行動原理はヤクザと同じ(イラスト有)
〈キオミ〉の声はやや疲れていた。
無理もないと唯斗は思う。オペレーターの仕事は任務の前から始まっているのだ。
【ピクシー】の組み立ては、作戦地域のボランティアが行っている。
世界中の協力者から提供される部品を、建築機械部品や、工作機械部品、または美術品などに偽装して現地に搬入するのは、凄腕のハッカー揃いであるオペレーターの仕事だ。
実は【ピクシー】の部品は、『ハルシオン』が支給する材料と図面によって、世界中の小さな町工場が製作している。協力者が無償で製作している場合もあるし、有償で仕事として行っている場合もある。
航空支援や増援がやってこないように、電子的な欺瞞、破壊工作を準備するのもそうだし、目標情報の収集、作戦立案も、一チームに一人しかいないオペレーターがやる。
さらに今回、実際の救出は、リジエラ正規軍、警察治安部隊の有志からなるボランティアが行う。政府の認めていない非公式な奉仕だ。
救出部隊との協調。担当任務の分担、時系列の調整。装備の支給(今回『ハルシオン』はボランティアのリスクを軽減する為、NIJ-Ⅳクラスのボディアーマーを、配布した)。
それらの根回しを一つずつ確実な物にしてゆく手間を想像すると、不精自慢の唯斗としては目が回りそうな気分になってくる。
だから、ピクシードライバーと違って、オペレーターはフルタイムの仕事だし、報酬もドライバーよりずっと多い。
でもその負担は、報酬に見合わないほど大きい。
六チーム三十人が参加する大規模な作戦ともなれば、〈キオミ〉は何日も仮眠しかとっていないに違いない。
唯斗たちでさえ、侵入ルート、担当地域、フォーメーション、目標、補給ルート、必要な事柄を頭に叩き込んで、やっとブリーフィングから解放されたのは三時間後だった。
問題の病院は、過激派グループの支配領域の奥深くにある。唯斗たちの仕事は、とある目標への攻撃だ。
「たのむぜ、リーダー。この作戦は世界中から見られてる」と〈カイト〉が言った。
「え、なんだって? 誰がリーダー?」
『また、ブリーフィングきいてなかった』
〈キオミ〉が言う。
『ヌエ、あなたがリーダー。この作戦の中核。最深部担当』
うそだろ? 突然、そんなこといわれても困る。唯斗は思わず逃げ場を探した。自分は責任とか、指揮とかいう概念から最も縁遠い人間だと思っていた。
『これはオーダー。選択の余地なし』
〈キオミ〉は退路を塞ぐように、断固として言い放った。
カメラの映像に動きがあった。
一般の車両が渋滞している。軍用のトラックが三台ほど見えた。検問が行われているようだった。まあ、『ハルシオン』が救出作戦を強行するっていうのは、世界中の噂だ。少しくらい警戒が厳しくても、全然、不自然じゃない。
「どうする? リーダー」
予定地点より十キロ手前だった。ここで機動を開始すると、作戦途中でバッテリーが干上がる可能性がある。かといって、いまさら検問は回避できそうにない。
「キオミ。撤収作戦は?」
『配置調整可能。乗り捨てる?』
「時間が惜しいよ」
タイミングを誤ると少女は殺害される。とっとと処刑してマスコミに公表してないのは、これが、お互いの面子をかけた戦いだからだ。
テロリストは民衆に舐められたらやっていけない。
『ハルシオン』も同じだ。テロリストに舐められたら、抑止力を失う。人権擁護団体と言ったって、基本的な行動原理はヤクザと同じだ。
『許可。侵攻作戦後、機体は爆破遺棄する』
唯斗は、視覚野に映し出された、各機のステータスを確認する。作動不良なし。装備エラーなし。生体反応異常なし。すでに機体のチェックは終わっている。
「シーカー起動」
ミサイル先端に搭載された索敵カメラの冷却が始まった。
【フランキスカ】のシーカーはいくつかの素子を組み合わせたレンジの広いカメラで、画像認識することで打ち放し能力を獲得している。
特に赤外線領域の素子が冷却を必要とした。レーザースポットを併用するのは、妨害対策だ。現代の妨害対策は巧妙で、野放しにするとミサイルが戻って自分を攻撃しかねない。
「検問を回避して、予定地点まで自走で展開する。全機離脱」
分離ボルトが爆発し、倒れたコンテナの扉はそのまま昇降傾斜路になる。唯斗たちは着地と同時に進路を百八十度変更、熱光学迷彩を起動して背景に紛れる。その間、約三秒。
検問の兵士たちは、おそらく何が起こったか理解していない。
順番待ちのトラックが爆発して、つむじ風が土煙を巻き上げていった。たぶん、そんな感じだ。
なにが起こったか、気がついた頃には、もう予定地点だ。
なにも問題ない。