わたしの赤ちゃんを助けて
その少女が注目を集めることになったのは、ネットで配信されたある映像がきっかけだ。
あんまり話題になったので、唯斗も一応はチェックを入れた。
有名通信社特派員の突撃取材みたいで、画面の左上には通信社の3Dロゴがまわっている。
取材の内容は、リジエラの赤ちゃん農場に関する記事だ。
リジエラでの人身売買は、詐欺、麻薬取引の次に多い犯罪だそうだ。
そのクリニックは、ベージュに塗装されたコンクリートの建造物で、一見ちゃんとした病院に見えるのだが、廊下には銃を持った男が座っていた。
記事はクリニック院長へのインタビューから始まった。英語字幕のスピードが速すぎてよく分からなかったけれど、院長が主張しているのは。
①リジエラ社会では未婚女性が妊娠した場合、地域住民からの迫害の対象となる場合があるので、彼女たちには保護が必要である。
②リジエラの不妊女性は、同じく偏見により呪われた者として迫害される時がある。不妊女性たちは自分が人並みの生活を送るために、切実に赤ん坊を希望している。
③病院での活動は、上記の点を解決するための「人道的な動機」から行われている。保護された少女たちの人権は守られており、出産後はいくらかの謝礼と共に、もとの家庭に帰すことができる。
という、いたくまっとうな論拠だった。
その後、記者は病棟の取材にうつる。
水色のカーテンで仕切られたベッドは、一つの部屋に八つも並んでいて、妊婦が過ごす環境としては劣悪といわざるを得ない。でも、それはあくまで通常の病院と同じで、先進国のようにはいかないのかもしれない。
ここで収容されている妊婦は、だいたい十四歳から十七歳の少女だそうだ。
ここで、映像は病院の前、ごった返す人通りのなか、特派員の解説に移る。
リジエラで人身売買を監視する警察機関、LAPTIPによれば、取引される赤ん坊の運命は、主に六つに大別される。
a.子供を望む母親に、養子として売買される。
b.貴重な労働力として売買される。子供は、不満をのべてよりよい収入を望んだりしない。
c.兵士として売買される。子供は兵士として優秀だ。従順で恐れを知らない。
d.性的な玩具として売買される。撮影、個人的なペット、売り物にする。など用途は多彩だ。
e.貴重な臓器資源として売買される。なんだか説明がつらくなってきた。
f.呪術信仰の儀式で使用する為、売買される。ちなみにこれはジョークじゃない。リジエラでは今でも呪術信仰が盛んだ。
再び病院内の映像だった。
記者がマイクを向けると、少女たちは後ろめたそうに顔をそむけた。無理もないと思われる。祝福されない妊娠の最中だ。
ただ、一人だけ小柄な少女がまっすぐにカメラを見返した。マイクを受け取ってなにか話そうとする。
まわりの少女たちが、鋭い声でなにかを叫んだ。
現地語なのでよくわからないけれど、英語の字幕が解説をする。
『周囲の少女たちは、馬鹿ね、殺されるわよ、と言っている』
少女は多くは喋らなかった。けれどはっきりとした英語で言った。涙をながすこともなく、強い決意を秘めたまなざしで。
「だれでもいいの。これを見ている人。わたしの赤ちゃんを助けて」
兵士が入ってきて、特派員のカメラマンともみあいになった。
映像はここで途切れて、記者団事務所みたいなところで、特派員がしめくくる。
病院はイスラム過激派グループの勢力圏内にあり、グループの資金源になっていると目されているそうだ。
少女らは、これまでに誘拐されて、イスラム教への改宗を拒んだ、キリスト教系寄宿学校の生徒達である可能性があるという。
どこかで、聞いた話だ。
ともかくその映像は、世界中で話題になり、テレビのニュースで散々取り上げられた。
世界の善意ある人々の見解では、なんとしても救出しろとのとの線でコンセンサスを得た。アメリカ合衆国大統領も賛同した。いかなる理由や背景があろうとも、人が動物のように売買されてはならないと。口先だけだけれど。
唯斗にも、反対する理由はない。
いいよ、助ければいい。
『ハルシオン』には、たぶん、それができる。