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「カンナ。行ってくるよ。」
生前彼女が愛した赤い花ばかりの花束を供え、深い祈りをささげた後、一般兵の軍服に身を包んだジークはカンナの墓標に背を向けた。
--*--
カンナが急逝した1年後、隣国が侵攻してきた。
カンナの死後、ジークは近衛を辞め、自邸の事は家令にすべて任せて姿を消した。
開戦前夜にふらりと自邸に帰って来た彼は、すべての使用人を集め、遊撃部隊として最前線に立つため、ここには二度と帰って来られないかも知れないと伝えた。
そして、全員分の退職金を家令に預けると、涙を流しながら引き止める使用人たちに薄く微笑んで『ありがとう』と呟いた。
公爵家の人間が一般兵に混じって、前線に出るのは異例だ。
しかし、近衛騎士団の副団長にまで上り詰めた実力があり、眉一つ動かさずに敵を血の海に沈める様子は、戦神を彷彿とさせ、最前線で戦う兵たちの士気は否が応でも高まった。
「銀髪の男の首を狙えーっ‼」
最前線で屍の山を積み上げている男が全体の士気を高めている事に気付いた敵方の隊長は、叫ぶように自分の隊に指示を飛ばす。
しかし、彼のどこも見ていないような虚空の紫眼と対峙した者は、一瞬、目を奪われる。
そして、彼の作り物のように美しい唇が言葉を紡いでいるような錯覚に囚われる。
『……ダレカ、コロシテクレ。』
浴びた返り血が血の涙を流しているようにすら見える。
誰もが死にたく無いと必死になり、生きるために相手の命を奪う戦場で、死を望んでいる様子は異様だった…。
紫眼の兵士は、右から切りかかってきた敵兵に一瞥をくれる事もなく薙ぎ払う。
「死に…場所を…探して…い…るのか…?」
呟いた敵兵の声が届いたのか、紫眼の兵士がゆっくり振り返る。
相変わらず表情はない。
その隙をついて、紫眼の兵士の足を敵兵の剣が抉る。
痛みを感じていないのか、表情は変わらず、それさえ利用して眼前の敵の首を跳ね飛ばす。
「……そうかもしれませんね。」
紫眼の兵士が呟いた声は、飛び交う怒号や炸裂音でかき消され、動かなくなった敵兵に届く事は無かった。
敵軍が一時撤退したのは、開戦からわずか3日後のことだった。
国王のもとにすぐに知らせが走る。
「テトマリ河付近での合戦は我らが勝利しました!!敵は国境まで撤退しています。」
あまりにも早い勝利に天幕内にいた国王、大臣、軍関係者は呆気にとられた。
「真か?」
「はい。我らには紫眼の戦神がついて下さいましたので。」
「紫眼の戦神か。その者をこちらに連れてまいれ。」
「はっ !!」
走り去る伝令の背を見ながら、国王は甥の何も映さなくなったアメジストの目を思い出していた。
--*--
国境付近まで出ていた遊撃部隊は翌日には一部を残して天幕付近まで戻ったが、紫眼の戦神と呼ばれた兵士はそこに居なかった。
隣国との間で和平に向けた交渉が行われ、戦いが完全に終結した後、王家、公爵家の命で大々的に捜索が行われたが、彼の行方は分からずじまいだった。
凱旋後、銀髪紫眼の公爵家の次男は英雄として崇められた。
ただ、遺体も見つからず忽然と姿を消した彼は、本当に戦神だったのではないかと国中でささやかれた。
--*--
その2年後、一方的に条約を破って、隣国が再度侵攻を始めた。
前回とは違い、敵隊に一糸乱れぬ動きで奇襲をかけられた遊撃部隊は、なすすべなく散らされていく。
前線は激戦になっており、双方の死傷者は数千人規模になっている。
じりじりと後退を余儀なくされていたところ、自軍の後方から単騎で敵軍の方へそのまま突っ込んでいく兵が目に入った。
「ばかやろうっ!自重しろっ!!!!」
部隊長が声をかけるが、一瞥をくれることもなく、敵軍に吸い込まれていった。
万事休すかと思われたとき、敵の攻撃が乱れ始め、次第にこちらに優勢になってきた。
ここぞとばかりに反撃に出ようとしたところ、敵が撤退を始めた。
敵陣の撤退で巻き上げられた砂塵の中から現れたのは、首を2つ手に持った銀髪紫眼の兵だった。
その首を唖然としている部隊長の前に転がした。
「これはっ!!」
驚きすぎて声にならない。
震える手で首を見分し、どちらも敵の隊長の首だと確認した。
そのうちの1つは、隣国にこの御仁ありと謳われた騎士団団長のものだった。
「戦神…様…?」
「…戦神様ーっ!!!!」
紫眼の戦神は、すっと馬の首を再度敵陣へ向けると、歓声を背に砂塵にその姿を消した。
このことはすぐに天幕に知らされ、王家の捜索部隊が彼の行方を捜したが、今回も行方知れずのままだった。
ついに国王は隣国の掌握に打って出た。
今回ばかりは、苦戦を強いられると予想していたが、どの砦でも、隊長クラスの敵兵が遺体で発見され、烏合の衆と化した敵兵を蹴散らすのみで、国境付近での激戦が嘘のようにするすると相手の懐深くまで攻め入ることができた。
最初は敵の罠かと警戒したが、どれも杞憂に終わった。
しかし、行く先々で必ず紫眼の戦神の噂が聞こえてくる。
国王が敵の籠城を打ち破り、隣国の王に対面したとき、敵城内は既に死屍累々の状態だった。
これは、1人の人間が成せる業ではない。
噂になっている紫眼の戦神は、ジークではないのだろうか?
確かに剣の腕は国でトップクラスだが、ジークは魔術を使えない……。
こんな芸当ができるとすれば、ラークスター家の者であろうが、今の王家は彼らの庇護が無い。
これを成せる人間を敵にまわす事を想像しただけで、国王の背中に冷たい汗が流れた。




