もう、潮時かな
交差点に差し掛かった時、〈チャーリー〉が、マイクロバスに軽く接触した。よろめいたマイクロバスは、何事が起ったのかと路肩に車を止めた。
「やめろよ。ふざけんな」
気の小さい〈トラッシュ〉が〈チャーリー〉に怒鳴った。
〈トラッシュ〉は少し神経質になっていた。無理もない、と唯斗は思う。唯斗たちの任務は、普段、あまり世界の期待を集めたりはしない。
「わりぃ、ワザとじゃない」
「わざとやられてたまるかよ」
〈カイト〉が、二人の会話に割って入った。
「落ちつけよ、二人とも。いつもと同じだ。おれたちの視覚に誰かがのっかっているわけじゃない」
「……悪かったよ。オイラ、ちょっといらいらしてる」
「戦績のことか?」
そういえば、この頃トラッシュの戦績は振るわない。運もないけれど、なんだか任務に集中できていないみたいな感じがある。あまり成績が悪いと、滅多にないことだけれど、予備チーム落ちもありうる。
「オイラの彼女さ、突然、別れたいって言いだして……」
ぷふっ、と〈チャーリー〉が吹いた。
「笑うなよ、三年も付き合ってるんだぜ。入学してすぐからなんだから」
〈トラッシュ〉は、カナダの大学生だと、唯斗は聞いている。成績そこそこで、彼女にべったりの大学生。【ピクシー】に乗るのも、最初は彼女と楽しむ金が欲しいからだった。何度も聞かされたので、唯斗は、馴れ初めからのストーリーを、暗唱できるくらいだ。
『なにか原因が?』意外だけれど、〈キオミ〉が食いついた。
「理解できないってさ。あたしと【ピクシー】とどっちが大事なのってこと」
「どっちなの?」
と笑いをこらえながら〈チャーリー〉がからかうように聞いた。
「……もう、潮時かな。稼がせてもらったし」
唯斗の見解を言わせてもらえば、〈トラッシュ〉は今すぐにゲームパッドを投げ捨てて、彼女の足元にひざまずくべきだ。〈トラッシュ〉には守るべき現実がある。アフリカの戦場と、どっちが現実だかわからない唯斗とは違う。
協力者の事前情報で、病院に到達するまでの進路上には、四両の戦車が配置されていることが分かっていた。
過激派グループの武装は、ビッカースMBT Mk.IIIにリアクティブ装甲を装備する改修を行ったタイプだ。
完全に旧式な上、リジエラ正規軍から鹵獲した装備なので、稼働状況が完全かどうかも、はなはだ怪しい戦車だ。控えめに言っても、たいした脅威じゃなかった。
作戦の主眼は、病院の、通りを挟んで向かいにある、五階建てのコンクリート建築物だった。
この建物は、過激派グループに接収されていて、補強や装甲板の追加を加えて、病院を守る要塞となっていた。ロケット弾、重機関銃。グレネードランチャーと、武装のほうも充実している。この病院は、過激派グループにとって、よほど重要な資金源らしい。
この拠点を破壊する為、<カイト>機と<チャーリー>機には、特別にプログラムされた地中貫通爆弾が、搭載されている。
作戦の性質としては、戦闘機が爆撃機をエスコートするのに似ている。
拠点破壊により、救出部隊の損害は数パーセント程度に抑えることができると、シミュレーターの結果が出ている。逆に破壊できなかった場合、救出部隊は作戦遂行が不可能な損害を負う。