信仰に反する行い
轟音が病室に響いたけれど、アビサの意識は途切れなった。
もし、死にきれなかったら、苦痛に苦しんだり、汚れた肉の塊みたいになった自分を見ることになるのだろうか?
恐怖に囚われて、アビサは自分の体をまさぐった。首筋も頭も、なにも傷跡はなかった。
おそるおそる目を開けると、壁が血に汚れていて、それを自分の体でふき取るようにして、兵士が倒れていた。血だまりが広がっていた。
首をめぐらすと、ドアのところに看護婦が立ち尽くしていた。手に大きな銃を持って。一番愛想のない、一番無口な看護婦だった。看護婦は呆然としたまま呟いた。
「……人を……殺したわ」
この人が実はクリスチャンだというのを、アビサは知っていた。いちど、ネックレスのチェーンが切れて足元に落ちてきたことがある。急いで隠したけれど、ネックレスは十字架だった。
この人は信仰に反する行いをしてしまった。
アビサは、自分のせいだと思った。
アビサは兵士の手から拳銃を取り上げた。銃なんか使ったことはないけれど、いまのアビサにはこれが必要だった。
それからアビサは兵士の体を探って、ポケットナイフを見つけた。指の腹でさぐると切れ味は十分のようだった。
アビサは、首あたりの皮膚をつまんで伸ばし、手探りで浅く切って、ICタグを取り出した。
鋭い痛みで顔をしかめたけれど、そんなことにかまっている場合じゃなかった。
「ごめんなさい」
そう死体に話しかけてから、アビサは死体の腕を裂いて、ICタグを押し込んだ。
これで、ICタグは死体が冷えてゆく情報を送るはずだ。時間稼ぎができる。
さらに死体をさぐると、予備の弾倉と、手榴弾を二つ見つけた。
アビサは、見つけたものをポケットに押し込んで、呆然としている看護婦の手を引いた。
あたしがしっかりしないと、この人まで殺されてしまう。
「その銃は捨てて、大きくて目立ちすぎる。教えて、どこに行けばいいいの?」
アビサは看護婦に言った。
看護婦の話では、取材の映像を見た『外の人達』が、アビサを助けにくるという。それを聞いてアビサは胸が熱くなるのを感じた。
世界の誰かが、アビサのことを気に留めてくれていたのだ。
銃声を聞いて、病院の中は騒がしくなっていた。
兵士たちの一団が、病院にやってくるのを、アビサは窓の下に確認した。
「これを着て」
看護婦が差し出した白衣を、アビサは頭から被った。遠くからは患者でなく看護婦に見える筈だ。
看護婦の言う場所は、病院の裏手、出入り口のない塀のそばだった。
どうやって出入り口のない場所からアビサたちを救出するのか分からないけれど、今は看護婦のいうことを信用するしかない。
交差する通路から、兵士の一団が角を折れて現れた。隠れる暇はなかった。
大きな銃を持った三人の兵士の横を、アビサはうつむいたまま通り過ぎた。
「おい! そこの女! とまれ」
背後から兵士の声がした。