風味」だ。
たまたま、父が早く帰ってきたので、一緒に食事をした。テレビもないダイニングなので、会話が途切れると、やや気まずい雰囲気になる。
いつもの父は、あまり積極的には喋らない。
ときおり思い出したように、今日の暮らしがどんな様子だったか質問をする。
たとえば、お昼は何を食べた、とか、なにか面白いゲームを見つけたか、とか。
「うまいな」
と、父は唯斗の料理をほめた。
「父さんは、学校に行けって言わないよね」
「ん、ああ、父さんも学校はきらいだったからな」
「行かなくてもいいの」
「……ま、いいさ。実はあまりお前のことは心配していない」
引きこもりで、完全に昼夜が逆転していて、家に外国人美少女を連れ込んで、アフリカの電脳傭兵をやっている息子のことを、あまり心配していない、と父は言った。
信頼されているのかも知れないが、唯斗としては複雑な気分だ。
「お前が世界を憎まないでさえいてくれれば――」
父親は、もっと小さな子供の頃によくそうしたように、身を乗り出して唯斗の頭を、くしゃくしゃっと撫でた。
「――世界の方が、きっとおまえを見つけ出すさ」
それを聞いて、唯斗は思う。飄々として怒っているところを見たことがない父だが、これまでの人生のどこかで、世界を憎んだことがあるのだろうか、と。
アリーが家にやってきたように、アフリカに棲む少女の少女の運命が、唯斗の心を動かしたように、なにもしなくても、世界は唯斗に目的を与えようとする。
まるで、遊ぼうよ、と扉の外で誘う子供みたいに。
父は食事を終えて、自分の食器を片付け始めた。
母に電話してみようと思った。そしてあなたの夫は、あなたが思っているよりずっと大きな人間だ、と説明してみたくなった。
学校へ行ってみるのもいいかもしれない。
現実が、少しずつ足元に忍び寄ってくる気配があった。