重大な情報漏洩漏の兆候
コントロールを失った無人攻撃ヘリ【殲鎧】は、いくらか高度を下げてから自立飛行に切り替わった。
【殲鎧】は高度を下げ、まだ武装が残っているのに、それ以上の攻撃は行わず、唯斗たちを観察していた。
ヘリは長い間そうしていた。
まるで唯斗たちに特別な関心でもあるかのようだった。
やがて興味を失ったように、ヘリは機首をかえして飛び去って行った。
「なんだあれ、ヌエ」
「さあ……もう脅威ではないと判断されたのかもしれない。もう武装がないんだからその通りだよ」
「……すまん、かっとなった」
「キオミ。ごめんよ。報告だ」
突入の定刻だった。救助チームはオンボロトラックで、病院の正面に待機している筈だ。怪しい風体なので、長く人目を誤魔化すことはできない。
「失敗だ。任務続行不能。撤退を指示して、でないといっぱい死ぬ」
なんだか大きな音がしたのは、たぶんカイトが自宅のキーボードを殴ったのだろう。一緒に住む家族は、きっと驚いているに違いない。
「あの子、きっと殺されるね。ぼくらは役に立たなかった」
『違う。期待通りの成果』
視覚野の下半分にウィンドウが開き、【ピクシー】のセンシング画像が映し出された。赤外線領域の画像も可視光線領域の色彩に変調して重ね合わせてあるので、ややのっぺりとしてアニメーションのように見える。
あちこちから炎を上げる瓦礫の山は、どうやら目標のコンクリート建造物のようだった。半分ほどは倒壊して、判別は困難な状態になっている。
『今回の作戦は、立案当初から、重大な情報漏洩漏の兆候があった』
映像には、救出部隊と銃撃戦を繰り広げる、過激派の病院守備部隊が映し出されている。訓練された兵士がみたら卒倒しそうな、もみくちゃの戦闘だった。
過激派の守備隊は、応戦しつつも後退を始めていた。
『ブリーフィングでは説明されていないチームが動いていた。これで情報漏洩源をかなり特定できる』
敵の目に止まらない別働隊を秘密裏に進めつつ、スパイが何者なのかを過激派の反応で絞り込んでいたらしい。ということはチームのそれぞれには微妙に違う作戦が指示されていたのかも知れない。いい気分ではないけれど、理に適った対応だと唯斗は思う。
「おれたちを囮に?」
〈カイト〉の声は、べつに怒ってはいない。唯斗も同じだった。なんだそれ、という拍子抜けな感じはあるけれど、責任から解放された安堵のような気持ちもある。
「そのチームにアリーが?」
大事な作戦の前に体調を崩すなんて、プライドのかたまりみたいな〈アリー〉らしくない。秘密の作戦に参加していたのなら、唯斗も納得することができる。
『それは、わたしにも確認できない。そうかもしれないとしか。違うかもしれない』
「周囲確認。被害対象なし。自爆シークエンスを起動する」
もう、唯斗たちにできることはなにもない。
『了解』
自爆シークエンスは、【ピクシー】の制御コンピューターとセンサ、それに【フランキスカ】のシーカーだけを破壊するようになっている。
『ハルシオン』のコア技術はその部分に集約されていて、物理構造自体は手間がかかってはいるけれど、部外秘のハイテクが使用されているわけではない。
先進国の工業技術であれば、図面さえあれば普通に製作できる構造だ。
自爆の秒読みを待たずに、終了シークエンスが始まった。