無駄に……しないで
アビサは、看護婦の手を引いて走った。
階段に駆けこむと同時に、銃弾がやって来て、コンクリートの壁を削った。
当たるとは思っていないけれど、アビサは拳銃を取り出して、狙いもつけずに引き金を引いた。すぐには弾が出なかったけれど、あれこれいじり回しているうちに、大きな音がして、熱い金属が顔にあたった。たぶん、火薬のケースだ。
顔にやけどをしたけれど、効果はあった。
男たちは、足を止めて、アビサたちの様子を伺った。
「銃を持ってるぞ!」
「注意しろ。誰か別の階段で下にまわれ」
ぐずぐずしていると取り囲まれてしまう。アビサたちは階段を駆け下りて、トイレの窓をくぐって外に出た。
出入り口を監視していた兵士たちが、アビサたちに気付いた。
兵士は発砲して、銃弾が看護婦に当たった。
白衣のおなかの辺りに赤いしみが広がった。
看護婦は倒れて動かなくなった。
「しっかりして!」
看護婦の呼吸は早くなっていた。なにかを話そうとしているので、アビサは口元に耳を寄せた。
「聞こえないわ」
「逃げて……無駄に……しないで」
周囲に銃弾が降り注いだ。
アビサは看護婦をかばって、覆いかぶさるように体を横たえた。
ふくらはぎに殴られたような衝撃があって、しばらくすると、アイロンを押し当てるような灼熱感が襲ってきた。弾が当たったのだ。
アビサは、ポケットの手榴弾を取り出して、手の中に隠し、死体のふりを続けた。
兵士は必ず、アビサたちの死を確認しにくると思った。
近くに歩き寄って来た兵士は、銃に取り付けたナイフで、アビサのお尻のあたりを刺した。
生きていればなにか反応があると思ってそうしているのだ。
アビサは唇を噛んで痛みに耐え、手の平に隠した手榴弾の安全ピンを手探りで抜いた。レバーのような物がはじけ飛んだ。
アビサは手榴弾を手で押しやり、看護婦の上にしっかりと覆いかぶさった。
手榴弾に気がついた兵士たちが、恐怖とも驚愕ともつかない獣のような叫び声をあげた。




