疑似戦闘ゲーム
リジエラ連邦共和国は、アフリカ西部に位置する国だ。アフリカでも有数の人口を保有する大国で、問題を抱えてはいるものの、アフリカ大陸では発展が期待される国の一つだった。
古くはイギリスとフランスに植民地化されていて、独立を果たした後も、クーデター→軍部独裁→傀儡民主政権→クーデターのサイクルを繰り返しているような国だ。
深刻なのは宗教上の対立で、北部のキリスト教系住民と、南部のイスラム系住民は、もう長い間、いがみ合いを続けている。
略奪、誘拐、爆弾テロ。ここにいたら、人類はローマ帝国以前の時代からなに一つ進化していない、という一部の主張を信じそうになる。
けれど、唯斗が客観的に見るところ、諸問題は、欧米の先進国だって乗り越えてきた障害だ。ヨーロッパ人にだって、中世という暗黒の時代があった。モラルのうちの八十パーセントまでは、単に訓練の問題だ、と誰かが言っていた。唯斗の感性もその見解を否定しない。
人の魂は、ある種の進化をとげている。いい意味でも。悪い意味でも。
作戦地域までの唯斗たちは、トラックのコンテナに閉じ込められたままだ。
現地のトラックにカモフラージュした状態でどこまで進入できるか、それが、今回の作戦のカギを握っている。
トラックの外の様子は、小型カメラの映像で、唯斗たちの視覚野に映し出されている。
すでにトラックはイスラム過激派グループの支配地域に入っている。国際社会的にはテログループの騒乱行為ということになっているけれど、事実上はすでに、リジエラ連邦は内戦状態なのだ。
カメラにうつるのは建物がまばらに並ぶ、整備が十分じゃない道路だった。遠くに見えるのは倉庫街だろうか? 比較的大きな建物が連なっている。
あんまり退屈なので、とうとう〈カイト〉がしびれを切らした。先ほどから気になっていたと思われる質問を口にする。
「な、ヌエ。アリーどうしたんだ?」
「なんで、ぼくにきくんだよ?」
唯斗にしてみれば、こっちが聞きたいくらいだった。
「仲がいいから」
「耳がおかしいな……仲がいいって?」
『アリーは体調不良。はしか。まれにワクチンの効果が低い人がいる』
〈キオミ〉が、割って入った。
「はしか? アリーってほんとは何歳なんだよ?」
「……知るわけないだろ」
『守秘事項。回答できない』
「番付にのるような金持ちの娘でも、はしかにはかかるんだな」
『ヌエ、軽率』
そうだ。しまった。
唯斗たちピクシードライバーは、テロの標的になる可能性がある。
身元が特定できるような情報を、電波回線に乗せるのはルール違反だった。
「気をつけろよ。ま、通信は暗号化されているからな。アフリカじゃ心配ない」
『予備チームから〈スタンプ〉が参加。問題ない』
「よろしくね」
と、年をくった感じの女性の声がした。ピクシードライバーに子供が多いのは、単に任務を遂行し、訓練をこなすには、まとまった時間が必要だからで、別にドライバーとして子供特有の好条件があるわけじゃない。大人のピクシードライバーも、もちろん存在している。
たとえば、離婚したばかりの女性とかが多い。実家にいて、子供に会いたいけど裁判所に禁止されている。働こうとしても子供のことが気になって、仕事が手につかない。だから、他にすることがないので、疑似戦闘ゲームにのめり込む。離婚の原因はアルコールかなにかだ。
「どうしたの?」
「んにゃ、こっちこそ、よろ」
大きなお世話だ。人の心配をしている場合じゃない。唯斗自身だって、もう半年近く学校にいっていないのだ。
『自己紹介がすんだら、集中する。今回の任務は甘くない。予定していたEMP弾のテストは次回に持ち越し。今回想定されるのは旧型機ばかり』
EMP弾は、通電したコイルを爆縮し、小規模な核弾頭に匹敵するほどの強力な電磁パルスを発生する弾頭だ。現代の兵器は、どれも電子機器の塊なので、効果の程は絶大だ。
ただし、光学サイトで照準する旧型戦車を完全に無力化するのは難しい。人間にはまったく効果がないのだ。人を殺さないけれど強力。まったくもって『ハルシオン』向きの武器だけれど、確かに今回の作戦には向いていなかった。
使うなら、第五世代戦車に使うのが有効だ。無線操縦を行う第五世代機なら、完全に沈黙させることも可能だ。いまだ人類の歴史上で、第五世代戦車同士が戦った事例は、一度もないけれど。