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「本当に還るのか?」
「…うん。私の在るべき場所はここじゃないもの。向こうで待ってくれている人の元に帰らなきゃ。」
「………」
「………」
ガルア王国の外れにあるなだらかな丘の上に、煌びやかな集団がいた。
今にも雨が降りそうな重い鉛色の空。遠くの雷鳴がこの丘にも聞こえてくる。
自分は選ばれなかったのだと、分かっていても諦めきれない。
それでも、自分の気持ちを伝えることで、還れる喜びに浸る彼女の気持ちに水を差したくない。
相反する2つの想いに苛まれ、彼はそれ以上言葉を紡ぐことが出来ず、じっと彼女を見つめた。
しばらくすると、ぽつぽつと水滴が空から降ってきた。
「――――…… 刻限です。」
ローブを纏った魔術師長が別れの時を告げるのと同時に、叩きつけるような雨が降り出した。
次に世界を渡る門が開くのは、ある例外を除いて、100年後だ。今、彼女を見送れば、もう2度と会えないだろう。
「ジーク、本当にありがとう。どうか、幸せになってね。…サヨナラ。」
魔術師長の詠唱と同時に地面に浮かび上がった光の環。
その中に立つ黒髪の彼女は幸せそうに微笑んでいた。
彼女の輪郭がぼやけ、一瞬の閃光の後、光の環ごと散霧した。
「―――…愛…していたんだ…。ユーリ。」
ジークと呼ばれた銀髪紫眼の騎士の小さな小さな呟きは、落雷の音でかき消され、誰の耳にも届かなかった。
その場から動こうとしない騎士の背中をその場に残された者たち全員が、痛ましい目で見つめた。
--*--
そのころ、国王であるラディートは、宰相から聖女帰還の報告を受けていた。
「――… そうか。それで、あれの様子はどうだ?」
あれが誰を指すのか、宰相にはすぐ分かった。
公爵位を持つ自身の2番目の息子であり、近衛騎士団の副団長を勤めているジークのことだ。
「お互いに、自身の世界を捨ててまで愛し合うことが出来なかったのですから。
仕方がないのですよ。――… 早く良い女性を見つけられると良いのですが…」
「………」
「………」
二人は激しい雨が降り続いている窓を見つめ、小さなため息を吐いた。