おっさん現る
数分嘔吐を続けた後、近くの水道で口の中を洗ってきた美鈴は俺を見るや否や何故か睨んできた。まあこいつの睨み顔とか可愛いだけなんだけどな。惚れてないぞ。
「どした? 」
俺はできる限り優しく問うてみた。
「……見たでしょ」
「見た……? ああ、なるほど」
嘔吐しているところを見られたのがこの上なく恥ずかしいのだろう。まあ気持ちはわからんでもない。
「別に気にしてないぞ」
「わたしが気にするの!! 」
「そうプンプンすんなって。可愛い顔が……台無しだぜ? 」
「うるさい」
俺の全力胸キュンウインクは一言で切り裂かれた。
「おいそこのバカ夫婦。漫才せずに活動をしろ」
部長が何やらポケットから黒いものを……。
「すいませんすいませんすいません!!! だからそれしまって!? 」
絶対エアガン出そうとしたよね今!?
チラッと隣を見ると、
「ふ、夫婦……」
と言いながら顔を真っ赤にする美鈴がいた。なんでそこだけ照れるの? まじで疑問。
ところで今目の前にあるのは、多分未来の部活棟になるであろう場所だ。刷り込まれた校長先生の記憶によれば、ここは子供たちの宿舎らしい。
奥に見えるのは、この宿舎より大きな木造の建物。間違いなく、あれが校舎だな。
校舎も宿舎も木造だがとても綺麗だ。現代で言うとこういう建物は古びたイメージしかないが、この時代では新築もこんな感じなんだな。改めて、自分がタイムスリップをしてしまったことを実感した。
そんなことを思っていると、不意に引き戸がうるさく音を立ててガラガラと開いた。出てきたのは、坊主頭の男の子。間違いなく、ここの小学生だろう。
その子は俺たちを見るや否や、
「どろぼーーーーーーーっ!? 」
と叫びながら、腰を抜かして地面にへたりこんでしまった。
「「はぁっ!? 」」
俺と部長の声が揃った。
「あれ、奈々達は違「どろぼーーーーっ!?!?」
このハゲクソガキ……なんてこと言いやがる。人でも来たらどうすんだ!
その時、ドタドタドタドタ、とものすごい足音がどんどん大きくなって行き、中年のおっさんが鉄パイプを持って走りこんできた。
「泥棒めーーっ!! 退治してくれるわっ!! 」
「キタ━━━(゜∀゜).━━━!!! 」
「むっ、貴様か」
おっさんは鉄パイプの矛先(矛なのかこれは)を俺に向けた。
「いいえ、違います」
「嘘をつけ。……お前もこいつの仲間か! 」
今度は部長にそれが向けられた。おいおいそんなことしたら部長がキレるぞ……。
「いいえ、私は違います。こいつが泥棒です」
部長は俺を指差した。
「……へ? 」
それから部長は俺以外の二人を指差した。
「後ろの二人は私の仲間です」
「仲間でーす」
「はい」
「裏切ったなお前ら! 」
美鈴……お前も俺を見捨てるのかっ…。
「なるほど……」
おっさんは怒りの表情を再びこっちに向けた。
「やはりお前が泥棒かーーっ!! 」
おっさんが鉄パイプを構えて突進してくる!
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!? 」
あぁ、俺は死ぬんだ。みんなばいばい……。
俺は目を瞑った。
——ガシッ。
「………? 」
恐る恐る目を開く。もちろん、俺の体に鉄の棒は刺さっていない。
鉄パイプは、部長ががっしりと掴んでいた。
「ぬ、ぬっ……!? 」
おっさんは全力で力を入れているようだが、鉄パイプは微動だにしない。
「すいません、実はこいつも私の身内です」
部長は静かに言った。
「ぬ……!? 」
そう返すおっさんの顔はもう真っ赤だ。
改めてこの先輩は化け物であることを実感したよ。
てか今更かよ。
テストやば。