外人は鼻が高い
半ば本能的に足が動いていた。
ザッと一歩目を踏み込んだ瞬間、少女は俺に気がついて振り向いた。やっぱり痩せてるな。
「ちょっといい? 」
俺は五歩分くらいの距離を保って聞いた。
「……」
俺はさらにもう一歩進んだ。その瞬間。
「……っ!」
少女は逆方向に走り出した。
「え、えー!? 」
「追え、屑! 」
部長が背中を押してきた。
「うおっとっと、わかりましたっ! 」
力強すぎ。こけそうになったよ。
俺はクラス中の上くらいのヘボダッシュで少女を追っていく。
少女vs男子高校生なのだからすぐ追いつくだろうと思っていたが、路地は思った以上に入り組んでいて、気を抜くとすぐに無失いそうになる。
「はぁっ、はぁっ……くそっ!! 」
バケツやらなんやらを蹴飛ばしながらも、ごめんなさいと心の中だけで謝って俺は走り続ける。
大きな足音に、時々住人が家から何事かこ顔を出す。俺たちの服装は見慣れないものだろうから尚更驚いているだろう。
女の子が目の前の角を曲がった。そろそろ追いつけるんじゃないか。
「きゃっ! 」
角の先で、小さな悲鳴が上がった。こけてしまったのだろうか。
「大丈夫か! 」
そう言いながら角を曲がり終えた時、俺は思わず立ち止まってしまった。
足元には、腰を地面につく体制でこけている少女。
正面には、ヘラヘラと笑う二人のアメリカ兵。二人ともかなり頑丈な体躯をしている。
そうだった、ここは戦後だ。
戦争で負けた国の女性を、勝った国の兵士が強姦するのはよくある話と聞いたことがある。実際に沖縄や満州の女性はその被害に遭っていると言われている、らしい。
そんな奴らが目の前に。ここはアメリカの占領下では無いはずだが、間違いなく危ない。こんなヘラヘラした顔が安全に見えるか。
「Oh,cute girl!!!!(可愛い女の子だ)」
一人がそう言いながらポケットから銀紙に包まれたものを取り出した。チョコレートか。定番だな。
「ホラ、これを食べなさイ」
銀紙を半分剥がして外人は女の子の前にかがみ、それを差し出した。てか日本語話せるのかよ!
悪い奴らでは無いのか……なら良かった。
「君ハ? 」
かがんでいた外人がそう尋ねてきた。目が合うとゾクッと背筋に寒気がする。
「あ、えっと……この子を保護し」
「離れんかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
バキィッ!
人影が音速で俺の横を通り過ぎ、その拳が真っ直ぐ外人の顔面に突き刺さった。
「グぐぅっ!? 」
身長百九十センチはあるであろう巨体が三メートルほど吹っ飛んだ。
「部長……!! 」
「待たせたな」
「いやいやいや何やってくれてんだよっ!!!! 」
平和に話がつけられると思ったのに!!
「な、何をスルッ……!! 」
「大丈夫カ!? 」
尻餅をついて鼻を抑える外人に、もう片方が慌てて声をかけている。やっぱ悪いことしたよな……。
「おおーーハクくん!! 大丈夫だったかーー! 」
後ろのから聞きなれた声が聞こえた。奈々か。
「部長のせいで大丈夫じゃ無さそうだよ……」
「あぁん!? 」
「なんでもないです……」
なんでもなくないけど。
……っておいおい。見れば外人さんら思いっきりこっち睨みつけてきてるけど!
「貴様ラァ……!!」
鼻が赤くなってる方が臨戦態勢をとった。やべー、強そう。
「日本人如キガ、調子二乗るナァッ! 」
砂埃を上げて突進してくる金髪のおっさん。
「やばっ、こっち来た! 」
すると、今度は頭上を大きな影が通り過ぎた。
バキッ。
超人的ジャンプからのドロップキックが外人の堀の深い(鼻はへし折れた)顔をさらに粉砕した。
「猿かよお前」
俺はスタッと着地した奈々に半ば呆れながら言った。
「ladyにそんな言い方はないなーだから君はモテないんだよ非リア君ー」
「うるせぇよ!? てか人の顔面血まみれにするやつのどこがレディだよ! 」
「なかなかやるな、九条」
「でしょでしょー! 」
「いや、俺たちバトルするつもりなかったんだけど……」
なんかもう、疲れた。
「おのれ黄色イ猿共……」
血が止まらない鼻を抑えながら一人が立ち上がる。
「なるほど、貴様は人種差別主義者というやつか? 」
部長の声に少し迫力が増したような気がした。
「なんだとー! 鼻折れブラザーズ! 」
なんだそれ……。
確かに俺もムカッとしたが、この状況では外人の言葉は負け惜しみにしか聞こえない。
パァンッ……!!
駄菓子菓子。状況というのは、常にどちらに転ぶかわからないものだ。
耳を塞ぎたくなる轟音。銃声だ。パンツではない。文面じゃ表せないものもあるんだよ。
「って、そんなこと考えてる場合じゃ……! 」
誰かが撃たれてるかもしれない。血が出てるかもしれない。血というのは……赤。
俺は周りを見渡す。赤を探す。そして、赤が見つからないように祈った。




