年に一度あるかないかの、まれな出来事
任務が終わった後も、唯斗たちは、作戦の詳細についてメールで意見交換する習慣になっている。任務の質を上げるためのデブリーフィング。
〈キオミ〉の調査によると、フランスの多国籍企業『オリゾン』は、確かに過激派グループへ支援を行っていた。
過激派グループは、支援の見返りとして、『オリゾン』にレアメタル鉱脈の開発について、一定の権益を認めていた。
単純明快な理由だ。そこに謎はなにもない。『オリゾン』に代表されるある種の企業には、『ハルシオン』と同じ意味で、理念はない。利潤追求の為の機械だ。
創設者は、お茶くみ人形のように、精緻で完璧なメカニズムを設計したけれど、魂を入れるのを忘れた。強大な組織は、突き詰めれば同義反復に過ぎない目的の為に動いている。
利益の為の経済活動、経済活動の為の利益。時間と共に経済活動の規模は大きくなるけれど、本当の意味では目的なんかない。利潤は結果であって、目的にはなりえない。
従業員はみな、組織の行動原理に従っている。試算、行動、評価、再計画。そこにモラルや、センチメンタリズムの入り込む余地はない。
利益が約束されるのであれば、取引の相手は、過激派でも悪魔でも関係はないのだ。
厄介な相手には違いないけれど、叩き潰すのに心が痛まないという意味では、唯斗たちにとってやりやすい相手だった。
デブリィーフィングでは、反省点や改善点について意見を回覧するのだけれど、〈キオミ〉からのメールには、直接任務とは関係ない、短い動画がくっついていた。
それは、少女が救出された様子を撮影した短い動画で、助けられた少女は、救出部隊の一人が脱いだボディアーマーと毛布にくるまれ、担架で運ばれるところだった。
救出部隊の一人、警官らしい装備のボランティアが、少女の脈拍や瞳孔を確認した。ペンライトを持っていたので、普段からそういうことをしているのだろう。
大丈夫だ、といって背中を向けようとした警官を、少女は手を握って、呼び止めた。
「ありがとう」
と、少女は英語で言った。
少女を襲ったこれまでの運命のことを考えると、その言葉は短いけれど、軽くも簡単でもなかった。警官は微笑んで、どういたしましてと言った。
この映像は、たぶん〈キオミ〉が、唯斗へのご褒美のつもりで添付したのだろう。
実際のところ、このゲームをしていて、気分がいい出来事なんかはあまりない。
唯斗にとっては、ほんとうに、年に一度あるかないかの、まれな出来事だった。